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帰郷と商談




「メアリーは、その、母親代わりっていうか、俺の乳母で、この家を出る時まで育ててもらってたっていうか、身の回りの世話を・・・」


応接室に通され、豪華なソファーに座りこの屋敷の主人であるミルコのお祖父様を待つ間、ミルコはしなくてもいい言い訳をしている。

時間的には夕飯の時間じゃないだろうか。アオイがもしかしてとんでもない失礼な訪問だったのでは。と、部屋の調度品の豪華さに怯んでいると、ミルコは、こんなのただのハリボテだから気にしないで欲しい。と告げる。


「見た目だけ取り繕っているけど、本当に貴族らしい対応ができない家なのです。王都の家の方はそうでもないんだけど、こっちは本当に、祖父母以外平民しかいないし、その、()()()()してないんだ。あの、俺だけ、こっちで暮らしてて、その・・・」


上のご兄弟と父母は王都のタウンハウスで、貴族らしい体裁とやらを取り繕っているが、貴族の振る舞いを嫌う祖父母の元、継ぐもののない三男の自分はなんの気兼ねもなく平民と同じ生活を送っていたそうで「騎士学校に入ってから苦労した」と、ミルコは苦笑いをしながら言った。


「この家には本当に平民の商人ぐらいしか来ないんだ。貴族で来たことがあるのはマークだけなんだよ」


と、自嘲げに笑うミルコに、なんらかの含みを感じたアオイは「私の方こそ貴族のことなど何もわからないので」と、それ以上何も聞かなかった。


「ミルコ!!」

「あー・・・じいちゃんっお客様!」


まもなくバタバタと足音を立てて2人が部屋に走り入ってきた。

男性の方は大柄で、ロマンスグレーの髪を無造作になでつけた、無精髭のようなオサレヒゲがあるイケオジで、女性の方は栗色の髪をアップにした物腰の柔らかそうな柔和なお顔立ちに、簡素ではあるが襟元と袖口に見事なレースの装飾があるドレスを纏っていた。


扉は開いていたのだが、その勢いにアオイが面食らいながらも、すっくと立ち上がって背筋を伸ばす。

祖父母、と言うには若い気がする。

自分の両親とそう歳の変わらない男女が、息を切らせ高揚した表情でコチラを一斉に見た。


「嫁かっ!?」

「違うっ!!」


「フハッ!?」


アオイが吹き出すと、女性の方が「アナタ!」と、男性の腕を引いて叱責した。


「大変失礼致しました。マリアンヌ・リンデンと申します。孫のミルコが大変お世話になっております」


マリアンヌと名乗った女性は、たおやかに笑って見事なカーテシーを披露した。

アオイは、心の中で「おぉっ」と感嘆の声をあげると、最敬礼で自己紹介する。


「商人件料理人をしておりますアオイ、と申します。ミルコ様には大変お世話になっております。この度は突然の訪問大変失礼いたしました」

「あ、異国、の、嫁・・・?」


「ばあちゃん! 違うってばっ! 商談! 商売の話をしに来たっ!」

「え、本当に?」

「突然、女性を連れて、帰ってきたのに、ほんとうに、嫁じゃ、ない。だと?」


心底がっかりした表情で、ミルコを見る2人に、アオイはギュと口端に力を入れる。そうでもしないと大きな声で笑い出しそう。

アオイはやっと肩の力を抜いて、得意のアルカニックスマイルで続く言葉を待った。


「なんじゃ。紛らわしいっ」

「ミルコ、だからいつも言ってるでしょっ。先ぶれを出しなさいなっ」

「だから、急いでるんだってば」


ご夫婦はドサっと音を立て、心底がっかりしたように向かいのソファーに座り込んだ。

イヤイヤ、歳が違いすぎるだろう。口には出さずにアオイが眉を下げてミルコを見ると、ミルコは耳まで真っ赤にして「アオイ殿、どうか座ってください」と小さく項垂れ言った。

