ちょっとそこまで
「人聞きの悪い光景になっちゃってるな・・・」
名も知らぬ[労働奴隷]達が、麻袋を顔に被せられ、手を縛られた状態で荷馬車に乗り込んでゆく。
皆大人しく従ってはいるが、どっからどう観ても拉致監禁の犯罪現場である。
アオイの心配をよそに、マークや他の兵士達は、テキパキと仕事をこなしている。
10人の[労働奴隷]達が荷馬車に積みこまれると、マークは出入り口の幌の止め紐をしっかりと結えて言った。
「食事も排泄も済ませましたので、大丈夫だとは思いますが・・・」
言葉を詰まらせるマークに、アオイは「わかる。わかるよ」と苦笑いを返す。
荷物のように運ばれる[労働奴隷]達にこの運送が空路であることは告げていない。
「多分、3時間ぐらいだとは思うんだけど、それより目隠しされて手を縛ったままって、大丈夫なのかな?」
アオイの不安は別のものだった。
この状況にパニクって、さらに状況を悪くしたりしないんだろうか? と、主に奴隷達のメンタルと人権面での心配なのだが、それにはハチがあっさりと答えた。
「なに、それなら眠らせておこう」
「そんなことできるの?」
「おそらくアオイにもできるぞ」
ハチは「なんなら魔法師様に頼めば?」と、事もなげにシンクに視線をやった。
「良いよ。そうゆうのはシコクが上手だけど、ボk、私にもできる。できるのよ」
どこか「えっへん」と胸を張るように顎を上げたシンクに、顎を上げられた先のナナが不満そうに口を曲げる。
シンクは、御者台の方から荷台に乗り込むと、なにやらモニョモニョと唱えて直ぐに戻ってきた。
「簡単だわ」
「シンクちゃんすごいねぇ! 起こすのもできるの?」
「できるわっ!」
「すごーい!」
アオイの感嘆に、シンクは「ニヘヘ」とはにかみながらもその顎をさらに高く上げる。カワイイ。
アオイは、シンクの真っ赤な髪を撫でさすった。
「では、ちょっとそこまで、行ってまいりますね」
「あぁ、くれぐれもお気をつけて。ミルコ。アオイ殿を、みんなをよろしく頼む」
「うん。上手くやるよ」
[エース号]の後部座席には、既に[借金奴隷]達が乗り込んでいる。
マークがミルコに近づき「借りた金は俺も一緒に返す」と耳打ちすると、ミルコは「あぁ」と短く答えてバツが悪そうに笑った。
「春が青いわぁ。ていてい・・・」
アオイがそっと拝むのを、ハチがため息混じりにマズルで押して「さっさと行くぞ」と乗車を促した。
「じゃあお土産買ってきますね〜」
助手席にミルコ、後ろにシンクとナナを乗せて、ハチに引かれた[エース号]ごと荷馬車も含めてまるっと〈結界〉の光が包み込むと、ブワリ と一気に上空に浮かび上がった。
「大丈夫かな?」
「俺達は俺達でやれる事をやって待ちましょう」
地上に残されたマークの呟きに、ビアは笑顔で応えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「じゃあ、そのまま馬を借りて、神殿まで荷馬車を運んで書類上の手続きが終われば、晴れて借金返済完了ってことね?」
「はい。買取の後、主人になった俺が借金の返済を肩代わりすれば、[借金奴隷]は解放されるそうです。執事から聞いた限りでは、本当に『それだけだ』と言ってました」
上空から見えた街道をなぞって、ハチがものすごい速さで王都へ向かう。
真夜中の街道にひと気は無いが、ハチが〈隠密〉の魔法を使っているので気づかれることはないという。
まぁ街灯もない夜の田舎道を、好き好んでうろついているものなどいないということなので、念には念を入れただけなのだが。
