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廃品回収




愛車エース号での車中泊は想像以上に快適だった。


いつも通りのスマホのアラームが鳴るまで、ぐっすり寝こけてしまった。

エース号に繋げたポータブル充電器から、スマホは十分に充電されているのに消費が無い。

スマホは当然ネットには繋がらないが、オフラインの機能は全て使えた。なにかと便利なので助かる。


エース号こと、この黒のハイエースには〈結界〉〈隠蔽〉系統の魔法が付与されているらしく、アオイが許可した人間以外には見えないようで、触る事はおろか認識すらされないと、ハチが教えてくれた。

当然のように〈結界〉には防音防臭効果もあり、磯の香りや波の音を気にしていたが、至れり尽くせりだった。

これでアオイ自身の衣食住の不安は消え、このままで全く問題ないように思えた。が。


「トイレがなぁ〜」


エース号は、キャンピングカーでは無いので、トイレとお風呂が無いのだ。

今朝方も、魔法で地面に深〜い穴を掘り、魔法で盛り上げた土で囲って、魔法で出した水と買っておいたトイレットペーパーを使って用を済まし、入念に〈浄化〉をかけて埋め戻したアオイだったが、元とはいえ生まれも育ちも生粋の日本人。世界に誇るジャパニーズ水洗便器が恋しい。

キャンプ未経験者、快適な車中泊の思わぬぬか喜びだった。


「ナナは、村のみんなはトイレどうしてるの?」

「排泄はみんなその辺で済ます」

「マジか」


海に向かって、並んで歯を磨きながら交わされる会話に絶望したばかりのアオイは、やはり家は必要かと思案していた。

もちろん、獣人とは排泄器の構造が違うかもしれない。と、ロクの事を思い出す。

健康な猫は、使用後肛門が体内に内包されるので、その排泄物とは裏腹に、体臭がほとんどない素晴らしい生き物なのだ。


「せっかく魔法の世界に来たのに、切実に考えなきゃいけない事がコレって、現実辛い」

「今の方法じゃダメなの?」

「ダメじゃないけどぉ抵抗ある〜」


ハチは良いよね。噂の昭和のアイドルと同じ身体構造。羨ましい。

アオイが恨めしそうな眼差しを向けると、小さくなって肩に乗るハチが頬に頭を擦り付けてきたので、思う存分撫でさすった。


「お腹に手を当てて中身だけ収納とか・・・ダメダメ怖すぎる。っていうかそれをどうするって話よ。嫌すぎる」

「アオイは面白い事考えるよね」

「切実よ。大事な事です」


当然キッチンも無い。外で煮炊きはできるので当分は困らないだろうが、雨が降ったら車に籠る事になるとなると、色々とシャレにならない。

アオイは、自分のお腹をさすって、コップに入れていた水を口に含み濯ぐと、掘っていた穴にぺっと吐き出した。


「ナナもほら。ぺってして」

「飲んじゃった」

「あら〜でもどう? スッキリするでしょ?」

「うん! 辛いけどスッキリした!」


身綺麗にするなら教えてもらった〈浄化〉だけでも良いのかもしれないけど、爽快感を実感したい。


「お風呂にも入りたいなぁ」

「オフロ?」

「村ではお湯に浸かる習慣無いかな?」

「お湯に浸かりたいの? 海に入る?」

「塩水は身体ベタベタするでしょう?」

「気にしない」

「そうきたか〜」


グリグリとナナの頬を撫で、無許可で〈浄化〉をかけておく。


「! スッキリした!」

「良かった。身体を綺麗にすると健康になれるんだよ」

「健康! 俺、健康になった!」


ナナが、ニカっと笑った口元の犬歯はピカピカに白く輝いて見える。

今までどうしていたのかわからないが、ここでお世話になるにあたり、恩を返すために自分にできる事は、とりあえずみんなの健康栄養状態を良くすることかな。と、アオイは考えていた。


「おはようございます・・・アオイ」

「おはよう・・・アオイ」


「! おはようございます」


ちらほらと村人達が浜に来ていた。

あの後、何か通達があったのだろうか。ぎこちなくもみんな敬称をつけずに名前だけ呼んで挨拶してくれる。

地味だが大変に嬉しい。後でライズ村長にお礼を言っておこう。


見ると村人達は先の尖った細い木の棒を持っていた。


「あれは何? みんなで何するの?」

「海に潜って魚をとる。俺もたまに行く」


なるほどあれは銛って言うかヤスか。でも、カエシも何もついていないただの棒に見える。木の槍。


「あれを刺して魚獲りするの?」

「そう。水に潜ってそっと近づいて、ブスッと刺して急いで上にあがる」

「あれだと魚逃げちゃわない?」

「逃げちゃう。俺も下手くそ。でも、あの人と、あの人と、あの人が上手。みんなに分けてくれる」

「そうなの」


一回ごとに浜に上がるのか? そりゃ大変だ。

日本の海女(あま)がしているように、桶か何かを流されないように固定し浮かべて、集めた方が効率が良くないか?

