試運転でドライブ
しんみりした車内で、やれやれとハチがため息をつく中、アオイは「そもそもさぁ」と話を戻した。
「マーク様の心配もごもっともだけど、私の損なんてはなから無いのよ? ワインはもうダンジョンから出るんだから」
マークとミルコがハッとして顔を見合わせる。
「むしろワインの価値は下がる一方よ。今だけなのよ? 金貨3枚なんて法外な値段がつくのは。投資で1番大事なのはタイミングなんだから、この気を逃す手はないってだけの話なのにぃ」
「それではまるで商人のアーサーが損をするような物いいじゃないか」
「ヤダぁ人聞きが悪い言い方しないでよ。売物の価値を決めるのは商人の責任でしょう〜」
アオイは自分の膝の上で丸くなるハチを撫でながら「そもそも詐欺じゃないもん。初物はなんでもどこでも高い値がつく物でしょうが」とあっけらかんと言い放った。
「それはあれだろ。インサイダーなんちゃらというやつだ」
「シーッ! ハチっ! ・・・でも、ほら、ここではそれはグレーゾーンって事で!」
「なにそれ! なにそれ!?」
「法整備の不備をついた金儲けの方法だ」
「ハ〜チ〜! ナナに変な言葉教えないで〜」
ナナ達のやりとりに、鼻をすすりながらダンが質問する。
「アオイ様は、損しないってこと? 俺たちを買っても?」
「しないしない! 私のお財布から出るお金じゃないじゃん」
「ごめんなさい・・・わかんない・・・」
「あ〜・・・説明が難しいけど・・・もー私が悪どい事してるって説明しか思いつかない〜」
「だろう〜! ほら見たことか〜!」
ダンは、鼻を拭ってテオドラを見た。テオドラは「たくさんある物は安くなる。これからダンジョンから出ることを知らぬ貴族達は、珍しい品だからと高い値段で買うってことだ。今はそれで問題ないのだよ」と説明してダンの頭を撫でた。
「交渉の余地が無いので、欲しい物はアーサー様の定めた値段で買うより他に手に入れる手段がないのです。悪どい事などではありません。真っ当な商売ですよ」
「テオドラさん優しい〜。マーク様のご忠告はありがたい限りですが、この通り、使うお金は正しく泡銭なのですからご心配には及びません。むしろ、貴族様方に秘密にしなくちゃいけないマーク様とミルコ様には心苦しい事とは思いますが、私には痛む胸はございませんよ」
「秘密、なんて」
「そうだよ。俺達だって、直ぐにでもダンジョンに入って自分達の分のワインを確保したいぐらいだ」
「ミルコ〜」
アハハッと笑い合う声が高くなる。
若い奴隷達にはまだ伝わらないかもしれないけど、商人のテオドラさんにはその価値を正しく理解してくれたようで、それだけでこの計画はおおかた成功の目処がたったってもんだ。
アオイは「ですので」と、[収納]から[金塊]を取り出してみせた。
「アーサー様がいらっしゃれば必ず回収できる出資です。これはそれまでの繋ぎ。王都で換金してください」
ミルコに向かって惜しげもなくその黄金を差し出したアオイに、テオドラが懸念を口にした。
「王都で換金するとなると出所を、探られるかもしれません」
「そこはもう貴族パワーでなんとかなりませんかね?」
テオドラの視線がミルコに向くと、アオイがつられたように騎士見習い達に向かって笑顔を投げかける。
すると、バツが悪そうなマークとは対照的に、ミルコが覚悟を決めたように言った。
「ん〜・・・俺の実家、リンデン家に換金してもらおう。ついでにワインのこと、じゃなかった。ダンジョンのことをちょっと匂わせば問題無いよ。先に家に寄れる?」
「イエス!」
アオイが肘を引いてガッツポーズを決めると、ハチは「ほう。話が早いでは無いか」と感心してミルコに言った。
「しかし、金貨10枚は大金なのだろう? 今から行って直ぐに金を用意できるのか?」
「リンデン家は成金なんだ。由緒正しいハイルーク家と違って、じい様の代に男爵位を金で買った新興貴族で、子爵とは名ばかり『ただの成り上がり商人風情が』って他の貴族達には言われてんだ〜」
