第44話 日常という名の未来
新しい制服、新しい通学路、新しい友だち。
春の始まりは、子どもたちにとって刺激に満ちた日々だった。
希美は電車通学を始めた。朝、駅までの道を歩きながらイヤフォンを耳に差し、流行りの音楽を聴いている。
ふとした瞬間に見せる真剣な表情や、制服姿のまま友だちと笑いながら帰ってくる後ろ姿が、「少女」から「若い女性」へと変わっていくことを私に知らせてくる。
「今日は先輩に部活案内してもらったんだ。めっちゃかっこよかったー!」
「英語の先生がイケメンって噂なんだけど、まだ見かけてないんだよね」
帰宅後、リビングでお菓子をつまみながら、娘はそんな話を楽しそうにしてくれる。
“普通の会話”が、なにより愛おしい時間になっていた。
一方の雅紀は、部活動の体験期間中。
サッカー部にしようか、科学部にしようか、本気で悩んでいた。
「運動は好きだけど、理科室のにおいも好きなんだよね」
「どっちでもいいよ、自分がやりたいほうを選びなさい。ママは応援するよ」
そう答えると、息子は少しほっとしたような顔をして、ぎこちなく笑った。
家ではまだまだ甘えん坊だけれど、外では少しずつ“少年”らしくなってきている。
夫の優斗も、子どもたちの変化に敏感だった。
夕食後、私がキッチンで洗い物をしていると、優斗が静かにこう言った。
「希美も雅紀も、どんどん手が離れていくなあ。ちょっと寂しいけど、でも…こういう日がくるって、どこかで覚悟してたかも」
私は頷きながら、ふと尋ねた。
「手が離れたあと、私たち、どんなふうになっていくんだろうね」
「また二人で旅でもする?ほら、昔、長野に行ったみたいにさ」
あの春の出会いを思い出して、胸が少し温かくなった。
あの頃よりもずっと現実的になって、悩みや責任も増えたけれど、それでも──
今の私たちは、“夫婦”として、“家族”として、ちゃんと生きている。
子どもたちは確かに巣立ちの準備を始めている。
でもそれは、親としての役割が終わることではなく、新たな支え方へと移っていくということ。
春は、いつも何かの始まり。
私たちは、それぞれの春を大切に抱きしめながら、未来へと歩いていく。