この海は一見、湾になっていて内海は穏やかだが、堤防や岩礁から海底に潜るのとは違い、浜から海に行ったり来たりするのは、相当に消耗しそうだ。

・・・いや、身体能力が人間のそれとは違うかもしれない。


アオイは改めて獣人達を見た。


皆、頭に可愛らしい猫耳がついているが、水に入る事には抵抗は無いようだ。

人間に猫耳がついただけの獣人と、まるっきり猫が二足歩行しているような見た目の獣人もいる。アオイの目には随分違うように見えるが、皆気にする様子はなく服を浜に脱ぎ捨てて、恐らく男性なのだろう腰巻きだけで躊躇なく海に入っていく。

そして痩せてはいるが、全員もれなく腹筋が割れていた。


「っくっ・・・」


アオイは自分の腹をなでた。プニリとしているがなにか?


「お腹すいた? アオイも魚食べたい? 俺とってくる!」

「待て待て」


素手で、海に向かって走り出そうとしたナナを慌てて掴み止めると、村長のライズも浜にやってきた。


「おはようございます。アオイ」

「おはようございます! ライズ村長も海に入るの?」

「はい。アオイの分も私が獲ってきますよ」

「村長も上手」

「そうなんだ。凄い」

「私などまだまだ。もっと上手い方々は先日・・・」

「あ〜・・・」


どうやら子のいない働き盛りの夫婦や、年若い青年達は、あの儀式に反対して男女問わず、殺されてしまったらしい。なんて事だ。


「それでも少し前までは網を引いて漁ができていたのですが、とうとう網を治す材料を集める者も居なくなりました。足りない素材集めに外に出た若者達とも連絡が途絶えしばらく経ちますし、今は素潜りできる漁師はどうしても限られていまして・・・」

「地引網漁をしていたのですね!?」

「え、えぇ、はい。こう、数人で網を沖まで運びまして、底に沈めてぐるっと引っ張るのです」

「その網が壊れているのですか?」

「修復には[シルクスパイダー]の糸が必要なのですが、ダンジョンに入れる者が居なくなってしまったので手に入らず」

「[ダンジョン]と[シルクスパイダー]についてはまた後でお伺いしますけど、私、その網治せると思います。見せていただいてもよろしいですか?」

「よろしいのですか!?」


アオイは、ライズの発した不穏な単語はひとまず無視して、壊れた網のある村長宅に向かう事にした。


地引網漁に使われる網は、使うごとに補修が必要だ。とTVで見た事がある。

一度に大量の魚介が確保できる代わりに、大変なのはその網の管理維持なのだと知った。


「この湾は以前、海の民に整備してもらった遠浅で、網を引いても破損が少ないのです」

「まさかの人工海岸! なんちゃって中世ヨーロッパを想像してましたが、意外に近代的・・・海の民って?」

「? 海で暮らす獣人達に、漁の際この湾から外海に出ない事を条件に、湾の整備をしてもらっていたのですが、それも大昔の事で、当時盛んだった海の民との交流も、中央から人がくるようになってからは絶たれています」

