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第5話 気持ちを切り替えて

 私はすぐに派遣会社に派遣登録を行った。その後、大手企業での事務として派遣先も決まり、準備を進めていた。派遣の時給は900円、良いとは言えなかったが、正社員で月給10万円に比べたらマシだと思う。


翌月一日から派遣社員としての仕事がスタートした。思い返せば、最初の一ヶ月だけだったと思う。残業なしで定時で帰れていたのは。


二ヶ月目から一日三~五時間の残業、休日出勤も増えていった。台風の日でさえ、残業で帰宅するのが遅くなった。


半年が過ぎた頃には、残業時間は月80時間を超えており、派遣社員だから残業した分もしっかり給料はもらえていたが、身体は徐々につらくなっていき、会社に向かう足取りも重くなっていった。


「──信号、まだ赤よ!」

横断歩道を渡ろうとした時、不意に後ろから肩を掴まれ大声で言われた。振り返ると、私より小柄な女性だった。

「大丈夫?」

と聞かれ

「すみません…。」

とだけ応えた。


私は疲れていた。毎日、何の楽しみもなく、ただ仕事をこなすだけの日々。


「───陳念さん、あなたなら、今の私に何と声を掛けてくれますか?」

部屋でポツリと呟いた。気が付いたら、私は泣いていた。

「あなたに、会いたいです───。」

もう一度だけ、会いたかった。そうしたら、心がフッと軽くなったかもしれない。うつが激しかった頃、陳念さんが私に掛けてくれた言葉を思い返す。


「あなたは今日はどのお面をつけていますか?」


「やる前から諦めていては、いけません。やってみないことにはわからないでしょう?」


「まずは一歩、踏み出しましょう。」


「ゆっくり、確実に前へ、歩きだしましょう。」


「転んでもいい。立ち止まったっていい。再び立ち上がって、また歩き出すのです。」


「あなたは、あなたらしく」


私は、陳念さんの言葉にどれだけ救われていたのだろう?今も陳念さんが生きていたら、きっと頼ってしまっていたに違いない。───だけど、今はもう、陳念さんはいない。


私はまた、うつがひどくなっていった。


「立ち止まったっていいんだよね…?ならば、私は少し休もうかな…?」

80時間超えの残業は三ヶ月ほど続き、残業を減らすようにと指導が入ったので、出力した資料を持ち帰り、チェックする仕事は在宅でやっていた。これはもちろん、お金にはならない残業である。


それでも、普段からお金をあまり使わない生活をしてきたため、お金はかなり貯まってきた。預金残高は500万円。


派遣社員として働き出して一年後、ついに私は退職願を派遣先の課長と、派遣会社に提出した。有給休暇も全く使っていなかったため、辞める時に一気に使わせてもらうことにした。


「これで、心身を休めることが出来る…。」

部屋にごろんと横になり、好きな本を読んだり、猫の可愛い写真を見たりして、のんびりと時間を過ごしていた。


「私、幸せになれるかな───?」

「幸せになれなきゃ、復讐出来ないよ…。」

私自身が決めたことだ。誰との約束でもない。

「陳念さん、私、きっと再び立ち上がって、また歩き出すから!天国から見守っていてくださいね…。」

陳念さんからの最期の手紙を握りしめ、陳念さんのことを思い出して自然と涙が溢れた。













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