第47話 肩書きよりも、手のぬくもり
春風のように柔らかな日差しが差し込む朝。
希美は高校の制服に袖を通し、雅紀は中学校の新しい通学バッグを背負いながら、それぞれの玄関をくぐっていった。
ふたりを送り出して、私と優斗は、ようやく一息ついた。
「昇進、おめでとう」
そう言って笑うと、優斗は少し照れくさそうに頭をかいた。
「ありがとう。でも、部長って肩書きだけじゃ、責任も倍になるんだな……」
優斗は、長年勤めた旅行代理店で部長に昇進した。地方から上京し、右も左もわからなかったあの青年が、いまでは多くのスタッフに頼られる存在になった。
家族旅行の手配や地域振興のプロジェクトにも積極的に関わり、観光という仕事を心から楽しんでいるようだった。
一方の私は、長く勤めた小さな出版社で主任に任命された。
子育てと両立する中で、編集という仕事の重みも、言葉を届ける使命感も、少しずつ身についてきた気がする。
新しく配属された若い社員たちに囲まれて、あの頃の私も、こんなふうに戸惑いながら頑張っていたなと思い出す日々。
それぞれが、それぞれのステージで頑張っている。
でも、それは決して「すごいこと」ではなく、「ありがたいこと」だと思う。
ある日の夜。
食卓を囲みながら、優斗がふとつぶやいた。
「役職とか昇進とかよりも、君が、ちゃんと家で笑っててくれるほうが、ずっと大事だなって思うんだ」
私はちょっと驚いて、でも嬉しくて、笑ってしまった。
「でも、たまには“主任”って呼んでくれてもいいよ?」
「それはイヤだなあ。なんか距離あるし」
そんなふうに笑い合える時間が、何よりも私たちを支えてくれているのだと思う。
仕事では部長と主任。
でも家に帰れば、夫婦であり、親であり、ただのふたり。
肩書きよりも、いま隣にあるぬくもりを、大切にしたい。
そう思える日々だった。




