第41話 静かな年の瀬に
母が亡くなってから、初めて迎える年末。
私は、優斗と子どもたちと一緒に、実家へ帰省することを決めた。
「今年はどうする? 本当に帰るの?」
姉からの連絡に、私は少しだけ迷ったけれど、やっぱり行こうと決めた。母がいなくなった今、実家の風景も空気もきっと違って見えるはずだと思った。
寒空の中、車を走らせ、実家に近づくにつれて子どもたちは静かになっていった。あの家に帰るのは、やっぱりどこか緊張する。けれど、もう、母はそこにはいない。そこにあるのは、かつての思い出と、これからの時間だ。
玄関を開けると、姉が迎えてくれた。
「おかえり。お疲れさま」
「ただいま」
かつては帰省するたびに母の声が響いていたその空間は、今は静かで、少し寒い。けれど、姉がいれてくれた温かいお茶の湯気が、心を少しずつ和らげてくれた。
子どもたちは仏間に手を合わせ、母の遺影に「ばあば、久しぶり」と声をかけた。写真の中の母は、相変わらずきっちりした髪型で、少しだけ笑っていた。
「こっちに来て。おせち、少しずつ用意してるの」
姉と私は台所に立ち、黒豆を煮て、きんぴらを炒めた。母がよく作っていた味を、記憶をたどりながら再現する作業は、思ったよりも楽しかった。
「母さんのこと、ずっと許せなかった。でも…何があっても私たちの母だったんだよね」
姉の言葉に、私は手を止めた。
「うん。全部を許すのは難しい。でも、過去に縛られているだけじゃ、何も変わらないから」
私たちは、母のいない実家で、初めてちゃんと「家族」として年を越そうとしていた。
年越しそばを食べながら、優斗がぽつりとつぶやいた。
「なんか…こうしてると、普通の家族みたいだな」
私は笑った。
「普通の家族、かどうかはわからないけど…今は、悪くないよね」
子どもたちはこたつでうたた寝し、紅白が流れるテレビをぼんやり眺めながら、私たちはそっと今年最後の時間を過ごした。
あの日々を乗り越えて、今、ようやく手にした“穏やかな帰省”。
母という影が消えても、私たち姉妹とその家族の関係は、少しずつ“光”の方向に向かっていた。




