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風に揺れるカーテンと何か忘れてる




魔素の循環をひとしきり試した後は、村人も兵士達もそれぞれの業務に戻り、アオイとナナとハチは、シンクと一緒に塔に移動した。

シンクの部屋になる4階まで階段を上がると、窓を開け放して空気を入れ替える。

いつでも好きなように間取りは変えられるから。と説明して、風呂トイレ洗面所だけ壁と扉で区切っていたフロアに、居間と天蓋枠付きベットのある寝室を分ける壁をつけた。こちらの壁にはあえて扉をつけなかった。


居間のまっさらな暖炉の前、ラグの上にソファとローテーブルを出すと、それだけでシンクは大いに喜んだ。

因みに暖炉は薪をくべるタイプではなく[ヒノモト]と[コウゲン]をいくつか組み合わせ、水晶クラスター風に組み作った、魔力が豊富な[魔法師]仕様だ。魔力を充填すると熱と光がゆらめき放つよう、ビジュアル重視で凝りに凝った作りの大変に美しい暖炉だ。


必要ないのかもしれないけど、放浪のケトルを備え付けて、部屋でお湯を沸かせるようにした。

ウキウキで魔力充填とオンオフを試すシンクに、アオイは目を細めながらテーブルの上に茶菓子と一緒に、勝手に備え付けた茶器で紅茶を用意する。

結局シンクからの要望が無かったので、細々した物はアオイが勝手に用意した。これからここで暮らす中でゆっくり好きな物ができていけば良い。


今はブルテリアほどの大きさのハチはラグの上に寝そべり、ナナはアオイの隣に座ってブラウニーに手を伸ばした。

暖かな部屋に穏やかな風が吹き込み、真っ白なレースのカーテンを揺らすと、ベルガモットの良い香りが部屋を満たした。


「[魔法師]様達は、普段どんなことしてるの? 魔法の研究ってなあに?」

「1番強い〈スペル〉を探してる。本を読んだり、遺跡を巡ったり・・・」


暖炉から顔を上げたシンクがソファに移動して、ナナと反対にアオイを挟んで隣に座り、不思議そうに何か考えながら質問に答えた。

あら? 1番強い魔法をすでに使えるのが[魔法師]だと聞いていたが。

アオイは「シンクちゃんが使える1番強い魔法ってなんなの?」と聞いた。


「最上級火属性魔法のスペルは〈ヘルファイアインフェルノ〉広範囲魔法で、見えてる場所全部燃やすよ。跡形もなく」

「全部かぁ〜怖いねぇ。でもお料理するのにはそこまでの火力は必要ないわぁ」

「お料理・・・」

「やってみる? お料理覚えてみる?」

「・・・できるかな?」

「できるよ〜。まずこうやってお茶を毎日いれてみなよ。毎日違って楽しいよ」


何気なく答えながら、アオイはハチに「広範囲魔法も[ダンジョンの壁]だと ポワッ で済むかな?」と質問して「当然だ」と答えられていた。


「その火の魔法はやっぱり水の最上級魔法で相殺しちゃうの?」

「水の広範囲最上級魔法は、クロガネ・ムラジの〈アクアプロヒビット〉たくさんの水で押し流すの」

「そりゃ水蒸気爆発必至。でしょ? ハチ。相殺ってわけじゃないのね?」

「どうだろう? 魔法の出す現象は魔素をエネルギーにしている。酸素を燃やしているわけじゃないからわからんぞ」

「あぁ、なるほど、まぁ試すようなことじゃないか」


アオイが「試したことはないの?」とシンクの顔を見ると、シンクは首を左右に振った。


一緒に住んでいるらしいのに、魔法についての情報交換はなされていないらしい。

研究しているとは言ってもそれぞれ独学のみで、学びも何もあったもんじゃない。独自に試しているのだろうか? そりゃ限界があるな。


「クロガネ・ムラジはさらにその上の魔法を探している」

「なんだろう? 〈絶対零度〉とか?」

「ぜったいれいど?」

「極限まで冷やす魔法。あ、絶対零度は水の魔法じゃないか。風、かな?」

「風の魔法で? 冷やすの?」


アオイは「あ〜・・・」と言い淀んでから、ハチに向かって「風属性って、空気を操る魔法でしょ?」と聞いた。

同じ異世界の知識を共有するハチは、同じく「あ〜・・・」と言い淀んでから、「でも氷魔法は水属性だ」と、答えた。

アオイはウンウンと頷いて、かいつまんだ説明を続ける。


「さながら水と風の複合魔法かな?」

「複合魔法!?」

「気圧が下がると分子の動きが止まるの。あ〜・・・えっと、すっごく寒くなるのよ。みんな動けなくなるほど。それをコントロールできるのは風属性かなって」


