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魔に出会うこと


私・芽吹菫には、悩みがある。


最近、夜の九時くらいに、若い男性客が来る。スーツ姿で、多分会社員。普通の人、に見えていた。最初は。

何日目かで、その人の肩に、真っ黒な蝶が止まっているのが見えた。黒過ぎて、影かと思った。ヒラヒラと、羽を静かに動かしている様子まで分かる。仕草は綺麗だけど、何となく嫌だなと思った。

でも、たまたま肩に止まっただけだと思い、そのままにした。だけど。

毎日やってくる彼は、必ず黒い蝶を肩に伴ってきた。しかも、段々とその黒い蝶は、大きくなっているような気がする。嫌な予感がした。

男性客も、品物や小銭を投げつけて来るなど、日に日に少しずつ態度が荒くなっているような気がするし。今日は舌打ちされた。変わりようがちょっとおかしいんじゃないか。

あの黒い蝶も嫌な感じが強まってる。正直、もう来ないでほしい。カウンター内で考え込んでいた時。

「すみちゃん、どうした?」

榊さんの暢気な声が聞こえてきて、顔を上げた。


「黒い蝶、ねぇ」

榊さんに男性客と蝶のことを話すと、榊さんは蝶には気付いていなかった。私が会計することがほとんどだから無理もない。

「良い気はしねぇな。その客の態度も、蝶が関わってそうだし」

「そんな気が、するんですよね……物理的に何かある訳じゃないんですけど」

榊さんが難しい顔をする。

「聞いてると時間の問題、って気もするがな。ーーその時間はカウンターに居るようにするか。すみちゃんも気を付けろよ」

「分かりました」

そう上手く行くのか。答えながらも、私は不安が消えなかった。


次の日の夜。

男性客はやっぱりやって来た。その肩を見て、私は息を呑む。もう、蝶とは言えないような大きさ。ヒラヒラと羽を動かす様子が、どうしようもなく怖かった。男性は棚を蹴りながら悪態をつき、品物を乱暴に取ってレジへやってくる。榊さんは電話でもしてるのか、事務所から出てこない。そんな気はしたけど。何かに邪魔されている。店内に他の客が居なくて良かった。男性はレジに物を置くなり、急ににっこり笑いかけて来た。ゾッとする。何で?

「良いんだよ、オレには分かるから」

商品を持つ手が震える。意味が分からない。なるべく言葉を聞かないように、急いでスキャンを終わらせる。その間も、男性はにこにこ笑いながら同じことを言っていた。金額のやり取りを終えて、袋詰めしている時、男性の言葉が変わった。

「何故、その力を使わない?あんたには力があるのに」

「えっ?」

思わず返してしまい、後悔する。相手が調子に乗ってしまう。対幽霊の感覚になってしまっているが、今はもう幽霊を相手にしてるようなものだ。

「力だよ、力。最近オレにも分かるようになった。オレにも力があるんだ。オレはこの力を正しいことに等しくふるわないといけない。オレの正義のもとにさ、」

熱に浮かされるように話し続ける男性が、いよいよ怖くなって来た。

「あんたさ、すげえ強い力を隠してるな。オレには分かるんだ」

絶対何も分かって無さそうなんだけど、気迫というか圧というか、いろいろヤバいから何も答えたくない。黒い蝶が、どんどん大きくなってる気がする。あれは何だろう?

「あんたもオレを馬鹿にするんだな?力があるヤツはみんなそうだ」

何かが、まずいと警鐘を鳴らす。このままじゃ。

「あの、お客様、」

「オレがいつも!絶対正しいのに!!」

男性の手が伸びて来た。ぎゅっ、と手首を強く掴まれる。そのまま、男性側へ引っ張られた。思わずカウンターに掴まっても引きずられるくらい、強い力。ねじ切られるのでは、と思った。指が手首に食い込む。そこから腕全体までに鋭い痛みが走って、声が出る。

「痛いっ」

頭が真っ白になる。

「ーーお客様、どうされました?」

私の背後から低い声が聞こえた。榊さんだ。

しかもこれ、まあまあキレてるな……。

男性は目が覚めたような顔になって、パッと私の手首から手を離す。

榊さんが直ぐに、私をカウンターから離して背に隠してくれた。

私は榊さんに耳打ちする。

「肩。蝶」

榊さんが直ぐ視線を巡らせて、目を丸くした。榊さんにも見えたらしい。止まる黒い蝶は、もう何かの化け物みたいに大きくなっていた。男性は私たちには目もくれず、商品を掴んでふらふらと出て行った。

上手く言えないけど……あの人は助からない。そう思った。何から、かは分からないけれど。

「すみちゃん」

榊さんの声で我に返る。

いつもの調子に戻った榊さんは、私の手首にそっと触れる。掴まれた方。

「悪かった。気付くのが遅れた」

「えっ、いえ。急だったので声が出なくて。ありがとうございました。助かりました」

今更、手首が痛くなってきた。

指の跡が赤くくっきり残っている。どれだけ強く掴んだのか。

気分は悪いから、とりあえず店の包帯を買って巻こうとしたら、榊さんに包帯を奪われた。

そのまま綺麗に手首へ巻いてくれる。

「ありがとうございます」

「店閉めたら、もう一回見せろ」

それからは、閉店までカウンター内に居ろと言われ、残りのレジは全部榊さんがやってくれた。


次の日からは、その男性客も黒い蝶も来なくなった。

それから数日後。

複数人を車でひき逃げ、負傷させた後、自損事故で容疑者が死亡する事件が起きた。死亡した犯人は、例の若い男性客だった。何がどう関係したのかしなかったのかは、今でも分からない。

あの黒い蝶はもう見たくないなと思う。


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