王都まで荷馬車で10日って何キロメートル?
「そういえば、オリベ様とシンクちゃんは仲良し?」
塔の4階で無事に一晩過ごしたシンクは、次の日の朝、元気に村にやってきた。
一緒に朝食をとった後、前日の約束通り一緒に入ったダンジョンの1階で、一角兎をオーバーキルしてドロップ肉まで焦がしてしまいしょんぼりするシンクに、腹を抱えて笑っているナナを叱ったあと、アオイは思い出したかのように他の[魔法師]について尋ねたのだ。
「オリベは、男の子だから、仲良くない」
「あらま。他にも女の子はいる?」
「女の子は、いないのよ。だから、アオイが女の子で嬉しいのよ!」
あらら、アイツの性格のせいじゃなくて、男の子だからダメかー。
よくよく考えたら、あのポンコツもシンクちゃんと同じ境遇なのかと思うと、色々不憫に思えてきた。
アオイがあのコミュ障を思い出し、次に会ったら多少優しくしてあげようか。と、心の端っこにメモしていると、プンスカしながらナナとシンクが言い合いを始めた。
「食べるために狩るんだから、そんなに強い魔法はいらないっていってるだろ」
「殺すとドロップするんだから、強い魔法の方が良いに決まってる」
ははぁ、なるほどねぇ。シンクちゃんの言うことも一理ある。
人間を襲ってくるモンスターの討伐は、危険のないように瞬殺した方が良いに決まっているが、ドロップ品に“殺し方”の影響が出るのだとすると、魔力のコントロールは必要だろう。
その繊細な魔力操作が、巨大な力を持つ[魔法師]達には難しいのだ。なにせこれまで必要なかったのだから。
「焼けこげた肉じゃ美味しい料理に使えないだろ!」
「美味しい料理なんて知らないモン!」
ナナと言い合いをする事が増えたせいか、シンクの言葉が滑らかになっている。
ニヨニヨしながら2人のやりとりを眺めるアオイに、ハチがため息を吐く。
「目的が違うのだ。シンクは殺す事が目的で、ナナは肉を得る事が目的だと言っているだけだ。どっちも間違っていないが、今は料理に使える肉を得る事を優先させるのが目的だ。ナナの目的の方が都合が良いだろう」
得意気に顎を上げたナナに、ハチは「本来、危険なダンジョンでの選択は、シンクの目的の方が正しいのだぞ」と言い含めた。
「お〜さすがハチ先生!」
「アオイが引率の保護者であろう。もっと真面目に取り組むように」
「はぁ〜い」
ここは魔物蔓延る危険なダンジョンだと言うのに、こうもピクニック気分で良いものか。
聖霊獣の力を過信しているために危険は無いと抜け切っているのだろう。
当然自分と一緒にいるのだ。アオイに傷ひとつ負わせるつもりもないが。
そう考えると、何をどう言えば良いものか。
軽口を叩いたアオイに、ハチは胡乱な視線を向けたが、現代日本で暮らしていたアオイに本格的に魔獣と戦わせるなど無理というものだ。と早々に諦めた。
なにせ『運動神経ニブミチャン』なのだから。
「・・・なんか、失礼な事を考えている顔をしている」
眉間にシワを寄せたアオイを無視して、ハチはシンクに助言した。
「[火の魔法師]シンクよ、得意な火属性ではない魔法を使え。その初期魔法に注ぐ魔力を、細く、硬く絞って放ってみよ」
「細く、硬く?」
「そうだ。詠唱はするな。名は無い。口に出す必要はない」
「・・・やってみる」
次に見つけた一角兎に、ゆっくりそっと近づき、シンクは「細く、硬く」と呟きながら水属性の魔法を放った。
ッジッ!
