フクロウとバラの手紙
不思議なことに、ネクタイピンを受け取ってから少しだけ青年の生活は彩りが増えた。まず、仕事先の出版社では担当する文士が変わった。気難しく頑なに思われる語調の強い男性ではあったが、根気強く丁寧に接してみれば態度をすっかり軟化させた。文士は真面目で内気な性分だっただけなので、青年が締め切りや連絡をせっつかずとも報告連絡相談をしてくれ、青年は快適に働けた。仕事が楽になって心に余裕が出てくるとふらりと散歩に出るのも楽しくなった。ただの背景と雑音でしかなかった散歩する犬や猫の足音、公園で遊ぶ子供の声や路傍の小さな野花がやけに鮮やかに視界に入り、一日が過ぎるのが少しだけゆっくりになった。新しく見つけたパン屋の香ばしいいい匂い、最近よくじゃれて突進してくる人懐こくかわいらしい犬とその飼い主の女性、少し遠くの市場から聞こえる淡くぼやけた活気の雑踏。今日も青年が歩く世界はときめきに満ちている。
散歩から帰ると、青年が暮らす部屋に割り当てられたポストに、なじみのある親しい文字列が並んでいた。友人の葬儀場で知り合った少女からの絵手紙。少女は絵がそこまで得意ではないのだろう、妙に愛嬌のあるフクロウが白とクリーム色と灰色と黄色で紙面の大部分を占領していた。手紙の内容は、動物園で見かけたフクロウがあなたに似ていた、というものだった。初めて会ったときに首を傾げた印象が強く残っているようだ。
「そんなに似ているのかな…?」
思わず首を傾げて青年はふと苦笑した。これはそう思われても不思議じゃない。青年の眼は黄色をしているからというのもあるだろう。
「お返事は何にしようかな」
悩むことは労力を使うが、手紙の内容に頭を悩ますのは悪くない。傾向的に彼女は動物や草花の話題を好むようだ。公園に咲いたバラが美しい花をつけたことを報告してみようか。それとも猫が子猫を伴っている姿をよく見かけることを教えてみようか。ああ、絵もつけなければいけないんだった。じゃあバラにしておこう。幸せな逡巡をしてから青年はペンを執った。青年は絵はそんなに得意ではない。花を描けば「ああ、花だな」と十人中十人がわかる程度だ。
『僕の絵の腕前では美しさを表しきれませんが、公園でバラが咲き始めました。公園に散歩に行くと、鮮やかな花と蕾が出迎えてくれます。僕はオレンジ色のが気に入りました。僕の母の髪色とあなたのおばあさまの髪色を思い出しますし、何より僕の髪色にも似ているので親近感を覚えるのかもしれません。もし近々この辺に遊びに来る機会があれば、是非花を見にいらしてください。いやでなければ案内もします』
思っていることを文にしたためた。ふと遊び心が湧いて、紙にバラの花弁を描いたのを切って封蝋代わりに糊付けした。
「…喜んでくれるといいな」
封筒の端にこれまた遊び心の簡略化したフクロウを描いて、青年は機嫌よく笑った。