シンクは、パアァと目を見開いてハチとアオイの顔を見比べるように視線を動かした。


「クロガネ・ムラジ、喜ぶ! 呼んでくる!」

「え、待って。今? 出かけるの? えっと、王都まで?」

「[カカポート]で呼べるよ?」


あぁ、確かそうゆう通信手段があると、詰所で聞いたな。と、アオイはそれならとシンクにお願いした。


「長年の研究のヒントを教える条件に、[労働奴隷]の引き取りもお願いできる? ずっと目的も無く拘束されてるの可哀想で」

「良いよ。[カカポート]に言うね」

「言う?」


アオイが首を傾げると、シンクが胸元に掲げた右手の指先に白い小鳥が現れた。

そのまま[カカポート]のやり方を見せてもらう。


「クロガネ・ムラジ〈ぜったいれいど〉を教えてあげる。すぐ塔に来て。あ、あと、奴隷を連れて行ってくれる人を連れてきてね。あと、あと、えっと、」

「あ〜なるほど、全部言い伝えなきゃいけないのね。待って待って、大変だな。書いた方がいいなこりゃ」


小鳥に向かってアレコレ説明するシンクに待ったをかけて、アオイは[収納]から紙を取り出し[ヒガン]を教えた。


「この紙[ヒガン]に必要なことを書き出して、こう、折ってこの魔法陣を繋げると、書いた宛名に届くのよ」


アオイの説明に目を丸くしたシンクに、ナナが「やってみようか?」と、自分のウエストポーチから出した[ヒガン]にシンクの名前を書いて正しく折り、タタっと部屋の入り口まで移動してから フイッ と投げ飛ばして見せた。が、紙飛行機はそのままクルリと部屋の中を一周してナナの足元に落ちてしまった。


「アレ!?」

「ありゃ? なんじゃろ? 変な事書いた?」

「書いてないもん!」


目を泳がすナナに、アオイが「どれどれ〜?」と移動して拾い上げた[ヒガン]を開くと『シンクあかちゃんへ』と、宛名がイタズラ書きされていた。


「んもうっナナったら。宛名は[正式な名称]で正しく書かないと届かないんだよ〜」

「うえぇ〜」


ナナは肩をすくめて今度は正しく『シンク・スクネさまへ』と書き[ヒガン]を飛ばすが、同じく部屋を一周してナナの足元に落ちた。


ソファのシンクがクスクスと笑って、一緒に[ヒガン]を覗き込む。


「[正式な名称]って名前全部って事?」

「名前全部って? 本当は違う名前なの?」


シンクはテーブルの上に手渡された新しい[ヒガン]を広げて、懐から出した自分の羽ペンで


弓削真紅宿禰(ユゲシンクノスクネ)


と、本当の名前を書いて見せた。


「難しいよ!」

「漢字じゃん!?」

「アオイ! 読めるの!?」


読める。まんま日本語の漢字だった。[宿禰]は、封建時代の日本のなんらかの役職では無かったか?[弓削]はユゲさん。か?

まさか[失われた家名]とは、自分と同じように大昔の日本から召喚された日本人なのでは!? と、ハチの顔を見る。

ハチは、驚いた顔をしていたが小さく左右に振って「わからん」と小さく言った。


「あ、これ、色々バレるな。めんどくさい。ヨシ。あだ名でも届くようにしよう。お互い呼び合った事のある呼び方なら良いよね」


アオイは、素早く魔法陣を書き換え新しい[ヒガン]を作り出し、その仕様を書いてシンクに渡した。



[ヒガン]([魔法陣用万年筆]の試し書きからの副産物)

紙飛行機の形に折って-飛ばせば、宛名に書いた名前の人の目の前に飛んで届く便箋〈飛行〉〈付与〉

送受双方が、直接呼び会ったことがある魔力持ち限定〈魔力探知〉

紙である事に変わりはないので、受取人が[ヒガン]の通れる開口部の無い場所にいるタイミングでは手元に届かないため、周囲をウロウロしたり、窓や扉をノックしたりする可愛い設計〈探査〉

当然受取人本人しか飛行機状態を解除できない個人情報のセキュリティはバッチリ〈魔力個体認識〉〈認識阻害〉

素材が紙なので火と水に弱いのが玉に瑕。



「っと、これなら説明しやすいんじゃない?」

「これも教えてもいいの?」

「良いよ」


シンクは、仕様が書かれた[ヒガン]に、『クロガネ・ムラジ様へ』と書き出し、『塔を完成せし者〈絶対零度〉のスペルを知る成』『[ヒガン]なる魔道具を開発したのが濡羽色の君です。これだけの〈多重付与〉術者の力量が理解できると良いのだけど』と書き足して、最後『答えが知りたいなら速やかに塔までこられたし。シンク』と締め括った。