高圧水流のように伸びた水の線は、一角兎の頭を見事に貫き、あいた穴から白煙をあげたあと ポンッ! と肉塊をドロップさせた。
「おー! 綺麗なお肉! プルンプルンのピンク色」
アオイは、地面に落ちた肉塊を素早く拾って〈浄化〉をかけると、懐から出したお皿の上に置いてみんなに見せた。
その完璧なドロップ品に、シンクが目を丸くして質問する。
「〈ウォーターボール〉を飛ばしたのに、煙、でてた。なんで?」
「水蒸気で焼けたのかな? でもドロップしたお肉はキレイよ。やったねシンクちゃん!」
そうね。大きな魔力を控えるのではなく、絞れば良いのか。逆のことを考えちゃったけど、ダンジョンは魔力が豊富なんだから、循環を覚えた今魔力をケチケチしなくて良いんだもんね。
アオイが、ハチ先生は流石だなーと感心していると、隣で見ていたナナが両手をギュッと握りしめながら言った。
「俺も魔法使いたい!」
「ナナは常に〈身体強化〉の魔法使ってるじゃん」
「違う! 俺もバーン! って、ドーン! ってやりたい!」
「得意なことは人それぞれ違うでしょ〜」
「次は俺がやる!」
ちょっと前まで グリッ としていたくせに、ナナはすっかり魔法に夢中だな。
アオイは、ニコニコしながらドロップ品を皿ごと懐に蔵い、ナナの頭をグリグリと撫でる。
「細く、硬く・・・」
シンクは、ハチに言われたことを呟きながら、自分の両手を眺めると、ハッとした顔を上げて聞いた。
「属性、関係ない?」
「そうだな。この世界では本来、全ての魔法は同じ魔素からできている。それに名をつけ操作しやすくしているだけに過ぎぬのだ」
「名前は原始的な呪いってね。そうだ。ナナも必殺技の名前を叫びながら技を出せば、今より強い魔法になるかもよ」
「やってみる!」
共通の日本の知識を持つハチは「また思いつきで余計な事を」とため息をついた。
「名前が、呪い・・・」
シンクが再び考え込む中、アオイは「何を叫んでも良いのよ。好きな言葉を叫べば良い」と、ナナを焚き付けている。
ナナは正しく、大声で叫びながら[ブローグローブ]から、それまでとは比べ物にならぬほどの速さと威力の〈風の刃〉を放ち、一角兎を狩まくった。
「ズバットブローパンチッ!」
「ズバットブローパンチッ!!」
「ズバットブローパーンチッ!!!」
「キャハハハハ!」
「あわわ、ナナ、その辺で、その辺でやめてあげて、もう、お肉たくさん獲れた。もう十分だから!」
言わんこっちゃない。とハチの呆れた視線に晒されながら、ナナが倒した端から、肉を拾いまくるアオイは「いらんこと教えてしまった」と、猛反省した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「腰が痛い・・・」
ホクホク顔のナナの後ろを、これはいよいよ「ドロップ品が地面に落ちるのなんとかならんか」と軋む腰を叩きながら、ヨボヨボ歩くアオイに続く一行がダンジョンから村に戻ると、白い小鳥の形をした[カカポート]がシンクの肩に舞い降りた。
『可及的速ヤカニ向カウ』
『可及的速ヤカニ向カウ』
と、繰り返して、シンクが「わかった」と告げると、[カカポート]の小鳥は ポワッ と霧散してしまった。
「クロガネ・ムラジから、返事来た。すぐ来るって」
「あれ? お返事それだけ?」
アオイの返事に、首を傾げるシンクは「あ」と口を開けて言った。
「忘れた。お迎え。書いてない」
「あちゃぁそうだったかも。スグってもう出ちゃったかなぁ。王都からどのぐらいで着くんだろう?」
アオイはやっと、あれからずっと牢の中に入ったままの[労働奴隷]の存在を思い出した。
「もう一回送る」
「あ〜、待って。行き違いになっちゃうかも知れないから、ん〜どうしよっか」
自分の[カカポート]を出したシンクに待ったをかけて、アオイはハチに向かって聞いた。
「王都から荷馬車で10日って、具体的に何キロぐらいなんだろ?」
「荷馬車が大人の徒歩よりちょっと早いぐらいと考えると、300kmたらずというとろか?」
こうゆう時、同じ日本の基準も持つハチが一緒にいる事を改めて感謝する。
「300km。道も悪いだろうし、東京名古屋間と考えると、高速使えば日帰りも可能な距離じゃん。もしかして車だと1日かからないかな?」
「しかし、アオイが想像した通り道は悪いぞ。しかも10人。[エース号]でも一度には無理だろう?」
ハイエースは10人乗りだが、運転手のアオイのほか、奴隷達の引き渡しにコチラノ者もと、最低2人は必要だろう。無理やり詰め込むわけにもいかないだろう。
アオイが、何を考えているのか察したハチは「自分もこちらの街道がどの程度の物かわからんな」と首を捻って答えた。
「そこはほら[フロートロック]を使えば! 全員乗せた荷馬車を牽引すれば良いんじゃない?」
「なるほどな! それは良い! 街道がどんな状態か見に行ってみるか・・・いや、我は聖霊、天翔る雷獣ぞ! 空を行けば良いではないか! すっかり忘れておったわっ!」
「そんな事できんの!!?」
幸い[エース号]には“あの男”が付けたヒッチメンバーが取り付けてある。
アオイは使ったことはないが、ハチが空で運んでくれるなら全ての問題がクリアされるではないか。いや、でも。と、アオイはハチの顔を見た。
「ハチ、大変じゃない?」
