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鬼より


私・芽吹菫がバイトしているこの店には、いつも夕方になると、決まった銘柄のパック焼酎を買いに来る高齢男性がいる。

その銘柄は「鬼より」。毎日二つ買って行く。気の良さそうな、普通のおじいさんで、それだけだった。今日までは。

夕方。

カウンター内に居た私は、急にゾッと寒気に襲われた。ただの寒気じゃない。意味も無く、ひたすら怖い。何かが来る。

店に元から居るお化けじゃなくて、外から。

「すみちゃん」

事務所から、榊さんが飛び出して来た。

「酷え寒気が……って、すみちゃんもか」

私を見るなり、すん、と落ち着いた榊さん。私は一体どんな顔をしてしまったのか。

「……何か来ますね」

腕をさすりながら、つい店のドアを見てしまう。榊さんも隣で同じようにしている。

人影が見えて、ドアが開いた。

あの、鬼よりのおじいさんだった。私たちの肩から力が抜ける。でも、怖い気持ちは益々強くなった。二人でおじいさんを観察しても、どういうことか分からない。

おじいさんは、いつも通り真っ直ぐに酒コーナーへ行き、鬼よりを二つ持ってレジへやって来る。若干震えながら会計をしていると、彼が初めて声を掛けて来た。

「いつもありがとうねぇ」

「お好きなんですね、このお酒」

「うんうん。毎晩来るからさぁ」

「来る?」

おじいさんはにこにこ笑って頷く。刺すような気配に、身体が痛むような気になる。この人の何処に異変があるのか。

「鬼がね、来るんだよ。真っ黒なの。でも鬼よりが好きみたいでさぁ、飲むと帰るから、それだけ。美味そうに飲むしね、飲み友達みたいなもんよ。だから毎日買うの」

「そうなんですか……」

普通のトーンで話しているのが恐ろしい。それだと思った。瞬間。

おじいさんに重なるように、黒いもやのようなモノが、その身体から滲み出るように現れた。

頭に当たる部分には、角のようなシルエットがある。鬼だった。鬼は、帰ってはいないんだ。そう分かってしまった。

このおじいさんは、鬼に呑まれている。

斜め後ろで、微かに息を呑む気配がした。榊さんにも見えているんだ。おじいさんと鬼の関係なんて分かりようが無いし、私にも榊さんにもどうしようもない。会計も終わり、ありがとうございました、と言った時。笑うおじいさんが、口を開いた。

「言うなよ」

嗄れた、低い声。おじいさんの声ではない。ゾッとして固まる。後ろから手を掴まれ、身体を引かれた。榊さんだ。手で、軽く目を塞がれる。その間に、おじいさんは店を後にしたようだ。ドアを開けた音楽が止み、手を外されたら、もう誰もいなかった。寒気も怖さも消える。どっと疲れた。

「ありがとうございます……」

「やべーヤツ来たな……」

「ええ……あれは、本物でしょうね……」

まだ夕方なのに、二人揃ってぐったりしてしまった。


それからも、おじいさんは毎日来ている。

もう鬼を見ることは無いが、変わらず鬼よりは二つ買っていく。

榊さんがぽつりと、

「『鬼より』って『鬼寄り』だったらこえーよなぁ」

と呟いたのが記憶に残った。

まあ、飲む人全員に鬼が寄ってたらとんでもないから、そんなことは無いんだろうけど……。


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