「ミルコ!」
「なんだよマーク。本当のことじゃ無いか。家の事でみんなの役に立てるなんて、俺は嬉しいよ?」
それからミルコの言うことには、お祖母様が[パイシス国]という異国から嫁がれた女傑で、数多くのレース編みの意匠の知識を持っていたことから、この機織り物の国[アイクラ国]では大変重用されたとか。
「それでひと財産築いたもんで、王族が国に縛り付けるために領地を与えたんだそうです。じい様も商売の利益になるだろうって爵位を買ったんですが、品性は買えなかったようで、今じゃ貴族相手に金貸ししてんです」
「へぇ〜立派なお祖父様なのですねぇ〜」
「え?」
「へ?」
「・・・ん?」
なんか変な事でも言ったかと、おかしな声と共に向けられた視線にアオイが驚いて視線を返すと、ミルコは首をブブブと振って言った。
「全然、立派なんかじゃ無いですよ。アオイ殿と違って、がめついしケチだし」
「それじゃまるで私が大変慈悲深い何某様かのように聞こえますけど、違いますからね?」
さっきから何度も説明していますが。と、アオイは眉間にシワを寄せた。
ハチが笑って空旅を促す。そんなに空の散歩が楽しかったのだろうか。
「なに、隣の領地だろう? このままちゃちゃっと行って帰ってくればいい。なんなら王都行きは明日でもいいんだろうし」
何せ今まで王都まで馬で10日だった経路が、空路で1時間弱になったのだ。もはや日帰り旅行も可能な手軽さである。
アオイは、それもそうね。と、ハチの誘いに乗った。
「そうね、慣らし運転に行ってみましょうか? あ、でも突然ご訪問してご迷惑じゃ無いかしら?」
「あぁ領地の家にはじいちゃ、隠居した祖父母しか居ないから、毎日退屈してるよ」
マークも「きっと歓迎されるだろう」と、眉を下げて小さく笑った。
アオイとしては『ご家族との折り合いがあまりよろしくない』と伺っていたお二人のことなので。と、慮ったつもりだったが、どうやら[リンデン家]には要らぬ気遣いだったようだ。
苦笑いしているマークの頭をカサカサと撫でる。
「じゃあ、行こっか」
「へ?」
アオイが、ミルコを助手席に残して[エース号]から他のみんなを降ろすと、ハチが巨大化して軛部分にスルリと入り込む。
「チャッと行って、チャッと帰ってくるから」
「へ?」
ブワリと、ハチが[エース号]を引き上げた。
ミルコが訳もわからず下を覗き込むと、みんなが良い笑顔で手を振っているのが見える。
慌ててアオイの顔を見ると、アオイは同じ良い笑顔で言った。
「ナビよろしく!」
「え? は? なび?」
「とりあえず上昇して西に進む。アオイ、ミルコ、行くぞ!」
「わ、わぁ!?」
「「いってらっしゃい〜!」」
留守番組の声はあっという間に小さくなってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうだ? どの辺だ?」
10分も飛ばないうちに旋回し出したハチの様子に、アオイが窓を開け指をさし示す。
「ミルコ様! あの集落、あれがご実家?」
「え、もうっ!? まさかっ?」
ミルコが再び下を覗き込むと、見覚えのある町並みが眼下に広がっていた。
いや、空の上から見下ろしたことなどないのだが、その家々と一際大きな屋敷の屋根は確かに自分が幼少期に過ごした家に間違いない。
家が密集する場所から少し離れた一際大きな家を指差し「アレです」と、ミルコが困惑気味に応えると、ハチは「おあつらえ向きだな」と、下降しだした。
「スペースあるし、ひと気もないしこのまま車で行っちゃっても大丈夫そうだね」
「へあ?」
[エース号]が、その言葉通り、あっという間に実家を囲む塀のそばまで滑り降りると、エンジンをかけるまでもなく、ハチが引いていた車を停めた。
「嘘だろ!?」
車を降りてミルコが絶叫する。
時は夕暮れ。辺りは夜の帷を落とし始めている。
ハチが襟巻きに擬態し首に巻きついたアオイが[エース号]を[収納]すると「立派なお屋敷ですねぇ」と、呑気な感想を述べた。
