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電話通り


「なあ、菫。分かってるけど聞いても良いか?」

「……良いですよ。分かってますけど」

いつも通りののんびりした調子で晃さんが言うから、私もいつも通りに返してしまった。

「ここ、こんな電話ボックス並んでたか?つかそもそも電話ボックスなんかあったか?」

「無いですね」

私と晃さんはバイトが終わって、帰っていた。私のマンション側の通りに来た時、晃さんに急に止められる。見れば、道の両脇にある街路樹が、全て古い電話ボックスになっている。全面ガラス張り。よくあるそれが整然と通りに並ぶ姿は、気味が悪くも圧巻だ。それで、晃さんに聞かれた訳だけど。ここは、こんな気味の悪い通りではない。戻ろうと振り向くと、来た道は空間ごと真っ暗になっている。戻るどころじゃなくなってた。二人で溜息をつき、結局電話ボックスの通りを進むことにする。

「電気、通ってるんですね」

どのボックスからも、ぼんやりとした明かりが漏れている。繋がるのかどうか怪しい朽ち具合。

「ん、あと何か長ぇな。この通りこんな道長くねぇだろ」

多分異界というか、異空間というか、変な場所に紛れ込んだのかもしれない。電話ボックスの時点で分かってたけど。一人じゃないだけマシ。でも、仕事帰りの深夜に何でこんな目に……。繋ぐ晃さんの手の暖かさが、ホッとする。

「何か気付いても、一人で動くなよ。手離すな」

「分かりました」

釘を刺され、私は頷く。左右に並ぶボックスは無人だ。いや、人入ってたら怖いけど。絶対生きてる人じゃ無さそうだし。通りの真ん中くらいまで来ても、まだ道は続いて居る。

「どこまで続いてんだ?」

晃さんが言った時。

ジリリリ、と一斉に電話ボックス内の電話が鳴った。とっさに、晃さんと背中合わせに立つ。そのまま二人で、両側の電話ボックスを見た。

「俺は何も視えないし、この電話の音しか聞こえねぇけど、何か視えたり聞こえるか?」

「いえ……何も分かりません」

鳴り止まない音の中、私たちはまた歩き出す。一人だったらもう心が折れてた。もとの場所に帰りたい。リーン!と一際高く、違う音が一つだけ耳に刺さった。足を止めてしまった私に、晃さんが振り向く。

「どうした」

「一つだけ違う音が、」

私は前方に見えるボックスの一つに目を向ける。あれだ、と直ぐに分かった。また、リーン!と涼やかな音が届く。あの電話は、

「出た方が良いと思うんです、あれ」

「マジか」

晃さんも私の視線の先を辿り、呟く。溜息もついた。ジリジリ煩い音の中、その声はちゃんと私の耳に届く。

「……悩んでも仕方ねぇな」

晃さんが歩き出す。手を繋いだまま、古びたドアを押した。チカチカと照明が点滅する。電話機本体は、錆やシールを剥がしたような汚れで茶色くなっていた。私が先に中に入り、色褪せた黄緑色の受話器へ手を伸ばす。

「菫」

止めるような声に、私は一度晃さんを見る。

「大丈夫です。一人じゃないので」

受話器を取った。鳴っていた音が全て、ピタリと止まる。恐恐、受話器を耳に当てた。風が鳴っているような、チューニングの合わないラジオの雑音のような音がする。

“……白水市のお天気をお知らせします。十歩先の右のボックスで0✕ー✕✕✕✕ー✕✕✕✕ です”

「えっ?」

「はぁ?」

機械音声での支離滅裂なお天気情報が受話器から漏れ聞こえ、私と隣で聞いてた晃さんも変な声が出る。電話は直ぐガチャンと切れた。晃さんに引っ張られるように出て、顔を見合わせる。

「今の何でしょう」

「十歩先のボックスと、何か電話番号みたいなの言ってたな」

訳が分からないまま、とりあえず十歩歩いてみる。すると。

リーン!とまた、さっきの電話の音。右手のボックス。二人で中に入り、また受話器を取る。

“白水市の行方不明者をお知らせします。○月✕日現在、五人です。 五歩先のボックスで✕✕✕✕です”

同じ機械音声。ボックスで、以降が上手く聞き取れ無かった。また直ぐに、ガチャンと切れた。内容が不穏。三歩歩く。電話が鳴った。あれ?

晃さんが迷いなくそのボックスに入り、受話器を取ってしまう。

「晃さん、」

“白水市の✕✕✕✕をお知らせします。こちらは✕✕✕✕です。最後までお聴きください。まずは”

機械音声。でも、合間にまた違う声が聞こえる。耳を澄ませてその言葉を聞き取る。そして分かった。私は、電話機のフックを勢いよく下ろして無理矢理電話を切る。晃さんが目が覚めたような顔で受話器を置く。繋いだ手を離さず、私は晃さんを引っ張って外に出る。

「晃さん。あの電話、何て言ってたか聞こえました?」

「いや。白水市から先は聞き取れなかったな。ーー聞いたのか?」

「……機械音声の合間に、違う声で、“ハズレハアノヨ”って連呼してました。だから、切ったんです。晃さん大丈夫ですか?」

「ハズレはあの世、ね……。正直、いつ電話取ったか覚えてない。悪い」

バツが悪そうな顔をする晃さんに、こんな時だけど私は少し笑ってしまう。戻って良かった。

「手、離してませんから。行きましょう」

また二歩歩く。電話が鳴る。今度はしっかりと、晃さんが出てくれた。

“おめでとうございます。おめでとうございます。アタリアタリアタリアタリアタリアタリ………”

「うわ」

「ひぇ」

今までで一番の大音量で、声が受話器を突き抜ける。晃さんは叩きつけるように受話器を置く。急いで出ると、

「あれ、通りが終わってる……」

「戻って来たな」

車も何台か通り、雰囲気が変わっている。明るい。夜なのに明るい、というのも変な話だけど。並んでいた電話ボックスたちは消えていた。目の前にあるはずの、あのボックスももう無い。街路樹が当たり前のように、葉を揺らしていた。私のマンションも近い。

「……今夜、泊まって行きません?一人でいたくないです……」

「おう。俺も流石にこれから一人で帰れねぇわ」

顔を見合わせると、お互い乾いた笑いが出てくる。どっと疲れたけど、私も晃さんも無事だから、もう良い。そう思うことにした。


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