第29話 初めての運動会
秋の空はどこまでも高く澄みわたり、雲ひとつない青空が広がっていた。
「ママ!今日は絶対、リレー勝つからね!」
運動会の朝、赤白帽子をきゅっとかぶった娘が、気合い十分の笑顔で言った。
「うん、がんばって。お弁当も楽しみにしててね」
希美のランドセル代わりにこの日は水筒とタオル、そして大きなやる気を持って学校へ向かった。
私たち家族は、シートを敷いて場所取りをしながらプログラムを手に、希美の出番を待っていた。妹は日よけ帽子をかぶって、お菓子をポリポリかじりながら、姉の姿を今か今かと探している。
午前中の最後の種目は、希美が出場する「クラス対抗リレー」だった。
応援席から名前を呼ぶと、娘は気づいて手を振ってくれた。そして、バトンを握るその姿に、私の胸はぎゅっと締めつけられるようだった。
「位置について──よーい、ドン!」
スタートの合図と共に走り出す子どもたち。娘の順番は第4走。次第にバトンが近づいてくるにつれ、観客席からの声援も大きくなっていく。
そして、娘の番。
「がんばれーっ!」
私の声に応えるように、娘はぐんと走り出した。小さな足が懸命に地面を蹴る。前を走る子に少しずつ、少しずつ近づいていく姿に、私は息を呑んだ。
「……抜いた!やった!」
優斗も思わず立ち上がって拍手していた。希美は全力で走りきって、次の子にバトンを渡すと、ゼーゼー息を切らせながら、それでも満面の笑みで応援席を見た。
「勝ったよ!わたしたちのクラス、1位だった!」
昼のお弁当タイムでは、手作りのおにぎりやからあげをほおばりながら、娘が何度もその時の走りを再現してみせた。雅紀は「ねーね、すごーい!」と拍手しながらニコニコ。
家族で囲むレジャーシートの上は、いつも以上に賑やかで、笑顔が絶えなかった。
運動会の終わり、閉会式で校歌を元気に歌う娘の姿を見ながら、私はまた思う。
──あの頃の「私」が、こんな未来を想像できただろうか?
大切な人と築く、ささやかだけれど確かな日々。幸せというものは、こうして少しずつ積み重ねられていくのだろう。
帰り道、肩車された雅紀が
「ねーね、かっこよかったね」とぽつりと言った。
希美は恥ずかしそうに笑いながら、
「ふふ、でしょ?」
と胸を張った。
その笑顔に、私はもう一度、深く心からの感謝を覚えた。
家族で過ごす、初めての運動会。
それは、私たちにとって一生忘れられない一日となった。




