第61話 ありがとうを伝える日
澄み渡る青空のもと、結婚式場にはやわらかな光が差し込んでいた。
緊張と喜びが入り混じる空気の中、娘は純白のウェディングドレスに身を包み、鏡の前で静かに深呼吸をしていた。
「似合ってるよ。とても、綺麗」
声をかけると、娘は照れたように笑った。
「ありがとう、ママ。今日だけは、全力で親孝行させてもらうね」
私の胸は、もうそれだけでいっぱいだった。
挙式は滞りなく進み、披露宴の終盤、司会者の声が会場に響いた。
「ここで、新婦からご両親へ、お手紙を読ませていただきます」
場の空気がふっと静まった。
娘がゆっくりと立ち上がり、マイクの前に歩いていく。
一瞬、目が合った。彼女は小さくうなずき、封筒を開いた。
「お父さん、お母さんへ」
声が震えていた。けれど、彼女はしっかりと前を見つめていた。
「私が生まれてから今日まで、たくさんの愛情をありがとう。
私は小さい頃、何も考えずに、毎日を過ごしていたけれど、大人になるにつれてわかってきました。
私が何気なく笑えていたのは、お父さんとお母さんが、ずっと見えないところで支えてくれていたからだって」
私はハンカチで目元を押さえた。隣の優斗も、静かに涙を拭っていた。
「お父さんへ。
仕事で疲れているはずなのに、運動会や発表会に必ず来てくれてありがとう。
無口だけど、いつも私の頑張りをちゃんと見ていてくれるのが伝わって、安心できました。
これからは、私もそんな存在になりたいです」
優斗はうつむいていたが、肩が震えていた。
「お母さんへ。
たくさん喧嘩もしたけど、私はお母さんの娘で本当によかった。
小さい頃、帰りが遅いときも、温かいごはんと『おかえり』があって、心がほっとした。
進路に迷ったときも、夢を応援してくれた。
あのとき、お母さんが『自分の信じた道を歩いていいんだよ』って言ってくれたこと、一生忘れません」
私はこらえきれず、涙が頬を伝った。
「これから私は、新しい家族を築いていきます。
でも、どんなに時間が経っても、お父さんとお母さんが私の原点です。
本当に、ありがとう。心から、愛しています」
その言葉に、拍手があふれた。
けれど、私には、娘の声しか聞こえていなかった。
手紙を読み終えた娘が、席へ戻ってくる。
私は立ち上がり、彼女をしっかりと抱きしめた。
こんな日が来るなんて、夢みたいだった。
「幸せになってね」
「うん。ちゃんと、なるから」
その答えに、すべての過去が報われたような気がした。
あの日、私たち夫婦はひとりの娘を送り出した。
でも同時に、私たちの心には、またひとつの家族の絆が加わったのだと思う。
それは、別れではなく、あたたかな始まりだった。