「ほ、本当にあっという間についた!? 早馬でも丸一日はかかるのにっ!」
「呼び鈴とかあるのかな?」
アオイの問いかけに、ミルコが我に返って表情を取り繕うと「こ、こちらです」と、その塀沿いに歩き出す。
まもなく門番が2人立つ大きな門の前に辿り着いた。
「ミルコ様!?」
「坊ちゃん!?」
「あ、じいさんいる?」
突然姿を現したように見えるだろうミルコに、門番は2人とも駆け寄り「どうされたのですか!?」と声を上げた。
「歩いてお戻りになったのですか!?」
「馬は!? 魔獣に襲われたのですか!?」
「違う違う。あの、家に入って良いかな?」
慌てて「もちろんです!」と答える門番に、苦笑いで応えると、急いで開けられた重厚な鋳物の門扉をくぐったミルコが「アオイ殿、こちらへ」と手をこまねいて促した。
アオイは門番にペコリと頭を下げると、そのまま「おじゃましま〜す・・・」と足を踏み入れる。
いやはや、大きなお屋敷というのはこうも人を緊張させるものか。と恐る恐る後をついて歩いた。
「さすが貴族様のお家だねぇ」
「え、あ、すみません。馬はやはり必要でしたね」
「ハハっアオイは馬になど乗れんぞ」
整えられた庭園を進む。
屋敷の屋根は見えるが、自然公園の中を散策しているかのようなその景観に、やっぱ本物の貴族邸は日本のそれとは違うのだな。とアオイが感動していると、ミルコが「俺も門から歩いたの初めてかも」と言葉を漏らした。
2人で顔を見合わせて「フフ」と笑い合う。
[エース号]を乗り入れても十分な広さのあるアプローチをしばらく歩いて、やっとホテルのバレットパーキングのような立派な玄関前まで辿り着いた。
が、ミルコはそこで「あ〜・・・」と一瞬声をあげると「やっぱこっちに」と、なぜか芝生の上を歩いて屋敷の西側に回り込む。
先ほどとは打って変わって、普通の扉の前に立つと、ゴンゴンゴン!と少々乱暴にノックした。
「はぁ〜い!」
すぐに間延びした女性の返事が返ってくると、扉は不用意に バカッ と音を立てて大きく開いた。
「は? ミルコ、坊っちゃま・・・?」
「えー・・・と、ただいま。メアリー。久しぶりだね」
「坊っちゃま!! どうされたのですか!?」
いかにもメイドでござい。というファッションの妙齢の女性があんぐりと口を開けて2人を見た。
ミルコは、頭をガリガリとかきながら「じいちゃんにちょっと用があるんだけど・・・」とバツが悪そうに言い淀むとメアリーと呼ばれたメイドさんは ハッ と息を呑み、ブワワと涙を浮かべてミルコの両手をガッシリ掴んだ。
「坊っちゃま! 坊っちゃま! 3年もなんの音沙汰もなく! このように突然! あぁ、でもお元気そうでっ、メアリーはっ、メアリーは、いいえっ屋敷の者全員心配していたのですよ!?」
「あぁ、ごめん。その、ちょっと急いでるんだ。じいちゃんに取り次いでよ」
手を掴まれたままミルコがハスに身を傾け、アオイの存在を知らせると、メアリーはまたしても ハッ と目を見開いて「ヒッ! お客様っ!? なぜ勝手口に!!?」と悲鳴をあげた。
そのコントのような様子がおかしくて、アオイは思わず「フフッ」と笑みをもらしてしまった。
「た、大変失礼いたしました! どうか、どうかこちらへ、いや、玄関から・・・」
「あぁ〜良いから、もう良いから、その、応接室に通して。待ってるから。こちらは商人なんだ。ちょっと商売の話があるから、じいちゃんに・・・」
「ハッ、かしこまりましたっ、どうか、どうかこちらへ」
促されるままに勝手口から中に入る。
中はどうやら台所のようで、乱雑とした棚と大きなテーブルと、壁に釜戸があった。
アオイは恐縮しながらも、キョロキョロと辺りを見ながらメアリーの後をついて行く。
ミルコは、終始恥ずかしそうに「やっぱ玄関から入るべきだった」とブツブツ言っているが、アオイは一連のやりとりに、想像したより酷い家庭環境ではない事にほっこりとしてしまっていた。