タイミングを見計らったように、メアリーが嬉しげに茶器の乗ったカートを押して応接室に入ってくる。

マリアンヌは首を左右に振って目配せすると、メアリーも眉を寄せてがっかりしたように息を吐いた。


「じいちゃん。急いでる。お金ちょうだい」

「なんじゃ。久しぶりに帰ったと思ったら、金の無心かっ」

「違うっ換金して!」

「なんじゃと!?」


ミルコは、予めアオイから渡されていた[金塊]をローテーブルの上に無造作に置いた。


「なんじゃ!?」

「奴隷を買うから金貨が欲しい。これを買ってくれ」

「アンタこれ! どうしたの!」


待って。


丸投げした手前、口を挟めずにいるアオイを他所に、ミルコはすでに色々面倒くさくなっているのが丸わかりだ。


確かに思ってた貴族と違う。


色々すっ飛ばしすぎだ。()()のおじいちゃんとおばあちゃんだってそんなリアクションになるよそりゃ。と、アオイは再び顔を作り直した。


「奴隷なんて買ってどうするんだ!」

「解放する」

「なんだと!?」


あぁ、待って。でも、なんて説明して良いかわからない。


アオイはキョロキョロと双方の顔を見る。

メアリーが「どうぞ」と気やすげにソーサー付きのティーカップを差し出した。

紅茶のいい匂いが漂う。

アオイは、これが噂の貴族が飲む紅茶か。と、会釈してティーカップを持ち上げた。


「良い香り・・・」

「ウチにある1番良い茶葉だ」

「いただきます」


アオイは一口紅茶を口に含むと「ふはぁ」と口に出して息を吐き出した。


「素晴らしく美味しい紅茶ですね。色も鮮やかな紅で見目も麗しい。そして縁を彩るこのゴールドのリング。ステキ」

「わかるかっ!?」

「えぇ、初摘みの艶やかな香りがします。こちらはなんという紅茶ですか?」

「[カニス国]で採れる[メンデルス農園]の一番茶だ。名はまだ無い」

「それはっ。大変珍しいものを。お心遣いに感謝いたします」

「・・・嫁かと期待したからなっ」

「じいちゃん・・・」


アオイは眉を下げ申し訳ない気持ちを表しながら「突然の訪問のお詫びに、コチラをお持ちしました」と、マリアンヌにと用意していたレース編みのレシピ本を1冊差し出した。

一時期その幾何学模様を気に入って、タティングレース編みにハマった時期があったのだ。すぐに目と肩が死んで仕事に支障が出たのでやめたのだけど。


「文字は自国のものなのですが、ミルコ様にマリアンヌさまの功績を伺いまして、図面がありますので新たな参考になりましたらと」


アオイに差し出されたレシピ本を手に取ると、マリアンヌは食い入るようにページをめくった。


「アナタ、これ、どうやって編むの? かぎ針じゃ無いわね!?」

「専用の器具を使います」


アオイは、同じく用意していたタティングシャトルを()って簡単なピコットを作ってみせると「素人の修作で不出来ですが」と、以前作り上げたピアスの飾りと、髪留めを出した。


