浜辺の宴
集まり出した村人達が、おずおずとこちらを遠巻きに見ている事に気づいたので、アオイは大急ぎで口の中の物をモグモグごっくんと飲み干して笑顔を向ける。
「どうぞ! お好きなところにお座りください!」
戸惑う村人達を、ナナが手を引いて椅子に座らせ、席についた先からアオイが目の前にご馳走の乗ったプレートを出し並べていく。
どうだ。この匂いの暴力は!
あらかた整ったところでアオイは両手を開いて叫んだ。
「さぁどうぞ! 召し上がれ!」
そして「いただきまーす」と率先して、添えられたナイフとフォークを使い、すでに切り分けて盛り付けているステーキ肉を、更に一口大に切り分けて口に運んでみせる。
「っうっまーい!」
「美味しい!」
アオイを真似て、隣に座ったナナも同じようにフォークで肉を口に運び、歓声を上げた。
さあさあ、あとはご自由に。
良いのです。良いのですとも。まずはみんなで美味しいものを食べましょう!
一心不乱に、しかしながら大変良い笑顔で咀嚼するナナ達に、村人達も訳がわからぬまま肉を食べ出した。
「う、うまい」
「美味しい!」
「こんな美味しいお肉初めて!」
「そうでしょうそうでしょう!」
アオイはニンマリとその口端を上げ、皆が食事する風景を眺めて悦に至る。
自分の作ったご飯を美味しいと言って食べてもらうことは、それだけで幸せな気持ちになるのだ。
本気で飲食のお店をするのを考えようかしら。とアオイも上機嫌で米を頬張る。あ〜美味しい。
「っうっ、うぅっ・・・」
「美味い・・・美味い・・・」
「暖かい・・・」
訳もわからぬまま命の危険に晒されたあの子供達も、美味しそうに食べている。
その親達も、涙を流して口を動かしている。
そうだよ。助かった。次はご飯を食べよう。後の事は全部それから。
「・・・良かった・・・」
それでも皆が笑って、美味しそうにご飯を食べている。
アオイから漏れ出た言葉に、聖霊ハチはゆっくりと辺りを見回した。
浜辺中にあたたかな魔力が満ち溢れ、気力がみなぎってくる。
「ありがとう。アオイ。みんなを助けてくれて」
「フヘッ。なぁに? ハチもたくさん食べなね」
笑ったアオイが ドンっ とステーキが山盛りになった皿を差し出した。
「おかわりもたくさんあるからね。まずはみんなでお腹いっぱいになろう!」
大皿に、好きな物を好きなだけどうぞ! と、それぞれに山盛りにして、みんなのテーブルにも並べ出した。
「「「わぁ」」」と歓声が上がる。みんな笑顔で。
それからは、一心不乱に咀嚼して、腹が膨れた村人達が我に返った頃、アオイが改めて皆に自己紹介をして「これからよろしくね」と、ここにこられなかった家族のためにも、豚汁と白米が入った鍋を持たせて解散した。
残ってもらった村長と、今後のことについて少し話をする事に。
「で、あれは一体どうゆう事だったの?」
「あれは、雷神様に捧げられた生贄なのです」
ハチを気にしつつ、気まずそうに現村長のライズが話し出した。
つい先日まで、前の村長含め80人近くいた村人達だったが、子供を助けようとした若い衆と、前村長が討伐され生贄に追加されてしまった。
隣国も無い海っぺりの辺境の地のこの村では、こんな事が数十年繰り返されているのだと言う。
「もうこの村もお終いだ。と、皆諦めていたところだったのです」
「そうだったの・・・」
集まってくれた村人達は皆痩せていて、ボロボロで色の無い服を着て、見るからに焦燥していた。
本当にギリギリのタイミングで村に来られたのだな。
アオイは気持ちを切り替えることにした。
「国? からの助けはないのですか?」
「国? 私どもは獣人ですので」
「?」
アオイは言葉を待ったが、ライズは意味がわからないのか、ニコニコと次の質問を待っている。