ナナの指導通りに紙飛行機を折ると[ヒガン]は ポワッ と光を放つ。

教えられた通りに窓から紙飛行機を飛ばすと[ヒガン]は空に舞い上がり、王都に向けて飛んで行った。


窓辺の白いレースのカーテンが風になびく。


「これで、オリベとクロガネは、直ぐに来るし、みんなが来るならシコクも来るかもしれない」


ウルミシュは、魔法師達と王侯貴族をつなぐ中間管理職のような役割を与えられていたようなので、どの道来るのは1番最後になるだろう。と、シンクはアオイに説明した。


「もうずっと、僕達が出兵しなければならない戦争は無いし、貴族の名を残すもっと使い勝手の良い代わりの魔法師達は他にもたくさんいるし、僕達はずっと[地下牢]で自分の魔法の研究だけをしていたから、どこにいても良いのよ。王都から、離れて欲しいのは、変わらないの」


王侯貴族の言い訳めいた都合の良い言い分に、アオイは眉をひそめた。


「[牢]に、入れられていたの?」

「あ、僕達が勝手にそう呼んでるだけ。閉じ込められてたわけじゃ無い。地下なら、他の人に迷惑、無いから」


なんて事だ。

アオイは、当たり前のように自分のこれまでの環境を語るシンクに胸が痛くなった。


「ここは、良い匂いがするし、息が苦しく無いし、海が見えて、広い・・・」


すっかりクマの取れた顔で、窓の外を眩しそうに見つめながら、ポツリと漏らしたシンクのこの言葉に、アオイは[塔]の個室に、窓をつけて本当に良かった。と心から思った。


「じゃあさ、これからはでっかい魔法を試すなら、[ダンジョン]に行けば良いじゃん」

「そうよね。[ダンジョン]まら、外に迷惑がかからないみたいだし、[ダンジョン]って、なんか特別な[亜空間]なんでしょ?」


ナナが、シンクを[ダンジョン]に誘うのが意外だったので、アオイは「仲良くなるきっかけになれば」と話に乗った。


「アクウカンってなあに?」

「こことは別の空間よ。世界はそんな異なる空間が重なり合って存在しているんでしょ?」


[パラレルワールド]って言うんだけど? と、アオイは[時間軸]を引き合いに出して、シンクに説明したが、あまり共感は得られなかった。

意外にも、この考え方は一般的な物ではなく、元の世界でも外国の人には理解し難い[概念]らしく、日本人は幼い頃から漫画やアニメなんかで自然な形で[教育]されている[オカルトファンタジーエリート国家]なのだ。


顎に手を当て、何か考え込んでいたシンクだったが「『何かを試す』ためにダンジョンに入ったことがない」と言う。


「じゃぁ、明日の朝一緒に行ってみる?」

「良いの!?」

「あれ? ダメなの? 別に何しても、シンクちゃんはもう好きな事して過ごして良いんだよね?」

「好きな事?」


おや? と、アオイは、首を捻る。


「話戻っちゃうけど[魔法師]のみんなは、[塔]に来たら何して過ごすつもりだったの?」

「何もしないよ。だって[塔]から出ちゃいけないでしょ」


「え!?」

「[塔]から出ないでどうやって兎を狩るんだ?」

「え!?」

「えぇっ!?」


ナナとシンクが、眉間にシワを寄せてお互いに顔を見合わせる。

アオイは静かに問いかけた。


「[塔]からでちゃいけないって、誰かに命令されてるの?」

「? 誰にも命令されてないよ?」

「あぁっ・・・だから[牢]なのか・・・」


アオイは、ギュッと目を固くつむった。

そうか。その必要のない[魔法師]達は、何も食べず、眠らず、ただひたすらに日々を過ごしているのか。そしてたまに王侯貴族から声がかかり、何かしらの仕事を言いつけられ搾取され続けてきたのか。一体どれだけそんな日々を繰り返しているのだろう。

おそらく“そう有ること”が日常化しているのだ。自由がないことは、この子にとって当たり前で、当然のことと、ずっとずっと縛られて生きてきたのだ。


ありし日の、ただひたすらに、他の人間に迷惑をかけないよう躾けられた哀れな子供の姿が重なって見える。


アオイは、ナナごとシンクを抱きしめた。


「ここでは『働かざる者食うべからず』ですので、まずはお肉を狩りましょう。んで、野菜も育てて、そうだな、お料理を覚えよう。美味しいご飯を自分で作れるようになったら、大抵の問題はどうと言う事もない生活が送れるよ」

「教えてくれるの!?」

「俺も! 俺にも教えて!」


「うん、うん! ()()()で、楽しいこといっぱい探そうね!」


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