[エース号]の中で、王都についてからの動向を確認すると、握る必要もないハンドルに手を置いて、アオイは後部座席のナナ達に「お茶飲む?」と、暖かい麦茶の入った水筒を差し出していた。
最初こそ外の景色に夢中になっていた同乗者達だったが、そう変わり映えもない夜空のドライブに、あっという間に飽きてしまって今は暇を持て余している。
風景を楽しむには暗すぎる空の旅だった。
聖霊獣ハチ様の〈結界〉のおかげで、Gも風も感じないが、高速道路どころかジェット機並みの高速移動中なので、窓を開ける気にもならないので地上も見えない。
「やっぱ空のドライブ旅は明るいうちの方が楽しいかもね〜」
「街道の途中にはいくつか宿場町などもあるのですが、いやはや、この状況では空旅を楽しむ隙もありませんね」
アオイに賛同しながら、テオドアが勧められたお茶を断り、水筒を次の者に渡す。
「みんなも寝ちゃって良いからね。トイレ行きたくなったら言ってね」
ハチに下に降りてもらうから。と、アオイは「水分はちゃんと取ってください」と、自分もカップフォルダーに置いたタンブラーからホットコーヒーを摂取した。
『ハチも疲れたら言ってね』
『こんなこと如きで疲れなどあるはずもない』
『ありがと。でも、無理はしないでくださ〜い』
念話でハチの様子を伺うと、楽しげな即答に肩をすくめた。
「ミルコ様達はそれで良いとして、シンクちゃんはどうする? いったん元いたお家に行く?」
「元いたお家?」
「みんなに会いに行かないの?」
「みんな?」
「オリベ様とか、残った魔法師さん達」
「どうして?」
「あ〜なにか、お話しすることないの?」
「ん〜・・・もう[塔]ができてるよ。とか?」
「そう、ね、一緒に[エース号]に乗って帰る? とか?」
「ん〜・・・」
アオイとしては、それならそれで準備や告げるべきことがあるかと心配したのだが、シンクは少しだけ考え込むと「わかんないな」と呟いた。
「まぁ、子供じゃ無いんだから、その辺はこっちが気にすることじゃ無いか」
「僕、わたし、私も、子供じゃ無いのよ?」
「フフッそうね。そうだったわね」
「子供じゃないけど、赤ちゃんだ」
「赤ちゃんじゃないっ!」
「は〜い。狭い車内でケンカしな〜い!」
ナナとシンクのいつもの言い合いに「長距離移動あるあるだ」と、アオイが笑いながら手渡すお菓子を受け取り、間に挟まれたテオドアが「これはどうやって?」と、話題を逸らしつつ、ナナにパッケージの開け方を聞いている。
「これは『ぽてち』。芋を潰して薄くして油で揚げたの」
興味津々でテオドアの手元を見るシンクに、得意気に「俺もう食べたことある」と自慢しながらパッケージを開けて見せて、後ろのダン達に渡す。
テオドアは、感心しながら倣って封を開け、内袋を開けて引き出した筒ごと、シンクに「どうぞ」と差し出した。
「美味しい! パキッとしている! 口の中でお芋になる! 面白い!」
「だろ〜!」
ナナの自慢に、ダン達も「美味しい」「初めて食べた」と大絶賛だ。
いずれこれもダンジョンで[養殖]しようとほくそ笑みながら、シンクの子供のような振る舞いに、すっかり打ち解けた空気を感じたアオイは、[魔法師]様達は何百年も生きる人工破壊兵器だ。と、聞いてはいたが、と、まだ見ぬこれから来る他の[魔法師]達を想った。
「これなら他の方々も大丈夫そうですね」
「そう、なら良いんだけど、俺はやっぱりオリベ様は苦手だなぁ」
差し出された『ぽてち』の筒を受け取りながら、王都までのナビのため助手席に座ったミルコが苦い顔をする。
以前ちらっとだけ来たオリベは、確かに“傲慢”を絵に描いたような振る舞いだったが、それも[魔法師]の謂れを聞いた後では流石に同情を禁じ得ない。
