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彼方の島の夏休み ―不思議系少女と過ごすネットゲームの夏―  作者: 広瀬凉太
第三章 海で遊ぼう

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第46話 メイジマーリン

「……に、逃げりゅ」

 俺の背中で、カズハがぽつりとつぶやく。


 低温の状態異常は解除されたものの、肌に触れる海水はまだ冷たい。いや、敵の魔法でさらに海水温は下がりつつある。

 現在オンブ状態のカズハと離れたら、また低温で身動き取れなくなりそうだ。

 しかし、これはこれでまともに武器が使えない。魔法戦闘主体でいくとして……。


「で、具体的にはどうするんだ」

 泳いで逃げてもすぐ追いつかれる。

 最大時速100キロ超といっても、普段はもっとゆっくり泳いでいる。長時間そんなスピードが出せるわけもないだろうし、防御魔法で時間を稼いでスキが生まれるのを待つか。


「……MP、分けて」

「え?」

「……ちょっとレベルの高い魔法を使う」

 背中側からカズハが水行すいぎょうの魔道書を差し出してくる。

「……これ、一緒にんで」

 ぎゅっ、と俺の体に巻きつけた右手と両足に力が入る。


「「……海よ、ゆるしたまえ。冷たき水、激しき波、底知れぬ闇よりの解放を。【シーエスケープ】」」

 直後、穏やかだった周りの海水が、急に渦を巻いた。オンブしたカズハもろとも、押し流される。


 そして、体重が戻ってきた。

「うわ!?」

 ふたりを包んでいた海水が一気に流れ落ちる。足の裏に砂の感覚が生まれ、傾いた体勢のまま倒れそうになった。

 ゲームじゃなかったらカズハを下敷きに倒れていただろうが、なんとか倒れずにすんだ。


「な、何が起こった?」

「……RPGで、ダンジョンから脱出する魔法があるでしょ? あれの海バージョン」

「迷宮脱出の魔法か」

 昔のゲームであるやつだな。冷静に考えると、ちょっと無理のある設定の気もする。ダンジョンそのものの設定とか、ほかの状況で使えないのかとか。


「それより、いつまで乗ってるんだ」

 未だに、俺はカズハをオンブした状態。

「……えー、今の魔法で結構消耗したんだよ」

「それなら四阿あずまやで休めばいいだろ。ステータス異常もなくなったし、戦闘も終わった……」

 その時、視界の端に見えたものに、今度は本当に背筋を冷たいものが走った。戦闘中を示す、交差した剣のアイコン。

「おかしい。戦闘が終わってない!」

「……え?」

「敵はどこだ。いや、何が相手なんだ」

 砂浜を見回すが、敵の影はない。この前のカニみたいに砂のなかにいるなら、攻撃してくるまで戦闘扱いにはならない。でないと不意打ちが成立しないから。


 昨夜隕石が落ちた沖に目をやる。

 波打ち際と違い、さざ波だけで穏やかな水面は、真夏の太陽を照り返しキラキラと輝いている。

 その中にひとつだけ、黒い何かがうごめいていた。


 膝立ちになり、カズハの足を放す。そしてガイドフォンを取り出した。

「……ゲン?」

 カメラを起動して、望遠モードに切り替えて沖に向ける。

 画面に映ったのは、海面から突き出した、黒くて平たい幕のようなもの。

「カジキの背ビレだ」

「……こ、こっちに来る?」

「ああ。まだ戦えるか?」

「……MPはだいぶ減ったけど、まだ大丈夫」

 しかし、相手は魚だから、陸上には来ないはず。

 そう考えていると、突然カジキ……メイジマーリンが水面から飛び上がった。


 水面からジャンプする魚は、ネット上の動画だけでなく釣りに行くとたまに見るが、メイジマーリンはそのまま水面に落ちることなく、空中を泳ぐようにこちらに向かってくる。


「……あれも魔法みたい」

「空中でも水中と同じように動けるのか。とはいえ、こちらも陸上ならまださっきよりは戦えるだろ」

 俺の言葉に、カズハは大きくうなずく。


「もっと海から離れよう」

「……でも、追いかけてくるよ」

