第42話 新しい年、静かな歩幅で
実家での年越しを終え、年が明けた。
朝、障子越しに差し込む冬の日差しはまぶしくて、どこか懐かしい。
「ママ、お雑煮はまだ?」
眠たそうな目をこすりながら希美が起きてくる。続いて、雅紀も寝ぼけたまま布団を抜け出してきた。
「もうすぐできるよ」
私は母の残したレシピ帳を広げながら、今年は白味噌ではなくすまし仕立ての雑煮を作った。関東の味に、母のこだわりだった具材を少しだけ残して。
姉は自分の子どもたちと共に仏壇に手を合わせていた。母の遺影の前に、小さな鏡餅とみかんが供えられている。
「今年もよろしくね、母さん」
ぽつりと姉がつぶやく。
私はその姿を後ろから見ながら思った。
母との関係に悩み続けた私たち姉妹が、こうして母の思い出を静かに受け止められるようになったのは、やっぱり時間の力なのかもしれない。
午後には皆で近所の神社に初詣に出かけた。
子どもたちはおみくじを引いて一喜一憂し、私たち夫婦は今年も健康であるようにと手を合わせた。
「今年は、どんな一年にしたい?」
優斗が私に尋ねる。
「うーん……“慌てず、ちゃんと味わう”一年にしたいかな」
「それ、いいね。じゃあ、俺もそれに乗っかる」
派手な出来事は何もなかったけれど、穏やかに流れる時間がありがたかった。
この穏やかな日常が、かつては夢のようだったことを思い出す。
夜、実家を出る前。
姉が私に小さな封筒を渡してきた。
「これは、母が最後まで大事にしてたもの。写真と、ちょっとした手紙」
「え?」
「たぶん……あんた宛て」
中には、私が幼かったころに描いた絵と、それに添えるように書かれた母の筆跡の手紙。
「上手に描けたね。ママの宝物」──たったそれだけの言葉だった。
涙は出なかった。ただ、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「ありがとう。持って帰るね」
「うん。あとはもう、前を向くだけだから」
そう言って、姉は笑った。
もう、私たちは“母の娘”という鎖に縛られるのではなく、“私たち自身”として立っている。
帰り道、車の中で後部座席の子どもたちが寝息を立てているのを見ながら、私は静かに目を閉じた。
人生にはいろんな別れと、いろんな始まりがある。
でもきっと、“家族”はそのたびに、形を変えて続いていく。
新しい年のはじまり。
静かな歩幅で、私たちはまた進んでいく。




