残された騎士達
凪の海に陽が沈む頃、ストリングライトで飾りつけた宴会場に人間達が集まり出した。
あの男、エース号にこんな物まで乗せていた。いわゆる電飾だ。
婚約者の愛車を改造し、車中泊で1人キャンプ。と、思っていたが、こんなライトに木箱に入った薄っいワイングラスや対のシャンパングラスの数々、呆れた事にブランド物の食器やカトラリー、花瓶や燭台まであった。一体どんなキャンプをやっていたんだか。
アオイは、湧き上がる疑問を大きく頭を振って吹き飛ばし、来客に笑顔を向ける。
軽装だが、全員帯剣している。コレがデフォルトかわからないけど、腰回りをガチャガチャいわしながら徒歩でやって来た。ご苦労なことだ。
「おぉ!?」
「明るい、コレは? どうゆう仕掛けだ?」
「うまそうな匂いがする〜」
テーブルには、すでにシーフード料理を並べてある。
ケイジャンシーズニング様様、バターとニンニクの暴力的な香りが充満する中、20席分の皿とカトラリーが並べてある。
村人達の宴会とは違い、テーブルにはランナーをかけ、それなりのテーブルセッティングをしてその辺で摘んだ小さな花も飾ってみた。
焚き火や松明は使用せず、一切をLEDランプと電飾で彩られた宴会場は、簡素な宿泊施設で日々を過ごしていた都会者を驚愕させる事に成功したようだが、それよりも明らかに場違いな、浜辺で女性ひとりがニコニコと騎士衛兵達を迎え入れる様に、面食らっているようだった。
当のアオイは、皆一様に自分より若いことに気がついた。
こちらの成人は15という事だが、どう見ても皆中高の学生ぐらいに見える。これならそう危険な事もなさそうだ。
腐っても騎士様方と言う事だし、そう無体な事もないだろう。いざとなったら、いまは小さくなってキツネの襟巻きのように首に巻き付いている聖霊獣ハチ様がいるので、怖い物なしで微笑みを絶やさず着席を促した。
「お好きな席へどうぞ?」
手を開いて誘導すると、口を開けて上を向いていた若者達は大人しく席についた。
ふんふん。人数は12人か。思っていたより少ないな。楽勝楽勝。
「テイスティングします?」
騎士といえば赤ワインだろ。
アオイは、給仕する自分の近くに座った騎士にワインボトルを差し出した。
食事の細かいルールは全くわからないが、一応毒味もかね、目の前でボトルの栓を開け、一杯目を自分で飲んで見せようかと少量のワインを手持ちのグラスに注ぎ用意する。
「いや、結構」
騎士が、目の前のグラスを差し出したので、ボトルからワインを注いでみる。
キレイな赤色だ。良い香り。そして昔取った杵柄。料理教室で学んだソムリエの真似事とばかりに、腕のナプキンをボトルに添えて、恭しくみんなのグラスにもワインを注いで回った。
「名乗りが遅れました。私はウルガス領第三騎士団見習い マーク・ハイルークと申します。今晩はお招きありがとうございます」
「同じく、ウルガス領第三騎士団見習い ミルコ・リンデンです! 以下、家名のあるものがいないので、割愛させていただきます」
今朝方、塔の建設現場で相手をしてくれた騎士見習い達が名乗りを上げてくれた。
なるほど。見習いだったのか。2人とも若くて硬い。正式なマナーはわからないが、こちらのことは何も聞かれていないので、こちらは名乗らないでおくか。
「出逢いに」
一応ホストだ。アオイがニッコリ笑ってグラスを掲げると、騎士衛兵達は一斉にグラスを手に取った。
ここで飲むのかな。
アオイはぐいっと自分のグラスをあおりカラにした。
そしてニッコリ微笑むと、騎士衛兵達が一斉にワインを飲み出した。わお。
「うっ、美味い!?」
「なんだコレ!」
それまで行儀よく姿勢を正していた騎士衛兵達だったが、一口ワインを口にすると、皆ガブガブと飲み下しグラスはあっという間にカラになってしまった。
スーパーの酒屋で買った一本1万円前後の赤ワインだが、美味しいらしい。良かった良かった。
「同じ物でよろしいですか?」
「ほ、他にもあるのか!?」
あら、さすが子供。メッキが禿げるのがお早い。
「エールもありますよ」
喰らえ。キンキンに冷えた日本産のビールだ!
