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第43話 春の制服、二つの扉

春の空は、どこか頼りなくもやさしく広がっていた。

柔らかな風に桜の花びらが舞うなか、希美は新しい制服のリボンを丁寧に結んでいた。


「おかしいなあ、ちょっと曲がってる気がする……」


鏡の前であたふたしている娘の背後から、私はそっと手を伸ばす。

「貸してごらん。高校生の第一歩なんだもん、ばっちり決めていこう」


リボンを整えながら、その姿にふと重ねてしまう。

入園式の日、小さなスモックに袖を通して緊張していたあの小さな手。

あの頃、娘が将来どんな人になるのか、想像もできなかった。


「お母さん、ありがとう」


ちょっとだけ低くなった声で娘が言った。

“お母さん”と呼ばれることに、こんな重みと誇らしさを感じたのは初めてだったかもしれない。


同じ日の午後。今度は息子の制服のネクタイと格闘する時間がやってきた。


「こんなの無理! ネクタイって大人しかつけちゃいけないルールでしょ?」

「違うよ、ちゃんと練習すればできるようになるから。お姉ちゃんも最初は苦戦してたよ」


ブツブツ言いながらも鏡の前でネクタイを直す息子。

まだあどけなさの残る顔に、急に“中学生”という響きがよそよそしく感じられて、なんだかおかしい。


リビングに並んだランドセルと学生鞄。

あっという間だったな、と思う。

朝食の準備に追われていた毎日も、熱を出して病院へ走った日々も、怒って泣いて笑ったあの小さな時間たちが、今ここに繋がっている。


「雅紀、今日から中学生としての心構えを語ってよ」

「それじゃあ、お姉ちゃんは高校生としての抱負を発表して」


ふたりのリクエストに応えて、即席の“家族入学式”が始まった。

優斗はいつもより真面目な顔で、スマホを縦に構えて動画を撮っている。


「高校では部活も頑張るし、将来のことも少しずつ考えていきたいと思います」

希美のまっすぐな目に、私はどこか感動してしまった。


「中学では、遅刻しないようにする!あと、給食を残さない!」

雅紀は照れ笑いしながら手を挙げた。家族の笑いがふわっと広がった。


こうやって、子どもたちは一歩ずつ、確かに大人になっていく。

私たち親も、その変化に追いつこうと、立ち止まり、また歩き出す。


春の光の中、それぞれの制服が風に揺れていた。



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