第54話 青空の下
六月のある土曜日。
早朝から、家は少しだけそわそわしていた。
「もう行くね!今日は文化祭の準備で、朝練もあるから」
希美が慌ただしくトーストを口に運び、メイク道具をバッグに詰めながら玄関へと急ぐ。美容専門学校での生活にも慣れ、自信に満ちた表情になってきた。
今年の文化祭では、クラスごとにモデルとスタイリストを決めて、ヘアショーを開くという。希美はもちろんスタイリストのリーダー役を任されていた。
「ちゃんと水分とってね。行ってらっしゃい」
「ありがとう、ママ」
少しだけ照れたように笑い、ドアを閉めて彼女は出ていった。
同じ頃、雅紀は部活の遠征試合のためにユニフォーム姿で家を出ようとしていた。
グラウンドのある郊外の高校まで、電車を乗り継いで行くのは少し大変だけれど、彼にとってはもう当たり前の日常だった。
「今日、スタメンだってさ」
「えっ、本当!? すごいじゃない!」
「うん。ゴール決めたいな」
その目は真っすぐで、幼い頃よりもずっと大人びて見えた。
優斗が肩をポンとたたき、「楽しんでこい」と言うと、彼はにかっと笑って手を振った。
子どもたちを見送ったあと、私と優斗は久しぶりに二人きりの時間を過ごすことになった。
リビングに座って、少しだけ静かになった家の空気に、私たちはなんだか笑ってしまった。
「こうして、少しずつ、親の役目って変わっていくんだね」
「うん。でも、きっとまだまだ“出番”はあるよ」
優斗はそう言いながら、テーブルの上に並べられた子どもたちの写真立てを眺めた。
私たちが見守ってきた日々は、確かに彼らの中で力になっている。それがわかるから、手を離しても、心はずっとそばにいられる。
その日の夜、娘からメッセージが届いた。
> 「ヘアショー、大成功だったよ!
お客さんから“自分もやってもらいたい”って言われたの!
将来、ちゃんと美容師になる。絶対なるから!」
その言葉を読みながら、私は目頭をそっと押さえた。
夢が、ゆっくりと形を持ち始めている。
そして、少しあとに帰ってきた息子が開口一番に言った。
「今日、1点取ったよ。勝った!」
その声に、私たちは自然と拍手していた。
青空の下、それぞれの場所で自分の道を歩む子どもたち。
その姿に、私たち夫婦は、静かに、そして確かに、励まされていた。




