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第31話 母の入院をきっかけに

母の入院から数日後、姉からLINEが届いた。


──「この前はありがとう。来てくれて、正直ちょっと驚いたよ」


私はスマホの画面をしばらく見つめてから、短く返信を打った。


──「たいしたことなかったならよかったよ」


──「……また、話せるときあったら話そう」


その後、何度か簡単なやりとりが続いたが、本題には触れずじまいだった。




次に姉と顔を合わせたのは、母の退院が決まった日だった。実家の玄関先で出迎えてくれた姉の顔には、疲労の色が濃かった。


「母さん、今日はいろいろうるさかったでしょ」


「うん。まぁ、いつもどおりだった」


私は笑いながらそう答えたけれど、姉の目がふっと陰った。


「……あんたさ、昔のこと、まだ根に持ってる?」


その一言に、私は言葉を失った。


「根に持ってるって……そういう問題じゃないでしょ」


「……ごめん。でも、私、あの頃はただ必死だったんだよ。母さんに逆らえなかったし、あんたの味方になれなかった」


沈黙が流れる。私は靴のつま先を見ながら、小さく息をついた。


「私も……姉ちゃんに助けてほしかったよ。でも、言えなかった。諦めたかったんだと思う、全部」


姉は目を伏せて、玄関の柱に背をもたれた。


「ずっと後悔してた。あんたが実家を出てから、ずっと。母さんのそばにいるだけで、全部押しつぶされそうで」


私はふと、かつての姉の姿を思い出した。


強く見せていたけれど、夜中に泣いていた背中。


何も言わずに台所に立って、母の愚痴を黙って受け流していた顔。


「あの家で生き延びるには、ああするしかなかったんだよね」


そうつぶやくと、姉が静かにうなずいた。


「今さらって思うかもしれないけど、……私は、ちゃんと、あんたのこと、妹として大事に思ってるよ」


私は小さく笑った。


「……うん。私も、姉ちゃんのこと、嫌いになりきれなかった」


姉が泣きそうな顔で、でも笑って、「そりゃ、あんたが優しいだけでしょ」と言った。


「そうかもね。でも、もう過去には戻らない。私は、今の家族を守るって決めてる」


「それでいいよ。私も、もう母さんに振り回されるのやめるって、決めたところ」


夕焼けが、古い実家の瓦屋根を赤く染めていた。


少しずつ、姉との距離が変わり始めている。


傷は完全には癒えないかもしれない。


でも、私たちは少しずつ、大人として、姉妹として、新しい関係を築こうとしていた。


それは、母との確執があるからこそ見えた、小さな希望だった。



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