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火の魔法師の謝罪




「近い。近いよ危ないよ。シンクちゃん」

「あぶ、危なくないよ? この、このぐらいの火じゃ、シンクちゃんは、もえ、燃えないのよ?」


昼食の準備に、焚き火で魚を炙りフライパンと菜箸を片手に、くっついてくるシンクをなんとかその身から引き離そうとするアオイに、シンクはキョトンとした顔を向けた。カワイイ。

カワイイがやはり危ない。

アオイは、フライパンを翻し、トロトロのオムレツをクルリとひっくり返すと、その身ごとフライパンを慌てて火から離した。あとは予熱で卵に火を通す。


「火が大丈夫でも、熱くなったフライパンは危ないんじゃない? 火傷しちゃうよ?」

「やけ、火傷、しちゃうかな? どうかな? 触ってみても良い?」

「ダメよ!?」

「アオイから離れろ! 仕事の邪魔をするなよ!」


ナナがシンクを怒鳴りつけると、シンクは鼻の頭にシワを寄せ「男の子は、乱暴だからキライ」と睨みつけた。


「ハイ、ケンカしなーい! 仲良くしてくださーい」


そんなやり取りに「あらあらまあまあ」と、村人達が生暖かい視線を向ける。

今朝方の大惨事を物ともせずに、シンクに対する村人達の反応は、おおよそアオイと同じく、子供に向ける視線のようでありがたくもあるが、反して[塔]の住人達は皆厳しい表情のままだった。


シンクの起こした早速の[魔力暴走]に、被害が皆無だったとはいえ、その威力は想像を超えるものだった。

聖霊獣であるハチが〈結界〉を張って対処してくれたとはいえ、最も簡単に[魔力暴走]を起こしてみせた[魔法師]に、今後は日常的にその危険に晒されるのか。と、改めてその脅威を実感させられてしまったのだ。

むしろなぜ平気でいられるのか? と、獣人達との認識の違いに、マーク達はその立場の違いを認識させられてしまった。


「獣人は良くも悪くも[弱肉強食]が本能的に染み付いているのです」


ライズ村長の説明に、ビアが「そう言われても・・・なぁ」と、騎士見習いのマークとミルコを見る。


「だから仕方がない。とは、思えないなぁ〜」


いつもは呑気なミルコも、そんな脅威のある魔法師相手に平気で牙を剥くナナに、新たな畏怖の念を向けた。

自分はナナ(アレ)の攻撃の前に立ちはだかったのか。と、ブルリと震える始末。

〈身体強化〉がデフォルトな獣人達とは、恐怖に対する耐性も桁が違うのだろう。と、ヴァニタスがマークに説明しているが、やはりその差は容易く埋められない認識の違いとして顕になったのだろう。


「トホホ。せっかく仲良くなったのにぃ」


巡り戻ってきた視線に、アオイは力無く応えた。


今日のランチは[オムライス]だ。

ミートソースのスパゲッティが好評だったので、コチラも喜ばれる事だろう。

朝からそのまま村に残っている[塔]のふもとの住人達と、こちらで昼食を取るように[村]の住人である獣人達とが一緒に準備を進める。

昨晩の宴会のまま出しっぱなしになっているテーブルに、一つ一つ丁寧に並べられた、ケチャップライスとサラダの乗ったワンプレートに、焼き上がったばかりのオムレツをのせていく。


「さあさあ、せっかく上手に焼いたのに、卵に火が通り切っちゃう前に食べましょ。みんな席について?」


浜辺に並べられたテーブルセットに、これから新しい街を作ってゆく住人達がズラリと勢揃いした。壮観!

