第64話 君と描く地図
春が深まり、街のあちこちに若葉が芽吹き始めた頃。
雅紀は大学での教育実習に向けて、忙しくも充実した日々を送っていた。小学校や中学校での模擬授業、実践演習。教えるという立場の難しさに悩みながらも、子どもたちの素直な反応に何度も励まされていた。
美優も、看護師として勤めはじめて一年が経ち、表情に自信が宿るようになった。二人は相変わらず慎ましく、けれどどこか凛とした雰囲気で、休日には近くの公園で並んでベンチに座り、静かに将来について語り合っていた。
「ねえ、もし…雅紀が学校の先生になったら、私、きっと職場の子どもたちに“将来こんな素敵な先生に出会えるよ”って教えてあげたくなるな」
そう言って笑った美優に、雅紀は一瞬、照れたように目をそらしてから、真剣なまなざしで彼女を見た。
「その未来、俺も本気で考えてる。まだ学生だけど、責任持って、ちゃんと働いて、ちゃんと話をしに行くから」
美優はゆっくりとうなずいた。
その姿を、私は少し離れたベンチから見守っていた。優斗の隣で、そっと手を握った。
「もう大人になったんだね、あの子」
「うん。でも、やっぱり目元は子どものころのまま。──俺たち、よくここまで来たな」
雅紀が生まれた日、あの小さな手を包み込んだ時の感触が、ふいによみがえった。
あれから何度も泣いて、笑って、ぶつかって、乗り越えて…。
彼の歩みは確かにまっすぐで、そして何より、誰かを大切に想う気持ちを育んでくれた。
「でも、まだ“ここまで”じゃないよね。これから、だもんね」
「そうだな。これからも──親として、ちゃんと見ていこう」
まるで初めて地図を広げる旅人のような二人を、見守ることができる幸せ。
「私たち」もまた、新しい季節の扉の前に立っている気がしていた。




