第32話 姉妹の和解と未来への選択
母が退院してからしばらくして、姉と私で週末にファミレスで会うことになった。娘と息子を夫に預け、久しぶりに「姉妹だけ」の時間だった。
「子どもたち、元気そうだったね。下の子、パパ似?」
メニューを開きながら姉が笑う。私はうなずいて、カフェオレを注文した。
「うん、でも性格は私に似て、頑固。毎日戦ってるよ」
「うちもよ。下の子、もう中学生だけど反抗期真っ盛り。上は来年大学受験」
「えっ、そんなに大きいの?」
「そう、私もいつのまにか"受験生の母"よ。信じられる?」
姉は自嘲気味に笑ったけれど、その目はどこか遠くを見つめていた。
しばらく雑談が続いたあと、姉はふっとトーンを落として言った。
「ねえ、母さんのことなんだけど」
「うん」
「今は一人で何とかしてるけど、年齢的に、そろそろ現実的な話もしないとって思ってる」
私は黙って頷いた。
「この前、ケアマネに相談しに行ったの。でも、やっぱり"家族が支える前提"なのよね。現実には難しいのに」
「お姉ちゃんの家、もういっぱいいっぱいでしょ。無理しないで」
姉はため息をついた。
「無理って、ほんと、言ってほしかった。昔の私は、ずっと我慢してばっかりだったから」
「これからは違うよ。私たち、大人になったんだもん。自分で決めていい」
「……うん。ありがとう」
私はポーチから一枚の名刺を取り出した。
「市の福祉課で聞いたんだけど、介護が必要になったときの相談窓口。もし何かあったら、ここに相談して」
姉は受け取り、まじまじと名刺を見つめたあと、そっとカバンにしまった。
「……あんた、変わったね」
「私たち、どっちも変わったよ」
しばらく沈黙のあと、姉がぽつりと呟いた。
「正直ね、母さんがいなくなったら、私……ちょっと自由になれる気がするの。罪悪感もあるけど」
私はその気持ちが、痛いほどわかった。
「私も、心のどこかで、そう思ってる。……でも、それが現実だよね」
「うん」
私たちは互いの手をそっと握った。温かさが、かすかに伝わる。
母の問題は、きっとこの先も続いていく。
けれど、「私」と姉はもう、あの頃の私たちじゃない。
自分の家族を持ち、守るものができた今、過去に引きずられすぎずに、前を見ようとしている。
姉妹としての関係は、やっと「対等なもの」になりつつあった。
そして、どんな未来が待っていようと──
「私」はもう、誰かに支配されるだけの存在じゃない。
大切な人たちとともに、しなやかに、強く生きていくのだ。




