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王都観光は平和だった




朝になり、簡単にご家族との挨拶は簡素なものだった。


アオイとナナとシンクが同じベットで寝こけている間に、家族への説明はミルコがつつがなく済ませていたようで、全くもってドライな対応。

これはリンデン家独特のものなのか、単に貴族特有の、平民であるアオイを気に留めなかっただけなのか。

朝食を部屋に運んできた当のミルコが、いつもと変わらぬ様子だったので、深くは聞かないことにした。今後他の貴族と関わるつもりも無かったので、些細な事かとスルーすることにした。


お屋敷の主人であるミルコのお父さんと、同じ職場に出勤するお兄さんを見送るさいに、顔を合わせて頭を下げた程度で、視線も合わず、名乗りあいもなく、特にかけられる言葉もなかった。


悪くとれば使用人と同じ扱いだと、いくらでもケチをつけられるのだろうが、親の子に対する主義が放任なら、息子の友人に対する態度などこんなもんだろう。

そして放任は放置とは違う。子供のすることを把握してなお『何も口を出さない』とのは、裏を返せば信用の証でもあるのだ。

だからこそ、コチラはきちんと体裁を取り繕って頭を下げる。

因みに、ナナとシンクは“子供”なので、お見送りには同席していない。シンクの正体は伝えなかったようだ。


「失礼な家族でごめんね」

「失礼なんて。こちらが恐縮だわ。良かったのかしら」

「俺のする事に興味ないんだ」

「そんなこと・・・」


フォローの言葉も意味がない気がする。ミルコはこの世界ではすでに自立した成人だ。

他所は他所。ウチはウチ。そう思い直して、アオイは「逆にありがたいわ」と笑んで返した。


厩の荷馬車には、すでに[労働奴隷]達の姿はなく、ミルコの指示で使用人が速やかに然るべき場所に移動させたということで、非人道的な所業に文句を言われることも憂うこともなかった。

代わりに荷馬車にはテオドア達が待機していた。

離れの使用人用の家屋で夜明かし、夜の軽食も朝食もきちんと提供されたらしく、なんの問題もなかったと、こちらも大変に恐縮していた。


つくづくリンデン家は、ミルコが言うほど()()貴族家ではないように思える。

むしろ、ミルコは甘やかされているのではないか? とすら思えてくる。

アオイはこちらの価値観に疎いので、この考えも正しいかどうか測りかねるが、『親の心は子知らず』とは言い得て妙だ。どこの世界でも。と呑気な気持ちが湧き上がる。


自分の家が、貴族らしくない事をコンプレックスに思っているミルコには悪いけど、アオイには、そこはかとないミルコへの愛を感じるこのお屋敷に、ほっこりとした気持ちが満ちた。


「さぁ、それじゃあやることやっちゃってさっさと“帰りましょう”」

「はい!」


アオイの言葉に、ミルコは大変良い笑顔で返事をした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


神殿内に同行しなかったアオイは、ナナとシンクと襟巻きのハチと共に、王都の市場を探索する事にした。

もう来ることもないだろうし、この世界の生活水準を知るためにもさらっと観光の軽い気持ちだ。

アオイの提案に、ミルコとテオドアが苦い顔をしたが、何せ天下の[五大魔法師]のシンク様と[聖霊獣]のハチ様がいるのだ。セキュリティー面での不安なんぞあるはずもない。


一行は、渋々のていで神殿での手続き終了後の速やかな合流を約束して別れた。


「みんなになんか良いお土産あるかな? オススメのお店ある?」

「市場に来るのは初めて!」

「ありゃ、そっか。じゃぁ、適当にぶらぶらするか」

「俺、王都の美味しいもの食べたい!」

「良いね〜」


シンクとナナの可愛らしい返事に、アオイはウインドウショッピング気分で市場に踏み入る。

朝市の時間帯は過ぎているので、人並みはまばらだが、お店はそれなりにそぞろ営業しているようだ。

アオイのウキウキとした気持ちに歯止めをかけるように、襟巻きのハチが注文をつける。


「今はアオイが唯一の保護者だぞ。気を引き締めて引率するように」

「わかってるわよぅ」


ある意味ではダンジョンよりも危険だというのに。ハチはしゅるりとアオイの首元を撫で回した。くすぐったい。


多くはその日の朝採れ野菜がならぶテント店だ。色とりどりの作物が、この国の日常を反映している。多くは食材だが、その中で目を引いたのは[本]や[食器][鍋]などの日用品と、[剣][杖]などの[装備品]、その多くがダンジョンからの[ドロップ品]なのだそうな。


「[本]、まあ白紙の本が[ドロップ品]?」

「[ブックバット]モンスターからドロップするのよ」

「紙がドロップ品かぁ。よくできてるなぁ」


「この世界では印刷技術がまだないからな。本は手書きだ」

「面白い」


シンクとハチの解説を頼りに、手にした[本]をいくつか買っておく。

他の[日用品]も少々。あくまでサンプルだ。アオイが持ち込んだ日本の工業製品にはいずれも到底及ばぬ品質だ。


「魔法があるのに文明が遅れてるのなんでだろ」

()()()()()()()()()なのだろ」

「そうゆうもんかねぇ」


全てが魔法使い頼みでは、魔法使いを単なる[エネルギー]として使い潰す事になる。どうやらこの世界では[魔法使い]は戦闘要員らしいし、生活の品質向上には利用されていないらしい。