ドドン! と、用意していたジョッキを提供すると「おぉ!」と声が上がる。
さすが若者達だ。どうやらこちらの方がお好みのよう。出された勢いそのままに一斉にジョッキをあおっている。
アオイはそれぞれ目の前にビール瓶を置いて、用意していたステーキプレートも並べ出した。
おおよそ野外で食べるような『ただ焼いた肉』とは違い、王宮も真っ青な豪華な食器の上に乗ったほかほかのディナープレートに歓声が上がった。
そうでしょうそうでしょう。若い子達はたんと肉をお食べ。
その食いつきっぷりに、アオイのニンマリ顔が止まらない。
皆ガツガツと目の前の皿をやっつけ、ジョッキからは手も口も離さない。
それまでの、どこか所在なさげな態度が嘘のように、銘々の体で食事を楽しみ出した。
そうでしょうそうでしょう。良いじゃない良いじゃない。みんなで楽しくお食事しましょ。
アオイはビール瓶をどんどん追加して、あとは手酌で大いに酔っ払い、お口も軽やかにしてもらいましょ。
「それで、今後の塔の建設は、どのような計画があるのですか?」
「あ〜・・・塔の建設?」
「どうもこうもないよ」
「俺たちは護衛ってだけで、実際塔を作ってんのは王都の[文官]と[神官]、それに[労働奴隷]と[借金奴隷]と[犯罪奴隷]って奴隷達と、毎日村からくる亜人数人なんだ」
アオイは、ワインやビールを注ぎながら「ほうほう」と頷き話を促す。
森に出る魔獣対策に、護衛として騎士らが派遣さえているようだが、元々住まう者が在る森の一角だ。そうそう現れる魔獣も無く、主な仕事は労働力が逃げ出さないように、監視する為に数わせで連れてこられた簡単なお仕事のようだ。
「でも実際、魔獣なんてたまに出る一角兎を狩る程度で、奴隷が逃げ出すこともないし、暇だよな」
「毎日ぐるぐる塔の周囲を回ってるだけだもんな」
おそらくそれなりに人がいいのだろう。マークとミルコは家名のある騎士見習いだが、言葉遣いと受け答えから、平民の衛兵達との普段の様子が伺える、
みな良い具合に酒が入り、聞いた事になんでも答えてくれそうだ。
「普段から雑用しかしてないし」
「今回の奉納で、奴隷の主人自体が死んじまったもんだから、残った俺らでは勝手に言う事きかす事もできないし」
「実際儀式にすら参加させてもらえてないもんな」
そのおかげで死なずに済んだ。と笑い合っている。
あら? 騎士ってもっとこう、礼儀正しく、使命感にあふれ、主人を守る為に規律正しく尽力する。みたいなイメージだったのに。
アオイは、一般兵と騎士の違いとは? と、よぎった想像を振り払い、上機嫌で話す騎士衛兵様達に、元日本人OLらしく「さすが!」「知らなかったです!」「スゴイ!」「センス良いですね!」「そうだったんですねぇ」と相槌をうった。
「それでも[労働奴隷]の方は逃げ出さないようにしておけばまあそれで済むが、[犯罪奴隷]の方は間に合わないかもなあ」
「間に合わない?」
「あぁ知らないか。奴隷は主人と離れて既定の時間が過ぎると死ぬんだ」
「えっ!!?」
聞けば、[犯罪奴隷]と言うのは労役刑を課せられた死刑囚のようなもので、すぐ斬首されないだけマシなのだとか。
こちらは犯罪者に対して、長期間牢屋に閉じ込める様な禁錮刑や拘禁刑は存在せず、牢屋は単に、刑が決まるまでの犯罪者を入れておく場所で、犯罪者に対する刑罰は、犯罪奴隷になって強制労役か、斬首の死刑。軽くとも、身分の剥奪による領地追放か、国外追放しかないそうな。もちろん一度追放になれば二度とその地を踏むことはない。こっそり入ったのが分かれば[契約違反]で[犯罪奴隷]落ちか[斬首]なそうな。
何それ怖い。
[労働奴隷]は、契約期間が決められている奴隷の事で、サラリーマンとあまり変わらない待遇のよう。
対して[借金奴隷]は、借金を返すまでの労働者の事で、こちらは借金の踏み倒しは[契約違反]で[犯罪奴隷]に発展するので、ほぼ逃げることはないらしい。
「主人が死んだからって好きなとこに行ったりしないんですね」
「今回は逃げたら死ぬ契約をしてるっぽい」
「な、なるほど」
そこはおおよそ噂に聞いていた[奴隷]だった。
アオイは、進退の自由があるサラリーマンとは明確な違いがある。と考えを改めた。
「[犯罪奴隷]がやけになって暴れたり、[労働奴隷]が好き勝手しないように、それぞれ牢に入れて[借金奴隷]に面倒見させてはいるが、いつまで続くか」
「8人と10人の面倒を5人でみてるんだもんな」
「明日には隊商が来るから食料が足りなくなるようなことはないが、その5人にさらに俺達の面倒見ろって言うのもなぁ」
「せめて[労働奴隷]達が協力的だったら」
「アイツら[期間]がここでの契約条件だったもんで、黙ってたら労働せずに期限が来るもんだから調子にのってんだよ」