村の人達との交流を経てシンクが変わったように、これから一緒に生活を営むとなれば、彼らも変わらざるを得ないと期待を持っても良いだろう。とは、流石に呑気すぎる希望的観測だろうか。
「アオイ殿は、恐ろしく無いんですか?」
ミルコの疑問はもっともだが、それは相手が[魔法師]かどうかは別のモノだ。と、アオイは思った。
「私は、それが[魔法師]かどうか。の質問であるなら答えは『否』でしょうねぇ」
強大な力を持つかどうかは、問題の本質では無いのだ。魔法は手段の一つでしか無い。
「誰でも知らない人は怖いですよ。ミルコ様だって、最初は私を怪しんだでしょ〜う?」
「そんなこと、は、ない、です、よ?」
ミルコの歯切れの悪い答えに、アオイは「フフッ」と声を出して笑う。
「人は、変わるものですから、そこは少し、甘く見てあげましょ」
テオドアは、そんな2人のやりとりに目を細めた。
以前は感じたことのない『希望』がそこにある。今まさに目前に迫った『希望の光』。
「アオイ様! 街です。あれが王都です!」
「ウッソ! もう!?」
テオドアが指差した先には、発光する街道の先、明かりが灯る円形の壁に囲まれた[王都]の名に相応しい巨大な集落が広がっていた。
「明るい! なにあれ! ダンジョンの壁と同じじゃん!?」
「王都を囲む壁は《神聖遺物》で、自ら発光しているのです」
テオドアの説明に、想っても見なかったファンタジーを感じてアオイのテンションが上がる。
「道も光ってるじゃん!」
「壁と同じ石材でできています。いずれも古代遺跡、失われた古の神々が建造したと言い伝えられています」
「凄いキレイだわっ!」
「わぁ! スゲェ!」
「王都から東西南北に続く四方の街道も神様が作ったのよ」
やっと見るものができたと窓に張り付いて驚きの声を上げたナナに、シンクがお返しとばかりに顎を上げて[王都]の自慢を始めた。カワイイ。やっぱり子供だな。と、アオイとミルコは顔を見合わせて笑い合った。
『おりるぞ』
『明るいけど、街壁のそばに降りちゃって大丈夫なのかな?』
『問題ない』
『さすがハチ様! カッコいい〜!』
ハチに引かれた[エース号]は高度を下げ、音も振動もなく大きな門のすぐ傍に降り立った。
そこで初めて「あっ!?」と、テオドアが声をあげる。
「門が、夜中なので、主門が開いておりません。失念しておりました」
「あ、そっか〜! 失敗した! いや、頼めば開けてくれると思うけど、ちょっと俺ひとりで行ってくるよ!」
ミルコが額に手を当て「グムム」と逡巡した後、ひとりで門番に交渉してくる。と車を降りる。
シンクが「私も一緒に行く」と言い出した。
「[魔法師]には、開門の時間、関係無いの。いつでも出られるし、いつでも戻れるのよ。開けてって言ったら開けなきゃいけないの」
「え、そりゃ便利! 助かる!」
「助かる? 良かった?」
「すごく良かったよ〜! ありがとうシンクちゃん! ね! 良かったよね? ミルコ様!」
「ハイ。大変ありがたいです」
「ウィへへ〜♪」
それまで見たことのない渾身のドヤ顔をナナに向けるシンクに、さすがにテオドアやダン達まで声を出して笑ってしまった。
「半刻もせずに、荷馬車を引く馬を連れて戻りますのでっ」
笑顔で歩き出す2人の背を見送って「ここで夜を明かすことにならなくて良かったねぇ」と笑い合う。
そんなみんなの中で、ナナだけが口を尖らせて光る壁をグリグリといじっていたので、アオイは「ナナは本当にカワイイなぁ」と、ハチとふたりで思う存分ナナのケモ耳を撫でさするのだった。




