自分の足で
開門は[魔法師]様のご威光で問題なかったらしく、ミルコとシンクが無事王都の中に入って行ったのを見送って、アオイはテオドアに気になっていた事を質問した。
「運送時間だけ気にしちゃって忘れてたけど、今から神殿とやらに行って手続きするって無謀だったよね?」
「そう、ですね。すみません。こんなに早く着くとは思いもしなかったもので」
テオドアは顎に手をやりバツが悪そうに項垂れるが、この強行自体が思いついてそのまま直ぐだったのだから、責める気持ちなんて全く無い。
今は夜更けの街壁前。腕時計で確認すると夜中の2時だ。
王都の防壁門も、常時は日の入りが閉門、日の出が開門と言う事なので、街の中での手続き機関などもそれに合わせて営まれている事だろう。当然の結果だ。
「結局、外で夜明かしするしか無いよね」
「ミルコ様は、どうやって馬を調達してくるのでしょうね?」
ナナやダン達は車から降りて物珍しげに辺りを見学している。
一晩ぐらい[エース号]の中での夜明かしするとてなんの不満もないが、荷馬車の[労働奴隷]たちは可哀想だ。何せ後ろ手を縛られ頭に布袋を被ったままなのだから。
「せめて縄と袋を取ってあげようか?」
「なに、寝てるんだ。問題ない」
「気持ち良く健やかに寝てるってわけでもないでしょうよ」
身を小さくして襟巻きに擬態しているハチの答えに、アオイはため息をつきながらこの世界の人権意識の低さを憂いた。
いや、やってる張本人なのだけど。
アオイは、[収納]からキャンプギアのイスとテーブルを出すと、テオドアにも座るように促して、お茶の入った水筒片手に煙草に火をつける。
日の出までは4時間ほどだろうか。ハイエースの後部座席をフラットにして、幼いナナだけでも睡眠をとらせるべきか。
「なに、たまの夜遊びもいいもんだ」
「そうなのよね。楽しそう」
近くにきてしまえただの光る壁も道も、村から出たことのないナナには見るもの全てが新鮮なようで、ダンと2人でキャッキャウフフと、はしゃいでいるのが可愛らしい。
漏れ出たアオイの言葉に、テオドアがしみじみと応える。
「ダン君も、表情が明るくなったよね・・・」
「・・・皆、アオイ様には感謝してもしきれません」
目を細めて2人を見るテオドアの瞳が、まるでお父さんのようでアオイは胸がジンと熱くなった。
「みんな、村でのお家は決めた?」
「決めかねています。その・・・本当に、良いのでしょうか」
「まだそんなこと言ってるの?」
村には、これから来るであろう移住者に備えて、すでに新しい家が数十軒あるのだ。空き家にしておいても何の意味もない。
村の獣人達も、ご近所にすでに顔見知りのテオドア達が住み着くことに何の憂いも異論もないとすでに話し合った後だと言うのに。
アオイは、やはり奴隷制度というのは社会の害悪でしかないのだな。と肩をすくめた。
「家賃は新たな移住者から取ると決めたじゃん。先住者の特権で今なら選び放題なんだから、さっさと好きなお家を選んじゃいなよ。家具とか全然ないんだから、テストハウスとしても実際に住んでみるって大事よ?」
アオイは「実際に家を建てる建材はテオドアさん達が調達したでしょ」と、設備の不備を探るうえでも住んで整える[仕事]の一環だと主張した。
「[借金奴隷]が実際に借金を返した例は聞いた事がありません。奴隷の借金とはあくまで建前に過ぎず、死ぬまで労働力を搾取されるだけの存在でしたから、アオイ様の提案は信じられない幸運なのです」
テオドアは、光を放つ壁をいじりながらあれこれと言葉を交わすナナとダンから目を離さずに、噛み締めるように言葉を紡ぐ。
「アオイ様は・・・アオイ様のいらした国は、我々にとっては信じられないほど平和で、健やかな国なのですね」
「あ〜・・・そうでもない。問題は山積み。ただ、平和なフリはしてるかな。平等なフリ。公平なフリ。まぁ頑張ってたかなぁ」
アオイは自虐的に笑うが、テオドアにはその苦笑いが眩しく映る。この国ではその“フリ”すら許されない根深い封建制度が当たり前の貧富の差があるのだ。
「良い村になると良いですね」
「この世界ではきっと大丈夫だよ。これからあなた達が作るのだから」
「・・・ご期待に添えるよう、尽力いたします」
「・・・・・」
機嫌良さげに失言を繰り返すアオイの首元で、ハチが片目を開けてテオドアに視線を向ける。
テオドアは、その咎めるような瞳に静かに頷いてから視線を子供達に戻した。
決して崇めず、盲信せず、依存しない。彼女を神のように信仰の対象にはしない。
自分たちの居場所は、自分たちで造り、守る。それを“異世界から来た聖女”が望んでいる。
村で周知されたただ一つの厳禁だ。
初めは違和感しかなかった決め事だが、目の前の女性を間近に暮らすうち、最近やっと、獣人達の言うその“意義”がわかり始めた。彼女もまたただひとりの人間としてこの世界に在りたいのだ。
その崇高な意思のなんと神々しい事か。
