燻る感情に名はなし
「鍋パーティーしたんだって?」
芳賢の声で、カウンターに居た榊は顔を上げた。問いかけるその人は、カウンターの向こうに立っている。
昼間の佐和商店。
今日シフトに入っていた天我老はもう上がっていて、店内には榊と、遊びに来た佐和芳賢しか居ない。芳賢は、店長である佐和吉瑞の祖父である。
「ああ。ーーしましたね。ここの全員で」
「大変だったでしょ。吉瑞の家、害は無いけどお化け出るし。晃くんと菫ちゃんは」
「いや、俺は何もですよ。すみちゃんの方が大変だったんじゃないすかね」
言葉の割に楽しそうな芳賢に苦笑いを浮かべつつ、榊は答えた。
「……何かあった?」
穏やかに笑ったまま尋ねる芳賢に、榊は内心舌を巻く。相変わらず妙に鋭い。
「分かります?」
悪あがきで榊が聞けば、芳賢は今度は楽しそうに笑った。
「何となくね」
榊はふう、と息を吐き出す。
「いや、大した話じゃないんすけど。ーー八つ当たりしちまったんですよ、すみちゃんに」
芳賢は一瞬目を丸くする。
「珍しいね。晃くんて、あんまりそういうの無いでしょ。こうやって、引きずっちゃうし」
はは、と榊は力なく笑う。その通りなので、返す言葉も無い。
「久しぶりにやっちまいましたね……」
芳賢に、あの晩のあらましを語りつつも、真剣に誠心誠意謝る菫の声を思い出し、榊の中に再び苦い思いが蘇る。
芳賢が何か考えるような顔になって、榊の話を聞いていた。
榊はあの単語だけのメッセージから電話を受け、菫の声を聞いた瞬間、安心した。それでつい、反動で怒気を隠せない言い方をしてしまったのだ。自分でもしまったと思いつつ、驚いた。
それに、事情を知る内、矢張り自分も菫と一緒に行けば良かったか、とか、家の護りにしても随分勝手なことを言うな、とか、何故部屋に行き着けないのか、とか、いろいろ考え、腹が立って来たのだ。
極めつきは、護りが言っていた、来ようと思えば来れる、という言葉。
怒る内、それに囚われて、菫の元へ行く、という一番大事なことが飛んでいたのを見透かされた気がした。悔しいやら情けないやらで、気持ちを鎮めねば部屋に着かないと分かっていても、随分荒れたのだ。
部屋の襖を開けた瞬間、泣きそうな、何か覚悟を決めたような表情の菫を見つけ、更に焦った。後悔もした。あの娘のああいう表情は、胸が痛くなる。帰り道に謝り、一応は解決済みだが、まだ微かに燻っていたのだ。
「ーーまあ、お節介な自己中なんすよ、俺は」
暢気に笑う榊を、芳賢は優しい目で見ている。
「大変だったね。ーー自己中な人は、八つ当たりの自覚なんてしないもんだよ」
榊は目を丸くする。やがて、声を出して笑った。
「一本取られちまいましたね」
「年寄りだからね」
芳賢も楽しげに笑う。
「……抹茶オレ、用意するかぁ」
菫の好物。
「喜ぶと思うよ。菫ちゃん、晃くんと居る時結構笑うし」
「そうすかね」
後三十分ほどで菫は出勤して来る。
どうしたんですか、気持ち悪い、くらい言われそうだなと想像したら、榊も何故か自然と笑みが浮かんでいた。