左右に獣人の子供ナナと、魔法師のシンクが陣取り、中央のアオイが両手を合わせて「では! いただきます!」と食事開始の号令を告げた。


「たまごトロトロだっ! あっ! けちゃっぷだ! 美味しい!」


モッシャモッシャと口を動かすナナに、アオイが「ねー」を笑顔を向ける。

獣人達もスプーンを口に運び「美味しい!」「何これたまご!?」と、目の前の皿に夢中になっているなか、塔のふもとの住人達はシンクに目を向けていた。

いつまでもスプーンを持たないシンクに、アオイが「おや?」と語りかける。


「食べないの?」

「食べないの」

「あれ? 卵、嫌いだった?」

「食べたことないのよ」

「え!?」


アオイがハチを見ると、ハチは首を左右に振った。

アオイはシンクに視線を戻し、眉を下げて質問を続けた。


「食べられないってわけではないの?」

「食べられるよ?」

「食べない理由がある?」

「食べると眠くなるのよ?」

「眠くなりたくないの?」


ニコニコと、屈託なく質問に答えるシンクに、アオイは質問を続けた。


「シンクちゃんが眠ると、みんな怖いでしょう?」


ニコニコとしながら、さも当たり前のように返される答えに、アオイは目を瞑ってキュッとなる心臓を抑えた。


「食べてすぐ寝ると牛になるんだよ」


ナナがなぜか得意げに、シンクに見せつけるようにスプーンを口に運んだ。


「ならないわ。獣人はヒトだもん。変身魔法は使えないもの」

「牛になるんだ。食ってみろよ!」

「ならないわ。食べるたびに牛になったら人間なんてあっという間にいなくなるわ」

「食ってすぐ寝なきゃ良いんだ」

「・・・だって、眠くなっちゃうんだもん。もう疲れやすい身体だからそう言ってる。男の子って馬鹿だからキライ」


ナナが、わざとモッチャモッチャと音を立て、見せつけるようにオムライスを咀嚼する。


「シンクは、アオイにくっついてるし、赤ちゃんみたいだなっ」

「ほらっ! 赤ちゃんだって、寝てばかりだけど牛にはならないわっ!」


なんだこの可愛らしい会話は。


ウヘヘ。と、間に挟まれたアオイがだらしない顔をすると、肩の上にいるハチが、胡乱な視線をアオイに向けた。


「ちゃんと夜に寝て、朝日と一緒に起きるんだ。獣人はそうやってたくさん魔素を浴びる。ちゃんと1日を過ごすんだ。それができないやつは赤ちゃんだ」

「魔法師はっそんなことしなくても魔素を練れるわっ! 赤ちゃんじゃないわ」


どんなカワイイ理論だそれは。かわいかったら赤ちゃんでも良いじゃないか。

呑気な考えが筒抜けなのか、ハチが派手にため息をついた。

「なによぅ」とアオイが抗議の視線を襟元に向ける。


「なるほど。赤子が寝てる間に魔素を練る。聞いたことがありますね」


ヴァニタスが、口をモグモグとさせながらマークとミルコに何やら話しかけている。

マークが、アオイが学園に行っていない事を思い出し、思いもしなかった事を問いかけた。


「もしや・・・魔素のコントロールの方法を知らない。とか?」

「[魔法師]は、学園に通っていないのですか?」


ミルコがシンクに話しかけると、シンクは「学園は貴族が行く場所です」と、あっさりと答えた。

ビアが驚いて言葉を漏らした。冒険者だったビアは貴族ではないが、その他の多くの冒険者と同じように冒険者の魔法の師がいた。


「は、マジか・・・」

「・・・魔法師様は、魔法を誰から学んだのですか?」

「魔法師は自分で学ぶ。人間は誰も、何も、教えない。魔法師は恐ろしい魔族と同じだから」


シン・・・と、静まり返る中、獣人の子供達だけが、キョロキョロと顔を見合わせている。


「魔法師は強いからな。でも間違ったらごめんなさいしてちゃんと仲直りすんだ。なっ?」

「あ、うん、そうだね」


ナナに ニカッ っとその白い犬歯を剥き出しに笑いかけられたミルコは、ウンウンと何度も頷きながら笑顔で応えた。

シンクが、椅子から立ち上がる。


「さ、さっきは、ごめ、ごめんごめなさ・・・・・先ほどは、皆様に、恐ろしい思いをさせてしまいました。大変申し訳ありませんでした」


真っ直ぐに皆を見渡し謝罪を告げると、両手を前に組み、膝をついて頭を下げ「待って!」砂に付きそうになったシンクの額を、ガッとアオイの両手が滑り込んで止めた。


「それは、無しで。ここではそれは禁止」


顔を左右に振りながら、ニッコリ笑ってアオイも一緒に頭を下げる。


「なんか、多分だけど、大丈夫な気がするので、どうか、許してあげてもらえませんか?」

