娘の写真と臍の帯
送った手紙の返事は翌週には来ず、青年は首を傾げたが、向こうは学生のようだったから忙しかったのだろうと結論付けて返事を待った。結局、手紙を送った三週間後に返事が返ってきて、そこには古びた写真が同封されていた。
「…写真」
髪色や目鼻立ちが青年と酷似した若い娘の胸から上が、生真面目そうな顔でレンズを睨んでいる。上品で上質そうな衣服の襟元には一分の乱れもなく良家の子女なのだろうことが察せた。
説明があるかと思って手紙をまじまじと見る。
『お返事が遅れて御免なさい。この手紙に同封している写真を探していたのです。あなたと同じ髪色であなたにそっくりな女性を写真で見たことがある気がして、おばあさまの遺品の中を探しているうちにお返事が遅くなりました。その写真は後で返送してください。
最近は少し暑いですね。バーベナのハーブティーが最近おいしく感じられます。バラはもう終わってしまったでしょうか?あなたの案内で見てみたいのだけれど』
紙を持つ手が震えた。たなごころの中で薄い紙が乾燥した音を立てる。青年はハッとして手紙と写真をまぎれない場所に置いて、にわかに部屋の中を探す。埃を厚くかぶって、時間と多忙によって今にも壊れそうに風化した記憶。声や容姿の記憶。母は、どんな姿をしていた?どんなことを言っていた?じわじわと浮かんでくる汗が鬱陶しい。ベッドの周りは確実にない。机にもない。安っぽく薄いアルバムだが、ゴミに出した覚えも取り出しにくいところに仕舞った覚えもない。荒い息を吐きながら探し回って、ようやく乱雑に積み上げられていた本の山の中からアルバムを探し当てられた。青年が進学した記念にと撮影した二人きりの家族写真。少女が送ってきた写真と家族写真を見比べる。赤い癖毛、三白眼気味の垂れ目、ひょろりと縦に長い印象を受ける体。目の下にある大きなほくろまで完全に一致した。
「…母さん」
母の姿を思い出すとともに、亡くなる前日にくれた小さな箱を思い出した。大切なものだったから棚の深いところに隠しておいていた。よく磨かれた木製の箱はつるりとした飴細工のような艶を放っている。ところどころあしらわれたバラの形のカメオも相俟ってまるで瑪瑙のようだった。気が急いて取り落としそうになりながらも持ち上げていろいろな方向から見、開ける手がかりを探す。中身は軽いものらしい。かさかさしたものが入っているようだった。
「…?なんだろこの窪み…」
箱の底に不思議な窪みがあり、ここに何かをはめ込むのだろうことが分かった。その形が、つい先日贈られたタイピンの形に嵌りそうだと気づいて、青年はベルベットの小さな箱を開け、性急にタイピンを穴に差し込んだ。
「うわ⁉」
タイピンがくるりと横回転し、からからと絡繰りが動く音がして箱の上部が開いた。中からは経年によって黄ばんだ紙がばらばらと降ってくる。
「手紙?」
それはかつてのペンフレンドから母宛に送られた手紙だった。手紙の内容は、ペンフレンドの老女と母の親子関係をはっきり示唆する。母が語りたがらなかった、母自身の両親の話。この前亡くなったペンフレンドの面立ちと年齢、隠したがって読み終えるとすぐにたたんでどこかに仕舞っていた手紙。亡くなったペンフレンドの老女と母と自分。混乱した頭で理解した。ペンフレンドの老女は、自分の祖母だった。