第36話 姉妹ってなんだろう
母の施設入所が決まった日の帰り道、姉とふたり、駅のベンチに座っていた。
「寒いね」と私がつぶやくと、姉は自販機でホットのココアを2本買ってきて、無言で私に一本渡した。
「ありがとう」と言って受け取ると、姉は肩をすくめるように笑った。
「……あんたが言うなんて珍しいね」
「そういうとこ、いちいち突っ込むの、昔から変わらないね」
「そっちこそ」
ふたりとも笑った。少しだけ、肩の力が抜けた気がした。
姉とは、決して仲が良いわけではなかった。
母の前では「しっかり者」として期待されていた姉。私は、どこかその陰に隠れるように生きていた。母の機嫌が悪いときは姉が矢面に立ち、私が守られていたこともあった。けれどそれは、姉にとっては「我慢」だったのだと、今なら思う。
「昔、よくあんたが羨ましかったよ。自由そうにしててさ。私はいつも、母の顔色ばかり見てた」
「……私は私で、いつも比べられて嫌だったよ。『お姉ちゃんはちゃんとしてるのに』ってさ」
「そうだったんだ」
「うん。だからね、母の介護のこと、最初は“姉の仕事”って思ってた。勝手な話だけど」
姉は、何も言わずにココアを一口すする。
「でもさ、一緒にやってよかったよ。姉ちゃんのこと、初めてちゃんと知れた気がする」
姉がゆっくりこちらを向いて、笑った。
「……あんた、大人になったね」
「お互いさま」
少しだけ、涙がにじみそうになった。
その後も、姉とは週に一度、母の施設に通った。時間が合わないときは、写真やメッセージを送り合った。
母が少しずつ弱っていく様子を見るのは、決して楽なことではなかった。それでも、姉と一緒にいたからこそ、心が折れずに済んだ。
施設の帰りに喫茶店に入ると、姉がふいに言った。
「母がいなくなったら、あんたともう会わなくなるのかなって、思ったりするの」
「え?」
「だって、今までは“母がいるから”会ってたようなもんでしょ」
私は、しばらく考えてから答えた。
「……違うよ。母がいたから“気づけた”だけで、姉ちゃんと、これからも会いたいって思ってる」
姉は目を見開いて、それからふっと息を吐いた。
「……ほんと、変わったな。昔はすぐすねてばっかりだったのに」
「姉ちゃんもさ、昔よりちょっと丸くなったよ」
「余計なお世話」
ふたりして、笑った。
今では、家族ぐるみでの付き合いになった。姉の家族と私の家族で合同でピクニックに出かけたり、クリスマスにはお互いの子どもたちにプレゼントを送り合ったり。
決して完璧な姉妹じゃない。
でも、ようやく「わたしたちらしい関係」にたどり着けた気がした。
子どもたちが笑う隣で、姉と目が合う。
「これからも、よろしくね」
その言葉は、小さくて、あたたかくて、何よりまっすぐだった。