「獣人だと、国からの援助が得られない。とか?」
「・・・我々亜人は、王の子孫では無いので・・・」
「王の子孫? ここは、ライズさん達の先祖が代々拓いた土地なのでしょう?」
「・・・亜人は、人間とは違いますので」
「違うの? 見た目以外に何が?」
「・・・・・」
途端にライズは黙り込んでしまった。
「獣人は魔族の末裔なんだって」
「ちがっ・・・それは、そう言われているだけで、我々は、人の腹から生まれた人間ですっ」
「・・・・・なるほど。うん。わかりました」
ナナが言葉を続けると、ライズが慌てて否定した。
何かしらの差別や迫害があるのね。
多かれ少なかれ人の暮らす世だ。そうゆうこともあるだろう。
「ま、どっちでも良いっか。で、コレからのことなんだけど、本当に私がしばらくご厄介になっても良いのでしょうか?」
「こちらこそよろしいのですかっ!?」
「よろしいも何も、後から来たのは私の方なのだから」
「この子・・・ナナは先ほどああ申し上げましたが、[魔法師の塔]へ行けば人間達がいます。聖女様はそちらに庇護を求めるべきではと、思って、おりました・・・」
「え、ヤダ。なんで? やっぱ迷惑?」
「迷惑だなんてとんでもない!」
「あのね、私本当に聖女じゃないのよ。えっと、言って良いことかどうかわかんないけど、魔女なの。種族は人間みたいだけど称号が魔女って。ダメ? 悪者?」
「ま、魔女!? 魔女は、その、魔族ですが!?」
「あ、そうなの? えぇ〜じゃダメかぁ」
ガックリと肩を落とすアオイに、ライズはオロオロと言葉を探しているようだ。
よくわからないけど、獣人は人間だと主張している訳だし、人間と魔族には明確な対立関係にあるみたいだから、魔女の自分がこのままここで暮らすのは何かしら問題があるのかもしれない。
「ごめんナナ。一緒には暮らせないみたい」
「なんで!?」
「私、魔族なんだって。人間と一緒にいちゃダメっぽい」
「じゃあ俺も魔族で良い!!」
「あれ? そうゆう感じ? そんなんで良いの?」
「良い!」
頬を膨らませてぷりぷりとナナが怒っている。カワイイ。
ナナがそれで良いなら良いか。でも、さてどうしようか。と。
「アオイ様が、魔女とは到底思えません! なにか、思い違いではないでしょうか!?」
逡巡するアオイを、ライズが慌てて引き戻した。
「・・・やっぱ魔女って、知られない方が良い感じ?」
「・・・知られない方がといいますか、魔女は、その、恐ろしい魔族です」
「恐ろしい魔族?」
「人間をダマしてソソノかしてコエフトらせて食べちゃうの」
「え、フハッ! マジか。じゃさっきのアレ、宴会なんてまずかったかなっアハハっ」
ナナの補足にアオイはさっきの大盤振る舞いを思い出し、声を出して笑ってしまった。
そっか、有無を言わさず美味しい物で堕落を誘い、仲良くしてねと強請った。
「早速のっけからみんなを唆して、お腹いっぱいご馳走を振舞ってしまったわ。まるっきり魔女の所業ね。フフ、私根っからの魔女みたいよ?」
アオイがライズに笑いかけると、ライズはハッとして瞬きを繰り返した。
「みんな順当に騙されてしまいましたね。やはりよろしくないのではないですか?」
「・・・いいえ。アオイ様は困窮する我々を助けて下さっただけです。唆したなんて、そんな・・・」
ライズは、ホトホトと涙を流して椅子から降りると、手を組み頭を下げて砂浜に跪いてしまった。
「ヒョエっ!? やめてやめてっ頭をあげて下さい!」
自分は普段人間達に、亜人だ魔族の子だと虐げられ、差別や蔑みの対象だった獣人であるのに、正直に魔女だと告げる女性を、自分に都合が良い存在に祭り上げようとしている。
なんと浅ましく醜い存在か。