「このようにビーズを編み込むと、宝石に引けを取らない装飾品に仕上がること請け合いです」

「言い値で頂くわっ」


「なんじゃとっ!?」

「お黙りになって」

「グムっ・・・」


マリアンヌは、ビーズの編み込まれた髪留めを手に取ると「なるほど荒いわね。でも、新しいわ」とその編み目を触り探り始める。


ヨシヨシ。してやったり。


アオイは、もう一口紅茶を口に含むと、ほふぅと息を吐いた。


「言い値で。と仰りましたが、コチラはお詫びの品ですのでどうぞお受け取りください。宜しければこれより先もより良いお取引のほどよろしくお願いいたしたく」

「アナタ。その黄金、換金して。メアリー執事を呼んで」

「なんじゃとっ!?」

「ばあちゃん、そんな勝手に。いいの?」


「この図面はその黄金の何倍、何百倍も価値ある物よ。それがわからないなんて。本当に殿方ってバカなんだからっ」

「なんじゃとっ!」

「アナタ、アオイと言ったかしら。このビーズの取り扱いもあるのかしら?」

「手持ちは少量しかございませんので、商売にはなりません」

「・・・それは、コチラで作っても構わないって事?」

「もちろん異論ございません」


「「・・・・・」」


男性2人を差し置いて、もはやマリアンヌとアオイだけで粛々と勧められる商談に、執事は金貨が300枚乗ったトレイを持って部屋に入ってきた。


「その量の金塊には少し多いけど、これでどうかしら?」

「ありがとうございます。ミルコ様、いかがでしょう?」

「え、俺?」

「アナタの商談なのでしょう?」


マリアンヌとアオイの視線がミルコに向けられた。


「え、あ、ありがとう? ばあちゃん」

「まったく。相変わらず商売っ気はからっきしなんだから。王都から[カカポート]で知らせが来てますよ。頑張っているのね」


マリアンヌは、執事に何やらハンドサインを出すと、一旦部屋から下がった執事は改めて倍量の金貨の乗ったトレイを持って戻ってきた。


「その襟巻き、金貨500枚で買うわ」

「申し訳ありません。コチラは売り物ではございません」

「・・・もう100上乗せしても?」

「すみません。これはお守りのようなもので、他の方にお譲りすると効力が消えてしまうのです」

「残念だわ。でもコチラはお持ちになって。一度出した金貨を下げるような商売はしていないの」

「ありがとうございます。では、コチラもぜひどうぞ」


アオイが、手持ちのビーズとシルク糸を差し出すと「まぁっ! 気を使わせちゃったわね」と、マリアンヌはニンマリと笑んだ。


「ミルコ、もう良い加減わがまま言ってないで[カカポート]をお持ちなさい。マーク様の助けにもなるわ。これから()()になります。そうでしょ?」

「・・・ありがとう。ばあちゃん」


マリアンヌは「さぁっ」と立ち上がると、慌てて主人も立った。

合わせてミルコとアオイも立ち上がる。


「なんじゃ。もう帰るのか!? 泊まっていかないのか?」

「アナタったら『急いでる』って言ってるでしょ。それに、これからは頻繁に来るのでしょ。そうよね?」

「ばあちゃん・・・」


ミルコが眉を下げてマリアンヌを見ると、マリアンヌは両手を広げてミルコをハグした。


「もう意地を張らなくても良くなったのでしょう。私の可愛いミルコ」

「・・・うん、今までごめんね。ばあちゃん」


マリアンヌは名残惜しそうに体を離すと「がんばりなさい」と、もう一度ギュッとハグをして、アオイに向き直る。


「今後もミルコとマーク様をよろしくお願いいたします」


そう言って深く頭を下げ、体幹見事なカーテシーを披露した。

アオイも最敬礼で頭を下げる。


「こちらこそ、より良いお取引のほど、よろしくお願いいたします」


お互いに顔を上げ、ニッコリ微笑むと「さぁ忙しくなるわっ!」と、戦利品を手にした執事を伴い、マリアンヌは退室した。


「・・・ミルコ、次はいつ来る?」

「え、あ、いつだろ、落ち着いたら直ぐにでも来るよ」

()()()領地の面倒ごとはコチラに任せろ。ハイルーク家のことは気にするなとマーク様にもお伝えして構わん」

「え、じいちゃん、良いの?」

「儲かるのじゃろ?」


夫人と同じようにニンマリと笑う祖父の顔に、ミルコは抱きついて「いつもありがとう」と照れくさそうに言った。

屋敷の主人は、静かに2人を見守っていたアオイに向き直り「名乗りが遅れた。ハルバードと、呼んでくれ。これからもよろしく頼む」とニカっと白い歯を剥いて笑顔を向けた。


「あ、ハイ。ハルバード様。これからもより良いお取引のほど、よろしくお願いいたします」


アオイが慌てて返事を返すと、ハルバードもマリアンヌの後を追って退室した。



フハァ! と息を吐いてソファーに座り込む。


「豪快なお二人ですね」

「変な家に巻き込んでごめんね」

「変な家だなんて。素敵なご家族です」


アオイは心からそう思い告げた事だったのだが、苦い笑いを返したミルコの表情がくもってゆく。


「・・・マークには、ウチの家のことは、なにも言わないで、欲しいんです」

「了解いたしました」


ミルコは、その後戻ってきた執事から自分の[カカポート]を受け取ると、いつものように「帰りましょう」と笑顔を向けたので、2人は再びハチの引く[エース号]に乗って[魔塔の村]まで帰った。


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