以前は下等と謗っていた獣人や、[犯罪奴隷]のビア達の方がよほど理解していたその“在り方”に、ただ力ある者に首を下げるだけだった以前の自分の愚かさを悔いる。王都での失脚に、その後立ちあがろうとしなかった自分を見せつけられたようで、失敗して当然だった。と、苦い気持ちが胸を締め付ける。
ナナが壁に魔法をぶつけようと拳を構えて腰を落とした瞬間に、血相を変えたアオイはダッシュで駆け寄って、巻き込まれたダンごと説教をかましている。
「決して、決して失望させませんとも」
誰に届かずとも、テオドアは静かに満点の星空に誓った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アレ? ナナとダンは?」
「[エース号]の中。寝かしつけた」
[塔]の外壁よろしく魔法攻撃を無効化するか試そうとした話を聞いて、ミルコも顔色を青くした。
「防壁に魔法攻撃されたら流石に察知されますよ!」
「だよね!? だと思った! 全く子供に夜更かしは厳禁だな! な!?」
半刻もたたずに馬を引き連れて戻ってきたミルコが、ナナの攻撃未遂にホッと息を吐いた。
夜中であるとて、街の騎士衛兵達が蜂の巣をつついたように大騒ぎになるだろう。と説明されて、それこそ〈隠密〉行動が水の泡になるとこだった。と、アオイは襟巻きを咎めるようにモシャモシャと撫でさすった。
「馬、調達できたんだね?」
「ウチの馬です。あ、そうだ、ウチのタウンハウスにお泊まり頂いてよろしいですか?」
ミルコも「手続き機関の開業時間を完全に失念していた」と頭をかいた。
「夜中とはいえ[エース号]は、流石に目立ちますんで、荷馬車に乗って移動しましょう」
「いいの? ご迷惑じゃないかしら?」
アオイが壁の外で夜明かしするつもりだった事を告げると、ミルコは「女性を夜営させるなどとんでもない事だ」と、貴族子息らしい答えを返した。さすが。
アオイは笑って「それではお言葉に甘えさせていただきます」と、中のナナとダンを起こして[エース号]を懐に蔵う。
「みんなも、荷馬車の[労働奴隷]達もこのままお邪魔しても良いの?」
「もちろんです」
「やっぱ貴族様のお家って大きいのねぇ」
「ウチはその、大きさだけはありますんで・・・」
[労働奴隷]と[借金奴隷]にアオイとナナとシンク。こんな真夜中に、総勢18人が急にお邪魔しても「何の問題もない」とは太っ腹にも程がある。
荷馬車に乗り込み、流石に[労働奴隷]達に被せられた布袋と、両手を縛っていた縄を外す。
[借金奴隷]達と作業したが、シンクに〈睡眠〉の魔法をかけられた[労働奴隷]は一向に目を覚ます様子がない。どれだけ強力な魔法なんだ。これではもはや〈昏睡〉ではないか。
「このまま寝かせておきましょう」
「起きた時身体痛そう」
「些細なことですよ」
「そうかなぁ」
どうやらせっかく立派なお屋敷に行っても[労働奴隷]達はこのまま荷馬車で夜明かしするのは確定のようだ。
「奴隷には雨風を凌げるだけでも十分ですよ」
目を三日月に細めて怖い事を平然と言うテオドアに、アオイは「ヤッパ封建社会コワイ」と、認識を新たにした。
荷を軽く検めただけで、門は何の問題も無く通れた。びっくりだ。
門番がこちらに敬礼するほどで、アオイは改めて[魔法師]様のご威光に嘆息する。
なんのための寝ずの番なのか些か疑問ではあるが、今はありがたく気配を消して荷馬車に揺られる。
アオイは、ミルコとシンクと一緒に御者台に乗った。
得体の知れぬ自分と、馬がいなかった事も咎められる事もなく、何も提示せずとも門が顔パスなのも、何かの企みがあるのかと不安になってしまうほどの“ザル”さ加減だ。
「シンク様と俺の所属タグで連れの身元の保証はされますから、中で事件でも起こさなければ何の問題もないんですよ?」
「貴族の信用度スゲェ」
「そんなに意外ですか?アオイ殿は俺の[客人]ですし、[奴隷]も[所有物]に過ぎませんので」
「私にはよくわかんないや。貴族って悪い事し放題?」
ミルコは「そんな手軽にはできませんよ」と苦笑いを返す。
『ネットもテレビも無いんだ。貴族席の名の価値は意外と高いのだぞ』
『なるほどね。便利っちゃ便利、か?』
念話でハチに補足され、一応納得しておく。
村の人員管理は戸籍制を考えていたが、[所属タグ]なる物について調査が必要だな。と、アオイはスマホのToDoにメモしておいた。
ほどなく到着したリンデン子爵家のタウンハウスは、その領地のお屋敷に負けず劣らずに[宮殿]といっても過言ではないほどの立派なお家だった。
屋敷の使用人達総出で出迎えられる。突然の真夜中の訪問だというのに。アオイはさすがに驚愕した。
「金持ちの貴族を舐めてた。凄い。そりゃ現代日本の政治家が悪事を働いてまで税金をちょろまかす意味がわかったわ」
あれよあれよという間に「何はともあれ詳しいことは翌朝」と客間に通され、ベットの上に倒れ込んだアオイの独り言に、ハチだけが大笑いで応えた。