「名目上隊長の所有物だったけど、隊である程度の面倒見る契約になってんだろうし、無碍に扱ったら俺らの方が[犯罪者]になっちまう」
『奴隷は主人の所有物』聞いたことがある。
管理者のいない奴隷というのはなかなかにセンシティブな扱いになるようだ。
アオイが「まだ子供なのに大変だなぁ」と他人事の人間関係を憂いていると、マークは「はぁぁ」と大きなため息をついた。
「隊長達の死体の管理もあるしなぁ」
「落雷で即死だもんな」
「今年は隊長達が選ばれたんだな」
「俺ら行かなくて良かったよな」
「な」
『選ばれた』とは、『生贄』の事だろう。
今までそのようなことはなかったようなので、やはり上手く工作していたが、村人達から思わぬ反旗が上がるも、謀反者達を皆殺しにして黙らせる事に成功した。
それなのにまさか、突然現れた異世界人のせいで、手痛いしっぺ返しを食うとは思ってもいなかった事だろう。
亡くなった村人達は、その日のうちにライズ村長や遺族が回収して火葬後、遺灰を海に撒いたそうだ。
騎士達の遺体は、村人達が丁重に塔まで運び、今は塔の地下の貯蔵庫に安置されている。
この事態に対処する代わりの人たちが王都から来たら、各遺族のもとに移送されるらしいが、それもこれも20日後か。
「おかげで食料を一緒に入れておけなくてどうしたもんか」
「俺らも自分の事はある程度自分でできるけど、料理だけは焼くか煮るかしかなくて」
「逗留と、遠征に出る時とは食いもんが違うんだ。ちゃんとした料理なんてした事ないよ」
「ここ数日パンばかり齧ってたから、暖かい飯が食えて本当に助かったよ!」
「しかもこんな美味い飯!」
「村の亜人たちはいっつもこんな美味いもんを食ってるのか!?」
そこで、はたと、マークがアオイの顔を見上げて言った。
「・・・ところで、アンタは人間のようだが、一体何者なんだ?」
「・・・えっと、ご挨拶が遅れました。先日の嵐で落雷が身を掠め、森で倒れていたところを、村の人達に助けていただいた者でアオイと申します」
「森で?」
「それが、気づいた時には記憶が曖昧で」
「村に訪問者があった報告は受けていないが?」
「えぇ、倒れてそのまま数日寝込んでしまっていたらしく、やっと動けるようになってから、ご報告に伺ったのです」
「あぁ、それで新しい村長と責任者を訪ねてきたのか!」
なるほど合点が入ったとばかりに、マークとミルコは顔を見合わせ、何故かほっとした顔をアオイに向けた。
なんだろう?
とにかく、細かい設定はおいおい考えるとして、この子達にはとりあえずこれで問題ないようだ。せいぜい代わりが来るまでに親しくなっておこう。
と、こちらもニッコリ笑み返しておく。
「はい。手荷物から料理人をしていたようで、ライズ村長や村の皆様に助けていただいたお礼に、漁で獲れた魚介を手持ちの調味料で料理してみたところ、大変喜んでもらえましたので、これなら。と、騎士の皆様もご歓待するように申しつかりました」
珍しい食材を求めて魚介を仕入れに来たか、新しく店を出す新天地を探していたのかもしれません。と、さらっと嘘をついておく。
「いや、料理は確かに美味いが、この酒はなんだ?」
「馬はいなかったのですが、倒れていたそばにあった荷馬車に入っていた積荷です。身につけていた同一の持ち物から自分の物だと確認できましたので、皆様に振る舞わせて頂きました」
「なるほど行商しながらの旅の途中だったのかもしれぬな。ちょうど明日、領主が送ってくれる定期隊商が来るはずだから、知り合いがいないか聞いてみるといい」
「よろしいのですか!?」
「良い良い! だから酒をつげ!」
「そうだそうだ! 商人なら、飲み切ってしまったほうがいいだろ!」
「酒代なら、代わりの隊長が来たらちゃんと払うさ!」
「あぁ、遠慮なく請求してくれ!」
「まぁ! お買い上げありがとうございます!!」
なんとお金を払ってくれると言う。
アオイは大袈裟に驚き喜んでてみせ、遠慮なくお礼を先に述べておく。
さぁ! さぁ! そうゆう事なら若者達よ! 飲みなさい! 食べなさい!
アオイが若い騎士衛兵達に、次々とお酒を注ぎまくった結果、騎士衛兵達はやはり飲み慣れていなかったのだろう。
うまい酒、うまい料理、たまたま上役がいない開放感も手伝って、アオイに勧められるまま、全員へべれけになって椅子に座って居られなくなると、浜辺に移動しそれでも飲んで騒いで、最終的にはその場で寝入ってしまった。
アオイは、そこここに転がるカラになった酒瓶を圧巻の思いで眺めみる。
赤ワイン23本、白ワイン12本、瓶ビール32本、その他缶チューハイをそれなりに。そりゃぁ12人全員もれなく酔い潰れるわけだ。
「現実の騎士・・・思てたんと違う」