「そんなっ・・・」


わかっている。わかっていた。だが実際に目にすると、死と隣り合わせの自分の身体が拒否するのだ。コレの、この生き物のそばにいるのは危険だと。


押し黙るみんなの様子に、シンクは困ったように笑って再び謝罪の言葉を述べた。


「・・・ごめんなさい」


アオイは、言い聞かせるようにシンクの正面で真っ直ぐに目を合わせ、首を左右に振った。


()()は間違う。どんなに気をつけていたって、どんなにそんなつもりがなくったって。だからしこたま気をつけるしかないのよ」

「でも、ボ、僕は人間じゃないっ」

「だから? だから許されないの?」

「・・・・・」


アオイは、シンクから目線を外すと、手を打って皆に向き直る。

ここは住人達に自治権がある新しい土地だ。


「じゃぁ、()()()()始まるルールを作りましょ。ここではそれが許される」


ドロンッ と、ハチがその身を大ききく膨らませ、本来の大きさに戻り、アオイの背後に立ち侍る。


「この地では、人語を話す生き物を恐れてはならない。意思疎通の可能な生き物を差別し、その身を守るために()()を迫害するものを罰する」

「良いね。怖くても良い。嫌いでも良い。でも、それを露わに他者をイジメる奴は“メシ抜き”の刑に処する」


「「「えっ!?」」」

「「「へっ!?」」」


一同が、ハチとアオイの宣言に、キョトンとした顔を向ける。

ヴァニタスが柔らかく笑いながら、いち早く状況を確認するように辺りを見回し言った。


「・・・それは、嫌だなぁ」


「アオイ様のご飯が食べられなくなっちゃうの?」

「みんなと一緒にご飯食べられないの?」


獣人の子供達がフルフルと震えながら親達に問いただす。

ナナが泣きそうな顔をして、マークとミルコに視線を向けた。


「ここは元よりそうゆう土地だ。覚悟ができた者のみここに残れば良い。誰もそれを咎めないだろう」


ハチが砂浜に降り立ち、パリリ と、威嚇するように青白い光の筋を放電させると、そうだった。そもそも恐ろしい力を持つ獣人達がすぐそばにいて、聖霊獣まで顕現している特異な土地に、居座ろうと決めたのは自分たちの意思だった。と、[塔]のふもとの住人達は思い出した。


「だから、安心して食べて、たくさん寝なさい」


アオイは、シンクを抱き上げ椅子に座らせると、服についた砂を払って、スプーンを手渡し握らせた。


「ここに、居ても、いいの?」

「良いに決まってるじゃん。だってここには[魔法師の塔]が、みんなで作ったシンクちゃんの家がもうあるんだから」


「歓迎します。火の魔法師シンク・スクネ様」

「これからよろしくお願いしますシンク様!」


立ち上がったマークとミルコが貴族の礼をとり、見事なボウアンドスクレープを披露して恭しく頭を下げた。


兵士達が倣って起立し、足をザザっと2回踏み鳴らすと、胸に手を当て腰は折らず、首だけ傾け頭を下げた。

こちらは騎士兵士の礼らしい。揃っていてカッコいい。


ハッとした顔をしてシンクが立ち上がり、兵士達と同じ礼を返す。

おぉ、なんかそうゆうのがあるのか「何それ! カッコいい!」アオイが思わず叫ぶと、獣人の子供達も立ち上がって、兵士達を真似た。


「「「カンゲイします!」」」

「「「キャハハっよろしくねっ」」」


「コレッ! 座りなさい!」

「行儀悪いっ!」


マリーや母親達が一喝し、慌てて子供を持ち上げ、椅子に座り直させると、兵士達も アワワ と椅子に座り直す。辺り一面、大人達の笑い声で包まれた。


「ハッアハハっ!」


「さぁまずは食べちゃおう! シンクちゃんの家具の相談をしようね」

「食い終わったら、俺達が魔法を()()()()()()。だからメシをちゃんと食え」


アオイの言葉の後に、奴隷のイーラがシンクに告げると、シンクは驚いた顔をして椅子に座り直し、スプーンにオムライスを乗せ恐る恐る口に運んだ。


「おい、おいし、美味しい、美味しい」


ボロボロと泣きながら、感情露わにオムライスを食べ始めたシンクに、一瞬ピリリとした空気が張り詰めるが、周囲を包む魔素は穏やかに流れそれ以上何もない。


「美味しい、アオイの魔素の味がする。美味しい」


泣き笑いながらオムライスを食べるシンクを、息を整えた皆がほっとした顔で見つめる中、アオイが静かに言葉をこぼす。


「ほらね。問題ない『世はなべてこともなし』素晴らしい」


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