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贈り物前日譚


最近、すみちゃんの怪我が多い。


出勤して来ると、指やら腕やらに絆創膏や包帯を巻いている。紙で切った、ちょっと転んだ、ともっともらしい理由を上げているが、どうもそうでは無さそうな。こういう勘はよく働く。良いか悪いかは別として。

そんな日が続いたある日。

すみちゃんが首に包帯を巻いて来た。流石にこれは……。

「すみちゃん、どうしたんだ?その首」

閉店間際。俺はすみちゃんに尋ねる。

「寝ている間に引っ掻いてたみたいで」

この娘もなかなか情が強いな。

「ふーん。世間向けの建前は分かった。ーー本当は?」

「……榊さん、」

改めてすみちゃんを見れば、憔悴している様子で、随分小さく見えた。このままだと消えるんじゃないか。初めて会った時のことをぼんやり思い出す。

「あのなぁ。会う度に怪我増えてて、心配しないほど薄情じゃねぇのよ、俺は。それとも何?心配もさせてもらえないわけ?」

すみちゃんは目を少し見開いた後、ようやく口を開いた。首に巻いた包帯が、随分緩んできている。

「……首を、絞められたんです。霊に。指の跡がくっきり残ってしまって」

「昨日?」

「そうです」

「怪我してたのは?」

「……首を締めてきた霊にちょっかい出されて。元は……同級生に憑けられたというか」

「憑けられた?」

どういうことか。すみちゃんも、何か考えるような困ったような顔をしている。

「一週間くらい前、学食で私の席の近くで、元気な同級生の男女グループが怪談話してたんです。それは良いんですけど、リーダー格の男子に憑いてたんですよね。女の人が」

「それが憑いて来た?何でよ」

すみちゃんが続ける。

「その男子、大分盛り上がってて、私、水ぶっかけられたんですよね。わざとじゃないみたいだし、謝罪もあったし、テーブルとか拭いてもらったんで、私的には解決してるんですけど。多分それがきっかけで」

そんなの有りかよ。理不尽にも程がある。

「多分、簡単な言葉で言うと、あの男子のメンヘラ彼女だった人だと思います。とにかく嫉妬の感情が強くて。彼に寄る女性は、誰彼構わず敵、みたいな感覚なんだと思います」

「あー……。しかし、それにしても、」

すみちゃんも、さっきよりは落ち着いた顔で溜息をつく。

「彼とは接点ありませんし、多分そろそろ離れるとは思うんですが」

閉店後、事務所ですみちゃんを座らせて、包帯を巻き直してやる。華奢な白い首に、赤黒い指の跡が痛々しい。首に包帯が触れると、すみちゃんの肩がひくりと跳ねて、震える。

「大丈夫。巻くだけだ」

「ありがとうございます……ちょっと……絞められて、怖かったので、」

「当たり前だ。跡付くまで絞められて、怖くないわけねぇ」

「久しぶりに、死ぬかと思いました……」

苦笑いしているすみちゃんに、俺も苦い思いになる。巻く前に、跡に少し、触れた。どうにもならんこととは言え、

「……守れたら良いんだけどな」

「え?」

「何でもねぇ。きつかったら言ってくれ」

「榊さん包帯巻くの上手ですから、そういう心配はしてません」

明るい調子で言われ、複雑な気持ちになった。

「おいおい……褒められても嬉しくねぇよ。そもそも、包帯巻く事態になるのやめてほしいんだけど」

「私も、好きでなってる訳ではないので」

それもそうだ。困ったもんだよ、本当に。

「ところで。何で、怪我の段階で話さなかったわけ?」

「え。ええと、」

すみちゃんの背後にいるが、目が泳いでるのが手に取るように分かる。

「何で?」

すみちゃんが少し、項垂れる。

「話して……榊さんに憑いたら、怖いことが起きたら、嫌だなあ、と思って。今回のは面倒そうですし」

じんわりと、胸が暖かくなる。この娘は本当に……。

「それですみちゃんに何かあったら、本末転倒じゃねぇの?」

「ああ、私は、」

言いかけて、すみちゃんは言葉を止める。

「私は?」

「いえ。慣れてるので。ーーあの、榊さん」

「何だ?」

「片付いたら、話しておきたいことがあるんです」

「今じゃダメなのか」

「はい。今度」

きっぱりと言い切られ、それ以上は聞かなかった。包帯が巻き終わる。

「分かった。ーー包帯、巻いたぜ」

巻いたばかりの包帯に触れ、すみちゃんがふう、と息を吐く。

「話したら、少し落ち着きました。最近ちょっと疲れてて……ありがとうございます」

「もっと話してくれて良いんだぜ?俺も基本祓えんが、知恵くらいなら貸せるかもしれないしな」

「う。こういう話が出来る人と会えてこなかったので、感覚がよく分からなくて……大体は困っちゃうじゃないですか、こんな話されても」

「俺は困らねぇよ。一人で抱え込んで怪我してたり、大事に巻き込まれる方が困るね」

すみちゃんが固まる。そんな大したこと言ってねぇんだけど。

「すみちゃんを頼りにしてるから、言うんだぜ。ーー俺を頼ってくれ。もし、もう頼ってる、って言うなら、今以上にな」

俺を見上げるすみちゃんの目から、透明な雫がいくつも落ちて行く。泣くとは思ってなかった。この娘の、見たことのない感情が見られるのは、嬉しいような。そう思う俺は、嫌な大人なんだろうな。

「すみません。泣くつもりじゃ……嬉しい、です」

「泣きたきゃ泣けばいいだろ。ーーでも。慣れてる、で片付けて黙って耐えてるのは、もう無しだぞ」

「……分かりました」

直ぐに涙を拭ったすみちゃんは、恥ずかしかったのか少しばかり頬を染めて、小さく笑った。




数日の内に、すみちゃんから霊は離れた。

包帯の取れたすみちゃんは、礼と共に、俺に缶コーヒーをくれたのだ。

そんなことがあって直ぐ。

俺は出先で面白い露店を見付けた。気休めでも、あの娘を守ってやれる何かがあれば。そう思って、水晶のペンダントを土産に選んだ。

「暢気な自己中だな、俺は」

喜ぶかどうかは分からんが、すみちゃんにとって穏やかな時間が増えれば良い。

俺はペンダントを入れた紙袋を見下ろして、いつ渡そうか考える内ーー笑っていた。


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