他国の大使のヅラを大勢の人前でむしり取っただけなのに
「それぐらいのことで婚約破棄しようなんて、器の小さな王子ですね」
と、ソラ伯爵令嬢は、王子に言い放った。
「お前は何をしたのか、わかっているのか?国際問題だぞ!戦争になっても文句は言えないんだぞ!」
顔を真っ赤にして怒鳴る王子に対して、小馬鹿にした態度で返答するソラ伯爵令嬢。
「他国の大使のヅラを公の場でむしり取っただけでしょう」
「その国の尊厳を踏みにじる行為をしたんだぞ」
「そんな大袈裟な」
「大使の隠しているつもりのつるっぱげを、こんな大勢の前に晒したんだぞ」
「ちょっとしたお茶目なイタズラじゃないですか」
「いいか、わが王国の誠意を示すために、お前には厳しい処分をしなくてはならない。まず、婚約破棄だ」
二国の友好を深めるための晩餐会で、この王国の王子がソラ伯爵令嬢に婚約破棄を突きつける。
周りは口出しすることもできず、黙って二人を見ている。
私も、黙って二人を見ている。
ちなみに、私はかつらをはぎ取られた隣国の大使だ。
かつらはまだソラ伯爵令嬢の手に握られている。
今、私の頭は涼しいことになっている。
私は四十年間誠実に生きてきたつもりだ。
確かに、昔のふさふさな髪を忘れられずかつらを特注した。
でも、それは誰にも迷惑をかけていないはずだ。
私は国の仕事を真面目にはげみ、この王国担当の外交大使にまでなった。
私の身分としては最大級の出世で、この王国に旅立つときには親戚一同が見送ってくれた。
そして、招かれたこの王国の晩餐会で、食前酒に酔っぱらったらしきソラ伯爵令嬢に、かぶっているかつらをはぎ取られた。
「極刑も覚悟しておけ」
王子がソラ伯爵令嬢に宣言する。
やめて。極刑はやめて!
口出しできない雰囲気の中、私は心の中で叫ぶ。
王子の婚約者が処刑されたら、歴史に原因になった私の偽りの髪が刻まれる。
と言うか、婚約破棄もやめて。
そうなったら、本国にどう報告すればいいのか。
なるべく、穏便に。
あと、かつらを返してほしい。
あれ、私の一年分の稼ぎをつぎ込んでいる超高級品だ。
「待ってください。ソラ伯爵令嬢は誠実なお方です。他国の大使のヅラをむしり取ったのには誠実な理由があるはずです」
ソラ伯爵令嬢の友人らしき令嬢が進み出る。
他国の大使のかつらをむしり取る誠実な理由ってなんだ?
ソラ伯爵令嬢は、他の人の分の食前酒を一口で飲み干してから、言った。
「ふん。ばればれのヅラをかぶっている奴がいたら、むしり取ってやりたくなるじゃない。あなたなんかに、かばわれる筋合いはないわよ。友達ごっこもこれまでよ。もう話しかけないで頂戴」
「ソラ様が何と言おうと、私はソラ様をお慕いしてます」
「馬鹿馬鹿しい」
「ソラ様はとてもやさしい人です。私は良く知ってます」
「もう猫を被るのはめんどくさくなったのよ」
「私は、ソラ様を信じてます」
王子は、ソラ伯爵令嬢に語りかける。
「どうしたんだ、君は?以前の君は聡明な人だった。それなのに、僕との婚約が決まってから、国の予算で宝石を買いまくったり。それに苦言を呈した騎士団長をクビにしたり」
「あなたと婚約したのは、権力がほしかっただけですわ。気に入らない奴は排除できるし、こんな大きな宝石だって国の予算で買えるのですよ」
食前酒のグラスを、ふらつく足でテーブルに置き、大きな黒い宝石を見せびらかすソラ伯爵令嬢。
部屋の入口からざわめきが起こる。
晩餐会に似つかわしくない、完全武装した騎士達が入ってきた。
顔に見覚えがあるが、元騎士団長だ。他の騎士団の面々もソラ伯爵令嬢にクビにされた顔ぶれだった。
元騎士団長達はソラ伯爵令嬢の前に進み出て、膝をつく。
「時間稼ぎ、ありがとうございます、ソラ様。城下の魔物は全て捕えました。残りはここだけです」
ソラ伯爵令嬢のふらついていた身体が、一瞬できれいな姿勢に戻される。
「大使様はシロです。残りは男爵ただ一人」
それまで他人事としてにやにや成り行きを見学していた男爵を、剣を抜いた騎士団員達が取り囲む。
「なんのつもりだ。私を男爵だと知っての狼藉か」
「お前がこの王国に入り込んだ魔物だとすでに判明している」
「私のどこが魔物の姿に見るのだ?」
「貴様らの人間に化ける能力はほぼ完璧だ。だが、人間とは違いコピーしただけの髪の毛や爪は伸びない。だから、我々はこの王国のすべての人間を調査し、髪が伸びない者を探し出した」
「くっ。クビにされたのは、我ら魔物の目を欺くためか」
「その通りだ。ソラ様に悪役になってもらって、この王国に入り込んだ魔物を探し出す調査ができるように、我々をクビにしてもらった。この王国に潜伏していたおまえ以外の魔物は全て捕えた。ただ、この国に来ていた大使様はヅラか判断できなかったから、ソラ様に確認してもらった」
男爵は人間の変装を解き魔物の姿を現す。
周囲を囲む騎士団の一番若い騎士にとびかかる。
だが、人間の数倍も身体能力がある魔物は、その若い騎士に身体をはじかれ倒される。
その若い騎士の手には、先程ソラ伯爵令嬢が持っていた黒い宝石と同じものがあった。
「それは、魔物封じの石。なんで、そんな高価なものを」
「ソラ様が愚か者の汚名をかぶって、騎士団員全員分を手に入れてくださったのだ」
魔物は両手を上げ降伏を示す。
「見事だ。ソラ伯爵令嬢。見事に騙されたよ」
連行されていく魔物。
ソラ伯爵令嬢はまっさきに、私の元に来て謝罪する。
「大変なご無礼をお許しください」
これ、絶対に文句言ったら駄目なやつだ。
私の次に、ソラ伯爵令嬢は友人の令嬢に謝罪する。
「魔物を欺くためとは言え、ひどい言葉をかけてしまいました。ごめんなさい」
「いいえ。私はずっとソラ様を信じてました」
友情を確かめ合う令嬢達。
王子がやってくる。
「すまない。僕は君のことを信じられなかった。もし許されるなら、婚約破棄を撤回させてくれないか?」
ソラ伯爵令嬢は、おちゃめな顔をして言った。
「駄目です。もう一度、私にプロポーズしてください」
王子はロマンチックなプロポーズの言葉を口にする。
抱き合う二人。
そのソラ伯爵令嬢の手には、私のかつらがまだ握られていた。
私の肩に、誰かの手が置かれた。
振り返ると、私と一緒にこの王国に外交に来ていた我が国の王妃が、同情している顔で言った。
「あのヅラはあきらめなさい」
おわり。