四阿あずまやとかに逃げ込めば何とかならないか?」

「……一般モンスターはともかく、ボスは施設を攻撃してくることもある」

「結局戦わないといけないのか」


 ひとまず四阿の近くに移動し、接敵前にこちらも準備をする。

「花びらよ、我が盾となれ。【フラワーシールド】」

「風のごとく駆けよ。【ウィンドスピード】」

 バフ、つまり自分を強化する魔法をいくつか唱える。防御を固め、速度も上げて回避の可能性を増やす。


「……鬨の声あげよ……[ウォーハンマー]」

 ハンマーを装備したカズハにも掛けられるバフを。

「俊敏の香りをもって、速さを授ける。【スピードインセンス】」

 右手に発生した煙を巻くようにして、ふたりの速度を上げる。


 そういえば、まだ装備は水着のままだ。

「装備変更を……」

「……戦闘中は、武器はともかく体防具は専用のスキルがないと着替えられない」

 いやまあ、言いたいことはわかるが。ボス戦あるかもしれないのに水着で行った俺たちも悪いか。


 そして、飛ぶように泳いできたカジキの影が、砂浜に落ちる。


 スピードを抑えて向かってきたカジキは、上あごの先から伸びるやりのような突起――生物学的には『ふん』と呼ばれるが、カズハには通じなさそうなので『槍』と呼ぶことにする――槍をこちらに向け、急加速して突っ込んでくる。


「木々よ、防壁となれ。【プラントウォール】!」

 攻撃に合わせ、俺は壁を生み出す魔法を発動させた。

 うまくいけば、敵は壁にぶつかるか、槍が突き刺さって動きが止まるはず。

 だがカジキは、空中でジャンプするかのようにその軌道を変え、壁を飛び越した。


 敵の頭上に【アクアジャベリン】の文字が浮かんだ。以前カズハも使っていた、水行すいぎょうの、確か中級の攻撃魔法。

 水の槍が、こちらに向けて飛んでくる。先にかけておいた花びらの防御魔法が発動し、ダメージが軽減される。

 8ポイントのダメージ!

 ちょっと痛いが、まだまだ戦える。


「……水よ、弾丸となれ。【ウォーターブレット】」

「銀の矢よ、(つらぬ)け。【シルバリィボルト】!」

 こちらも攻撃魔法を打ち返す。今の俺たちは初級の魔法しか使えないが。

 だがそれも、カジキは空中で体をひねって回避する。


「……ど、どうする?」

「少し様子を見る。この炎天下では、そう長い時間は活動できないはず」

 俺は夏空を背景に泳ぐメイジマーリンと真夏の太陽を見上げながら、カズハの問いに答える。

「……そっか。変温動物だから?」

「変温動物といっても、部分的内温性といってカジキとかマグロとかある種の魚は冷たい水の中で体を温める手段は持っている。でも、この炎天下で体を冷やすすべはないはず」

「……そう、なの?」

「俺たち人間でも熱中症になりそうなのに、もっと体温の低い魚がどれほど耐えられるか」

「………………」

 カズハ……?

 彼女は何やら、口元を左手で隠し、ぶつぶつと呪文のようなものを口にしている。それは、何か普段の呪文詠唱とは異なる、日本語ではない言語のように思えた。


 カズハの様子も気になるが、まだ戦闘中だ。

 俺がカジキを見上げた時、その魚影の上に新たな文字、魔法の名前が表示される。それは、俺の予想外のものだった。


【コールクラウド】


「クラウドって雲か。やっぱり魔法使うだけあって知能もそれなりに高いんだろうか」

「……うん」

 謎の詠唱を終えたらしいカズハが、俺の言葉に小さな声で返事をする。


 海の向こうに見えているだけだった入道雲が、急に形を変えた。

 雲が流れる。風の強い日、頭の上を通り過ぎていく雲の動きを、さらに早回しにしたかのように。

 あっというまに太陽も消され、視界は急激に暗くなる。何か異変でも感じたのか、昨日はうるさかったヒグラシの声もなく、辺りは不気味に静まり返っていた。

 そして、灰色に塗りつぶされた空から、ぽつりぽつりと冷たいものが落ち始めた。

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