「それは・・・残念な事ですね」


海の獣人ってやっぱり人魚とかなのかな。会ってみたかったなぁ。

この世界には様々な人種、亜人の方々が暮らしている様だ。

今はまだ猫種の村人達にしか遭遇していないが、ぜひ他の種の方々にも会ってみたい。機会はあるだろう。旅をしてみるのも良いかもな。


ライズの説明に頷きながら、アオイはまだ見ぬカワイイを想像して、こぼれ落ちそうになるヨダレをすする。


「どうしました?」

「ナンデモナイデス」


おっと⭐︎ ハチが胡乱な目を向けているので、ナナの頭を撫でさすり、アオイは慌てて思考を戻した。


人工海岸というからには、九十九里浜みたいなもんかと思ったけど、海底での作業が可能な種族の仕事だとすると、岩場や障害物が少ないのかも。ぜひ後で海底をみてみたい。

それにしても、この世界ってどの程度の文明なんだろう。

儀式の時も、騎士達(あいつら)は、金属の兜を被せた生首を高い棒にくくりつけ、その根元に子供達を縛っていた。

それってまるで、落雷が、高い所にある金属に落下しやすい特性を知っていたみたいじゃないか。

科学的な基礎知識なんて全く無いと思ってたけど、信心深いのは横に置いておく事にして、中央、王都? 都会の方は、割と近代的なのかもしれないな。


「車はまだ無いみたいだし、移動は馬車か騎獣だとすると、田舎と都会で知識や文明にも差があるだろうし・・・」


ブツブツとアオイが考え込んでいる間に、村長宅ついてしまった。

村長宅は、屋根がバレル瓦な分、ほったて小屋という感じではなかったが、石造りの柱に木板の壁、こぢんまりとしたバンガローという印象で、いったいここでなん人の家族が暮らしているのか想像もつかない。後で中も見せてもらおう。


家先にある壁のないボロボロの屋根だけの物置には、漁に使う道具だけではなく、車輪の壊れた荷馬車や木箱、樽などが雑多に置かれていた。

グムム。これは、貧すれば鈍するというやつだろうか。

まぁ壊れてしまっているらしいので、この扱いなのかもしれないけど。


「ここにあるのはみんな壊れているの?」

「は、はい。直す事ができなくて、長い間置きっぱなしになっています」

「じゃ、全部ゴミ?」

「ゴミ、と言うわけでは、ない、のですが・・・使えない物です。捨てるに忍びなく・・・」

「じゃあ、順次直してみるから一旦全部貰っていい?」

「え、それは、かまいませんが・・・」


「オッケー! とりあえず[収納]」


驚く村長を置き去りにして、アオイは「どれどれ〜」と、内包物の選定を始め、件の網を鑑定解析した。


「うん[修復]っと。直しました。これで地引網、できますね?」

「え、そんな、簡単に?・・・本当だ。直ってる・・・」


物の[修復]には本来材料が必要だが、[収納]の中で[修復]したい物を[鑑定解析]すると、[収納=亜空間]の中を満たしている魔素が、足りない材料を補い正常な状態に戻してくれる。

魔素はこの世界の万物の素なので、魔素を自在に操るスキルが【錬金錬成】と言う事なのらしいが、この世界に錬金術が使えるのはアオイしかいない。

つまりゴリっゴリの異世界召喚チート特典だ。とハチは教えてくれた。ありがたい。ありがたい。


アオイが感謝の祈りを捧げながら「それと、これ」と、ライズに手渡したのは、廃材から作ったヤスだった。


「これ、は、」

「ヤスです。カエシがついていますので、射った魚が逃げにくいの。ここにあった材料で作りましたので、どうでしょう? 役に立ちそうですか?」


三又の突刃は鍋を、発射ゴムは手持ちの材料で補填した。


残念ながらエース号には、釣り道具が無かった。

釣り針と竿がなんとかなっても、流石にリールは機構もわからないのが悔やまれる。みよう見真似で再現はできないだろう。

いくら万物の元素万能エネルギーを操作できる能力を持っていたとしても、知らない物までは作れない。

ヤスだって正しい形かどうかわからないけど、ただの尖った木の棒よりはずっと使いやすいはずだと、アオイはさらに数本のヤスを追加した。


「・・・この様なものまで・・・ありがとうございます」

「この辺の主な産業は当然海での魚漁なのでしょうけど、他には何を食料にしているのですか? 主食に穀物など摂ってらっしゃる?」

「! 以前は小麦を運ぶ隊商との流通があったのですが・・・他には、木の実や、細々と山菜などで食をつないでいる有様でして」

「なるほどね。農業は家庭菜園レベルって事かな。流通は、漁が軌道に乗ればまた戻ってくるかな?」

「他の土地との流通については、貴族が来てから全てそちらで管理されていて、村民に回ってはこなくなってしまっています」

「それも契約のうち?」

「・・・いいえ、おそらくそれは、商人も、金になる方と取引するでしょうから・・・」

「なるほどねぇ・・・じゃぁまあそれはおいおい考える事にして、網を浜に持って行って漁をしてみましょうか? 朝ごはんに、またみんなで浜焼きとかいかが?」

「ハマヤキ?」

「とれたての海産物を焼いて食べたいです」

「! それは! えぇ! もちろん! ぜひ召し上がって頂きたいです!」


ヤッタゼ!

満面の笑みを向けるライズと共に浜に帰ると、浜で休憩していた村人達に指示して早速網を張ってもらった。

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