それなのに、目の前ではアオイ様が同じように砂に膝をつき、獣人の肩に躊躇なく手を触れ、困惑した顔で慈悲の言葉をかけて下さっている。
ライズは尊敬の眼差しを向け、アオイの顔を仰ぎ見た。
その背後、後光のように光り輝き、金色の聖獣様が侍り見下ろしている。
「っ、あぁっ!」
「拝むのやめてっ!!?」
ライズが思わず合わせた両手を バシッ と掴み離して「村人!! 村娘A!!」と、アオイが叫んだ。
「魔女なのは内緒にします! だから、聖女のように扱うのもやめて!」
「そうでした」
ライズはニコリと笑ってやっと顔を上げた。
アオイはホッとして一緒に立ち上がると、ライズと自分の膝の砂を払いながら後ろのハチに聞いた。
「で、実際のところ獣人って?」
「獣人は精霊や妖精と人の混じった子。どちらかといえば我々に近い。そういう意味ではただの人の子とは違うのだろう」
「だと思った。そうゆう事だそうですよ」
「へ、え?」
恐らく、人間が他者より優位に立つために宗教団体かなんかが“そうゆう事”にしているのだろう。
ライズが呆けている間に、アオイは今度はナナの肩に手を置いて何やら言い聞かせている。
「ナナ、獣人は魔族じゃない。わかった?」
「わかった。アオイも『良き魔女』だ」
「うん。そう在れるように頑張る」
アオイはライズに居住まいを正して向き直り「このままここでお世話になります」と、改めて頭を下げる。
「色んな人が居る世界なのだとわかった。大事なのはその在り方だと胸に刻み、皆に仇なす存在とは思われないようにがんばります」
教えてくれてありがとう。と、アオイは頭を上げライズを見た。
ライズは再び拝み出しそうになるのをグッと抑える。
具体的な事はまた明日。と、ライズには笑顔で家に帰ってもらった。
辺りはすっかり暗くなっている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねぇハチ。『良き魔女』ってなあに?」
宴の後片付けをすっかり済ますと、愛車エース号の中で添い寝しながら、ナナが眠りについたのを確認して、そっとアオイは外に出た。
浜辺に椅子を出して、紙巻煙草に火をつけ、肘掛けのホルダーに差し入れた灰皿に置いた。
久しぶりなので煙を嗅ぐだけにしておくが、この際身体に悪いとかそうゆう事は考えないことにする。
あぁ、なんて身体に悪そうな毒の良い匂い。
「『良き魔女』とは、ヒトのためにその力を使う魔女のことだ」
「もともとそうゆう“ヒト”もいたって事よね」
真っ暗闇な夜の海辺など、元いた世界では恐ろしいばかりだったが、薄ら発光する聖獣様の灯りと、静かに繰り返す波の音が心地良い。
「魔族ってなんだろうねぇ」
思いがけず自分の置かれた立場に少々困惑する。
これから出会って敵対することもあるのだろうか。
「魔力が強いってだけの事だ。尊い存在の方々も、アオイを異世界に転生させるにあたり、か弱いただの人間のままではと、思う事があったのだろう」
「そうよね。ただそれだけのことなのよね」
種族の違いが争いの種になるのはあくまでそこで暮らす人の世の事。等しく作った神様達には、理解し難い瑣末な事よね。と新しく来たこの世を憂う。
「どこの世界でも人間ってやつは・・・」
短くなった煙草の火を消して、クンクンと身体の臭いを気にする。
「この臭い。ナナに嫌われちゃうかな?」
「何があろうとアイツもアオイを嫌わない。気になるなら〈浄化〉をかけておけば良い」
マズルにシワを寄せつつも、身を擦り付けてきたハチは笑って教えてくれた。
「〈浄化〉、おぉ! 魔法便利! 私、無味無臭な人間になりたかったんだ」
「なんだそれ」
アオイは、ハチにもわからない事があるのね。と、フフと笑ってごまかして、今日は色んな事があったねと、今晩はもう一緒に寝てしまう事にした。