建築家と建築士
建築家と建築士はどう違うのかと聞かれることがある。答えはシンプルである。建築家は職業を指す言葉だが、建築士は単に資格の名前である。司法試験に受かった人は、弁護士だったり検察官だったり裁判官だったりするように、建築士の資格を持っているから建築家をしているかといえばそうでもない。
しかし細かい区分はあるが、基本的に日本で建築設計を仕事にしようと思えば建築士の資格が必要だというのは、医者しか医療行為ができないのと同じである。今、この建築士の数が激減している。まずは入口の話だ。例えば一級建築士の試験を見ると、以前は最大で6万人近くが受験していたものが、一時期2万5千人くらいにまで減ってしまった。司法試験と違って建築士試験は誰でもが受けられるものではない。細かい話は省くが、以前は建築系の大学を卒業してから、二年間の実務期間が必要だった(他にも色々あるけども)。しかし受験者数が減ってきたので、令和2年から実務経験の項目が外された(試験合格後に実務経験を経て登録するという形になった)。それで受験者数は3万人を超えるぐらいまで回復したが、それもまたジリジリと下がっていって、令和6年だと28067人までまた減ってしまった。
そうして合格率も下がっている。制度改正前は最終的な合格率は10%強だったのが、令和6年は8.8%だった。試験を受けやすくなって受験者数は増えたものの、記念受験の様な人が増えた結果かもしれない。だから受験者数は制度改正で微増しても合格者数の減少は止まらなかった。結果令和6年は3010名しか合格していない。このうち更に実務経験を経ての登録者数となると、確実に3000人を切るだろう。
一般の人にはよくわからないところで、建築士資格には一級と二級、木造の三種類がある。その違いは簡単に言えば設計できる建物の構造と規模の違いである。二級建築士であっても身近にあるかなりの建物は設計できる。木造住宅であれば木造建築士でもいい。なので一級が減った分、他の2つの有資格者数が増えているのかもしれないと思い調べてみた。木造建築士はもともとが少ないのでおいておくとして、二級建築士の合格者数も一級同様にジリジリと減っている様だ。つまりは建築士というモノ自体が減っているというのは間違いないようだ。
話を一級建築士に戻す。次は出口の話である。現役で活動している年齢構成がかなりやばい。50代以上で7割を占めている。30代が全体の10%で、20代となると1%しかいない。日本社会の少子高齢化と全く同じ構図だ。いや、それよりももっと深刻かもしれない。あと10年もすれば、実際に業務のできる有資格者は半分ぐらいまで減ってしまうかもしれないのだ。
どう考えても有資格者でないと設計できないという基本原則は維持できなくなるだろう。通常需要が高まって、人間が少なければ給与や待遇が上がってまた人が集まるという事になるはずだが、日本はそうならない不思議な社会だ。理系の人間をないがしろにしてきた結果、現在のようにIT技術者も不足すれば、各研究分野でも世界に遅れをとるようになってしまった。建築設計の世界も同じだろう。能力を身につけるのにかかる時間と労力に対して、それに見合うだけのものを得られているかと言えばそれは疑問である。それでも楽しいという気持ちや、やりがいなど目に見えない報酬に惹かれて以前はやってこれた。現在は様々な縛りが多くなって自由度も楽しさも減っている。加えて責任も重くなる一方なので、若い人がやりたがらなくなっているというのは、残念ながら納得できてしまう。
今後期待できるのはAIの台頭だろうか? AIは待遇が悪かろうが、ないがしろにされようが、楽しさが無かろうが我慢強く働いてくれるような気がする。しかし私は古い人間なので施設はともかく、自分の住む家をAIには設計してもらいたくないなとも思ってしまう。ただそれはあくまで今のところの話ではある。