「全くなんの問題もない。イカヅチの聖霊だぞ? この空は全て俺の庭だ。流石にヒトを連れてジェット機の速度は出せぬが、なに、それも〈結界〉で囲えば300kmなど1時間もかからぬわ」
「キャー! 素敵すぎるー!」
「なにそれ? なにそれ!」
ドヤ顔で顎を上げるハチに抱きついたアオイと一緒に、ナナも飛びついてきた。
3人はなんの話をしているのだろう。と、シンクがオロオロと視線を揺らしている。
「シンクちゃんもおいで! 一緒に王都までお出かけしよう! しかも空の旅よ! アガるぅ〜!」
アオイは、強引にシンクも抱き込んで、早速準備しよう! とスキップで塔に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それは目立つから、当初の計画通りに荷馬車で運ぼうよ」
話の流れでハチが巨大化して、全員を背に乗せ空を翔ければいい事に気づいたが、王都に巨大な聖霊獣様が顕現するなど大問題だと、アオイは即座に却下した。当然である。
「もちろん隠匿の魔法も使うが、人目のない夜の方が良いだろう」
「あまりこちらの現状もまだ知られたくないものね」
到着後は王都の門兵に荷馬車を受け渡すのだ。あまり目立ちたくない。
荷馬車にシートベルトをつけた座席を10人分設置して、それでは[引率]は誰にしようか? という話になった。
塔側の住人達は、どうゆう状況か理解できずにいる。
「マーク様は、ビアさん達を置いていくわけにいかないから、ミルコ様?」
「サッといってサッと帰ってくるのだ。誰でも構わんだろう?」
「そりゃ行き帰りの時間の問題はクリアしたけどさぁ、大勢の人の引き渡しってサッと済むのかな?」
「あのぉ〜どうゆう事でしょうか?」
自分の名前が出てミルコがたまらず質問する。
「ハチが、[労働奴隷]さん達を王都に連れてってくれるんだって。空を飛んで」
「空を、飛んで・・・?」
アオイの説明に、塔側の住人達は一斉に眉間にシワを寄せた。
ハチは、その体躯を馬ほどの大きさに変化させると、カラの荷馬車の軛部分にスルリと自ら滑り込む。
「このまま引くでも造作もないが、昇り降りにはやはり[フロートロック]は必要だろう」
「良いね良いね。ねえ、ちょと上がってみてよ」
「良いだろう。どれ、せっかくだ。ナナ、シンク、俺の背に乗れ」
「「え、良いの!」」
「まってよ。私も乗せてよ」
なんで2人だけなのよ。と、アオイはハチを見たが、何故かナナとシンクまで眉を下げてこちらを見返す。
「「「・・・・・」」」
「え、なに?」
「・・・ビアとヴァニタス、アオイを挟んで御者台に乗ってくれ」
「「わかりました」」
「え、なんで?」
アオイは、納得いかないまま言われた通り荷馬車の御者台に座ると、ビアとヴァニタスに挟まれ、新たに備え付けたシートベルトをしっかりと閉める。
「〈結界〉で囲っているが、一応な、一応」
そして背中にナナとシンクを乗せたハチは、音もさせずに地面を蹴った。
「まさかっ!?」
「そんなっ!?」
「凄いっ!」
地上に残した者達の声をそのままに、ハチはグングン上昇してあっと言う間に塔の上まで躍り出た。
「行くぞっ」
「ピッ!?」
ここに来てやっと現実を理解したアオイの口からおかしな声が漏れ出ると、ハチは掛け声と共に、〈結界〉で荷馬車ごと周囲を包み、大きく旋回して大空を駆け出した。
「キャハハハハ!」
「わぁぁぁ!」
「素晴らしい!」
「うっそ、待って、怖い! すんげー怖いわこれ!!」
「マジかーーーーーっ!」
大喜びするナナとシンクとヴァニタスに、アオイとビアが悲鳴のような叫びをあげる。
「ハハッ! まだまだこれから!」
カカッ! と、甲高い音を響かせ、ハチはその身に青白い光を放つと、恐ろしい速度で加速した。
「「ギャーーー!?」」
「「キャハハハハ!」」
なんの衝撃も抵抗も無いはずだったのに、子供達の笑い声とは裏腹に、アオイとビアの絶叫が響き渡った。
なにが起こっているのかわからぬまま、もうその動きを目で追えずにただ上を見上げていたミルコが顔面を蒼白とさせた。
久しぶりの大空散歩に、すっかり気分を良くしたハチは、そのまま旋回を繰り返しながらゆっくりと速度を落として地面に着地した。
「どうだ?」
「もう一回! もう一回!」
「気持ち良かった!」
「ムリ・・・ムリ・・・ムリだわ・・・無理よっ」
「し、死ぬかと思った・・・」
アオイとビアは、素早くシートベルトを外して地面に滑り降りると、そのままガクリと膝から崩れ落ちた。
ヴァニタスは、ゆっくりと御者台から降りると「素晴らしいです」とハチに歩み寄り、肩にかかる軛部分を観察し出し「もう少し丈夫な素材に変えますか?」と、まるでなにも無かったかのように建設的な提案を繰り出している。
それぞれの感想に、満足げな顔をするハチに、その背から降りたナナとシンクが抱きついてなでさすった。
「や、やっぱり[エース号]は必要だわ。私は[エース号]に乗るっ。荷台も外が見えないように幌をガッチリ固定するっ」
「だから言っただろう」
「言ってないっ言ってないもんっ」
やれやれやっぱりそうなったか。とハチは鼻を鳴らしたが、地面の草を握りしめて嘆くアオイに、ビアは激しく頷いた。
そんな一同に、ミルコが絶望したように呟きを漏らした。
「俺が、これに乗って、王都に行くってこと・・・?」