ハチの言うことももっともか。と、アオイは肩をすくめた。


「あ、良い匂いがする!」


花の蜜を集める蜂のように、あれやこれやと店先を飛びて回っているナナとシンクが目指した先は、なんと[クレープ]を販売する屋台だった。

お腹は減っていなかったけど、これはぜひ食べてみたい。

アオイを人数分を注文すると、【鑑定解析】を使ってその調理の過程を堪能した。


裂かれた角兎肉にスパイスをかけて鉄板で焼き、たっぷりの生の葉物野菜を、小麦粉を水で解いたシンプルな皮で器用に包むと「ほいよ!」と手渡された[クレープ]は、3種類ほど用意されたお好みのソースを自分でかけて食べるお食事用のクレープだった。ひとつのお値段小銀貨3枚。

それぞれを手に、広場のベンチに並んで座ってかぶりつく。


「あ、美味しい。なんか、トロピカル? エキゾチックな味」

「美味しい!」

「甘いソース!」


キラキラと目を輝かせてぱくつく子供達に目を細めて、アオイは、この世界で初めて食べる異世界グルメに舌鼓をうった。


「これぞスローライフ」

「呑気なもんだ」


ちみちみと小さくして差し出されるクレープを、口に含んた襟巻きのハチの咀嚼がくすぐったい。


「村でもなにか、名物になるような屋台料理を考えなくちゃね」

「屋台といえば[たこ焼き]でいいじゃないか」

「良いね。具を変えて、例えばトマトとエビとかに変えて出そうか。マヨネーズはあるけど[たこ焼きソース]が無いもん。あ、でもそれじゃ名前が[たこ焼き]なのは問題あるか」


「なにそれ!」

「美味しい?」

「美味しいよぉ〜」


はしゃぐナナとシンクの口の周りについたソースを拭ったアオイの頬を、気持ちの良い風が撫でる。


「平和だねぇ〜」


すっかり満腹になったお昼前。

車中でみんなと食べる[クレープ]を買い足して、腹ごなしに適当な店をひやかしながら、アオイ達は合流場所の神殿前に向かった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ミルコ様が『奴隷を解放する』と言った時の神官達の顔ときたら!」


帰りの[エース号]の中で、テンションの高いダンと、顔を真っ赤にして照れるミルコの会話にアオイは目を細めた。


「金貨を出した時、周りにいた人達もすんごいびっくりしてたね!」

「みんなの顔が、面白かった」

「やめてよぅ。俺の金じゃ無いんだから」


チップとトムがさらに追い込んで、ミルコが身悶えして恥ずかしがっている。


ミルコの[奴隷解放]はやはり前代未聞の珍事件だったらしく、周囲の人々に『愚かな貴族がいる』と、謗りを受けたそうだ。だが、当然車内にミルコを侮る気配は一切ない。

それぞれ我がことのようにミルコを讃えている。


「ミルコ様は、そんな心無い言葉には一切耳を貸さず、我々を一貫して毅然とした態度で気遣い、神殿を颯爽と後にしたのです」


ツォの言葉に、ナナとシンクが「カッコイイ」と、尊敬の眼差しを向けている。


「ミルコ様は、正しく騎士であられた」


テオドアは、眩しいものを見るようにミルコを仰ぎ見る。

ミルコ少年は息も絶え絶えで「グギュウ」と両手で覆った顔からおかしな悲鳴をあげた。


「あれは俺の金じゃ無いのでそんな態度に見えただけだってば。アオイ殿が『泡銭だから』と言っていた意味がわかりました。うぅっ」

「イヤイヤ。そんな騎士様だからこそ、何も揉めることなく手続きが済んだんですよ。誇りましょう!」


アオイは、耳まで真っ赤にした助手席のミルコの背をさする。大変に少年らしい反応に、家族との事情を無視して、無理をさせてしまったことを改めて詫びた。


「ミルコ様、本当にありがとうね。助かりました」

「アオイ殿まで・・・やめてください・・・」

「マーク様に“盛りに盛って”報告するの楽しみですね!」

「っ! やっやめてっ! やめてよ!? みんな!! お願い!」


車内に、全員の笑い声が溢れる。


『ステキね。本当に素晴らしいわ。私、この光景は忘れないわ』

『・・・そうだな』


念話で返された声に、アオイの過去を知るハチのわずかに暗い陰が落ちる。


『これからも、皆と一緒に幸せを探そう』


権力者不在の村ではさほど何事もなくアオイを庇護できたが、ここにきてはっきりとした貴族との関わりを作ってしまった。

一点の曇りも陰りもなくアオイを全ての不幸から守りたい。

この世界の魔法使いと同じく、アオイがただ搾取されることがないよう、その自由が脅かされることのないよう、一層の監視が必要だと、ハチは仄暗い想いを秘めて家路を急いだ。


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