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夕星に愛をこめて

作者: 逆月

連載小説のストックが全くないのでなろうでもこの短編を供養します

佐藤夕星さとうゆうほ、地方出身で高校卒業を機に上京して私立大学に入学、中規模企業に就職し、現在は27歳独身。社会では最近よく見られる女性と評されるであろう人間。

名前の珍しさもありきたりの苗字で調和をとったような、面白みのない人間。

それが私だった。


「…またあの頃に戻りたいな」


ここ最近は会社全体が忙しく、仕事が終わっても個人の時間はなかった。なんとかシャワーだけで済まさずに湯船に浸かる程度。

名ばかりの趣味だとはいえ暇つぶしの読書も、暇がなくて出来ない始末。そのせいか、毎晩学生時代の事が夢として目の前にフッと現れる。無意識にかつての生活を求めているのだろうか。

ああ、懐かしい。つまらない人生と悲観的に考えていたが、少なくても今よりは楽しく、能天気に暮らせていた。

しばらく感傷に浸っていたが朝のアラームが鳴ったのでいつものルーティーンに移った。


「あんたらもう結婚したの?」


今日は仕事が休みで、数人だけだが東京に住んでいる昔の級友たちと女子会をしていた。

高校生時代ならともかく、久しぶりの開催だと話題のほとんどが近況報告で染まる。特に私たちは30手前、結婚の話が出てくるのは当然だった。

「私は去年結婚したのよー。あと、この間会った沙織と灯も結婚してたわ」

「あたしはついこの間プロポーズされてね、今はどの家に住むか検討中よ」

続々と報告が挙がっていった。

かつてのクラスラインにもたまに結婚報告が来ることを考えると、どうやらほとんどが結婚ないし婚約しているらしい。妊娠中の人はもちろん、子持ちもすでにいるとか。

「夕星は相手とかいないの?ほら、幼なじみのあの男の子とかさ」

「私も聞きたいなー」

「あいつとはそういう関係じゃないよ。高校卒業以来会ってもないしね。今のところ相手は誰もいないかな」

彼女たちの「えー」という残念そうな声を聞きながら、私は1人の人物を思い出していた。


「ゆうづつって星知ってる?」

名は体を表すというのはやはり本当らしく、木村太郎という名前の彼はどんなこともパッとしなかったし普通であることを悩んでいた。

そんな彼とは所謂幼なじみ(もしくは腐れ縁?)という関係で、小さい頃から一緒に行動することが多かった。

「知らない。どんな星なの?」

確かこれは学校帰りで、小さな橋に差し掛かったあたりの会話だった。

もう数日もすれば卒業するような時期で、意味もなくみんなで遅くまで学校に居座っていたのを覚えている。

「日の入り45分後の高度が10度より高くなる1月下旬ごろから7月中旬ごろが見えやすい時期でね、夕方の西の空に太陽が沈んだ後に見えるんだ。宵の始めに見えることから宵の明星や一番星、あと、あまり有名ではないけど太白とも呼ばれていて明けの明星と対になっている。まあ所謂、夕方に見える金星だね」

話したいことは息継ぎせずに早口になる。

「へえ、金星っていろんな呼ばれ方があるんだね。知らなかったなあ」

彼はこうして雑学やちょっとした知識を披露してくることが多く、結構おもしろいと思うのだが何人かのクラスメイトにはオタクとからかわれていた。このことも彼はやっぱり気にしていた。

「そうなんだよ!やっぱり一定時間しか見えず満ち欠けをするというのが、なんというかこう、特別感を生み出しているんだろうね」

この言葉のあとにちょっとした間を開けて、やや緊張した様子で私に言ってきた。

「…...ゆうづつってさ、漢字では夕方の夕に星って書くんだ」

「え、本当!?すご、私の名前と漢字一緒じゃん。偶然かな?」

「いや、僕は偶然ではなくて、ちゃんと知っていて名付けたんだと思うよ。別名である一番星からとったのかもしれないし、金星の星読みの意味である愛と調和からとったのかもしれない。理由は名付け親に聞かないと分からないけど…」

手を握りしめていたり、真剣な顔だったり、普段見ない姿であった。

「だけど、これだけは卒業して離れる前に言いたくて!夕星はいつも自分の人生のことを卑下してたり、何かと悲観的なことを言っているけれど、生まれた時から立派な願いを込められたかけがいのない1人の人間なんだ!」

「…ぷ、ふふ、あはははは。言いたいことがあるって聞いてたら、なに急に。柄にもなくセンチメンタルになっちゃって 」

「え、と。いや、うん。そ、そうだね。ちょっと恥ずかしいこと言っちゃったかな…」

「ちょっとどころじゃないよ、もう。ほら、周り暗くなっちゃったから帰るよ!」

そう言って彼の手を引きながら西空を見ると、確かに存在感を主張する星が見えた。とても綺麗だった。

あの星と自分は違うものだけど、無性に重ねたくなった。


「意外と、あの言葉に助けられてたかもしれないね」

女子会も終わって数週間。会社のいろんなゴタゴタも収まり、みんなに余裕も出てきた日の昼休み。私は同僚たちとお昼ご飯を食べていた。

「先輩、ちょっと前から雰囲気変わりましたよね。率先して動いたり、発言したり」

「確かに。こう、元気になったよね」

どうやら周りから見て私は少し変わったようだ。自分でも、彼を思い出してから何だか力が力が出てくるように思えた。

「ちょっとね、いい事…うん、いい事があったんだよね。あ、そうだ。先に言っておくんだけど、明後日有給をとることにしたから」

「余裕が出てきたからいいですけど。ちなみに、どういった理由なんですか?」

「…ちょっと、地元の方にね」

「地元…何、帰省?」

一瞬どこまで言うか考えてから答えた。

「それもあるけどね。ちょっと昔馴染みに会いに行くのよ」

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