朝ビール
網を見て大喜びした村人達は、早速網を手に海に入ってくれた。
猫獣人は意外にも水泳が得意らしく、数人で錘のついた網を手に、その重量をものともせずにスイスイと沖に泳いて行く。
みるみるうちにうまいことバラけて、網を海底に落としている。手慣れたものだ。
アオイはその間にテーブルや炭火の準備をした。
昨晩同様、村長にみんなを呼んできてもらい、しばらくして集まった村人達で網を引いてもらった。
地引網漁は大成功の釣果をみせた。
見た事ある様な無い様な様々な魚介がわんさか網にかかっている。凄い。エビ! 巨大なエビが! ワサワサしているじゃあないか!!
「キャー! エビが! エビが大漁じゃん!!」
「アオイ、エビ嫌い? 怖い? 美味しいよ」
「大好きだよ! 大好物!! 嬉しい!」
「聖女さ・・・アオイ、こちらも美味しいですよ」
「帆立!? 大好物です! ヤッタあ! 焼きましょう! 焼きましょう!」
砂抜きが必要ない二枚貝の王様では無いか!! こちとら貝塚の遺跡が残るほど由緒正しい貝好き日本人だ。ありがたい事この上ない!
アオイが歓喜の悲鳴をあげているのを、目を細めて村人達と聖獣様が眺めている。
アオイは高速で手を動かして、女性の村人達と魚介の下拵えを進め、端からバーベキューコンロに乗せていく。
たちまち、辺りにじゅうじゅうとその身が焼ける音が鳴り渡る。
最高かっ!
塩と醤油はそれぞれの焼き台に渡している。それぞれの体で食事を始める事にして、アオイは目の前でじゅくじゅくと泡を立てる帆立にバターをけずりのせ、醤油を たらり と垂らした。
途端に芳ばしい香りが立ち始めた。
これには村人達も垂涎の表情でアオイの焼き台に注目している。
「それでは、僭越ながら!」
待ちきれないとばかりに、アオイが先陣を切り焼ける帆立の貝柱をつるりと箸にとり、一口で口に放り込む。
「びゃぁ〜!! おしい〜! あっまーーーい!!」
ハフハフと噛み締めるたびに口の中に広がる素晴らしい帆立の旨みに、アオイが大絶賛の叫びをあげると、村人達も真似して調理し、大喜びで海産物を食べ出した。
「う、美味いっ」
「美味しい! なにこのソース!?」
「塩も! 塩も美味い!」
「この粉、胡椒も試してみて!」
「「「うみゃい! うみゃい!」」」
はい。『うみゃい』頂きました。可愛い。猫族。みんな可愛い。たまらん!
なんだこの接待は! ここが天国か!?
「美味しい美味しい」と皆が「これも食べて」「あれも食べて」と、アオイに焼けたシーフードを持ってくる。
「みんなで食べよう! お腹いっぱい食べよ!」
アオイは皿を受け取りつつ皆で浜焼きを堪能した。
「これはやっぱりビールでしょう!」
アオイは懐からプレミアムビール缶を取り出すと、パシュッっと勢いよく缶を開けた。
箱で買った物の他に、家に帰ったら一杯やろうと別で買っていた冷蔵庫売りの缶だったのでバッチリキンキンに冷えている。
「・・・っプハー! 朝から飲むビールは最高!!」
その様子を見ていたライズ村長が興味を示したので「お酒、アルコールは飲める?」と聞くと、いける口だとわかった。
なんでもこちらでは水の代わりに労働者が飲むエールがあるそうで、塔の労働者にも極々稀に、振る舞われる事があるのだとか。
「じゃぁぜひじゃんじゃん飲んじゃって!」
アオイは大喜びでビールの缶を皆に手渡した。
最初こそ、手にする初めてみるビール缶に戸惑いをみせた村人達だったが、一口飲んで仕舞えば後はもう。昨晩よりも盛り上がりを見せる大宴会に突入だ。
さすが日本の大酒造メーカー! 喰らえ! この素晴らしいビールの威力よ。
「最高じゃん!」
アオイは辺りを見回し大満足の声を上げた。
皆がそれぞれに笑い、大きな声を上げて楽しそうに談笑している。
美味しい食事と美味い酒。
なんて言うか、アレだな。
ここには寄るべもないが、その代わり自分を縛る物も何も無い。
朝から酒を飲んだって、目の前の人達はこんなに笑っているじゃ無いか。
「どうした? アオイ、どこか痛い?」
薄らと涙の浮かぶ目を細め黙ってしまったアオイに、ナナは手を握って心配そうな顔を向けた。
「違うの。なんて言うか・・・幸せで。みんな笑ってるなって思ったら、こう・・・良いなって思って。これで良いんだなって」
アオイは決意を込めた眼差しを向け、ナナに微笑み返した。
「ヨシ。決めた。この世界では我慢するのはやめる。誰かの顔色を伺って、この目の前の光景を見逃してしまう様な生き方はやめる。今度こそ好きにな様に生きる」
ビールの缶を掲げたアオイの言葉に、ナナは満面の笑みで頷いた。
「俺も? 俺も一緒?」
「うん。そうだね。一緒に美味しい物たくさん食べようね」
「ヤッター!」
両手をあげぴょこぴょこ飛び跳ね、ハチと絡まり転がりながら喜びを身体全部で表すナナに目頭がツンとする。カワイイ。ナナとハチどっちもカワイイ。ウチの子最高かよ。
すると子供達が集まって来て、一緒にクルクルとじゃれあっている。カワイイ。なんて事だ猫耳をつけた小さな獣人達と四つ足の獣がキャッキャウフフとしている。カワイイが過ぎる。
村のみんなもそれを見て声を出して笑っている。なんて、なんて素敵な光景。
脳内で何らかの麻薬物質がドバドバ放出されているのを感じながら、アオイはこの光景を目に焼き付けるべく刮目した。
あぁ確かドイツのビールフェスの写真にこうゆう風景があったな。『写っている全員が笑っている』と、ネットで話題になった画像を思い出し、今度はニマニマが止まらなくなった。
ふとみると、隣に座り、ビール缶を握りしめる村長がホトホトと涙を流していた。
「ど、ど、どうしました? 大丈夫ですか!?」
「こんな、こんな事は生まれて初めてで・・・こんな、村のみんなが笑って、こんな・・・ありがとうございますっありがとうございます。聖女様っ・・・」
「やっやめてっやめて! 拝まないで!?」
「あんな事があったばかりだというのに、不謹慎にも、し、幸せだと、皆の顔を見て、こんな幸せな気持ちになってしまいましたっ!!」
「ギャ! そうだった。亡くなった方がたくさんいるんでした。ごめんなさい」
「いえ、いいえ。聖女様がその様に思う必要などなに一つとして!! こうやって、皆が笑って海の恵みに再び与り受けられる様になったのも、全て聖女様のおかげです」
ライズとアオイの謝罪の応酬に気づいた周りの皆も、地面に膝をつき、祈る様な仕草でこちらを仰ぎ見る。
「忘れられていた生きる喜びを思い出させて下さったのは、全て聖女様のおかげでございます」
「やめてってば!?」
絵面が悪い!
1人足を組み椅子に座ってビール片手にふんぞりかえっているスエット姿の一般人に、かしづくかわいらしい大勢の猫族とか。勘弁してください。
「だから、聖女じゃないってば!」
穏やかな風が吹く浜辺に、アオイの魂からの叫びが虚しく響いた。