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赤髪の魔法師




獣人達は、朝日と共に、その日1日を始める習慣が根付いているので夜は早い。

どんな宴会をしても、大酒をあおっても、時間が来たらきっちり家に帰って行く。

そんな村人達を見習って、家に戻ってきっちり寝支度を整えさせたナナを寝かしつけた後、浜辺に残された累々と積み重なる死た・・・飲んだくれ共を[海の家]に寝転がし、得意げにパンパンと手のひらの砂をはらったアオイが、ハチと2人でいつものように浜辺で一服していると、見慣れぬ少女がニコニコと笑顔を向けて歩み寄ってきた。


浜辺は暗く、穏やかな波の音だけが響いていたが、周囲を包む魔素が少しだけ色めき立ち、その唐紅の赤い髪色を際立たせている。


『魔法師の1人だな』

『あら、こんな子供までいるのね』


ハチの囁きは穏やかで、身の危険を一切感じさせる事がなかったので、アオイは躊躇なく少女に話しかけた。


「こんばんは。良い夜ですね」

「こ、こん、こんばんは。こんばんは。初めまして。わ、私はシンク。シンク・スクネです。シンクと呼んでください。濡羽色の君」

「私はアオイです。お料理はご堪能いただけましたか?」


以前の高圧的な[オリベ]とは打って変わって、モジモジと恥じらいながらも、礼儀正しく自分の名を述べた赤髪の少女は、その頬までほんのりと赤らめながら、サクサクと砂の上を歩いて近づいてくる。

挨拶の形式上、椅子から立ち上がったアオイだったが、[シンク]と名乗った少女は、歩みを止める事なく間近に寄ると、そのままアオイの胸に顔を埋めた。


「へ!?」

「こんなに強い、おん、女の子は初めて」


ナナよりさらに一回り小さな身体の少女は、手を背に回す事なく、グイグイと顔をアオイの胸に押し付け前進してくる。

思わず抱き留めたアオイに、何なく身体を預け、スリスリと頬擦りした。

距離感が、おかしい、のでは、ないでしょうか、これは、その、どうゆう状況?


「えっ!? なっ!?」

「なに、な、何の[魔法師]ですか。ボク、僕は、僕は火。火の魔法が、とく、得意です」


両手はダラリと下げたままなのに、顔は胸を押し続けて身体ごと進み続ける。


なんだこりゃ? この子はいったい何がしたいんだ?


小さな少女の思わぬ力に、アオイは思わずその小さな身体を受け止め切れず、椅子に押し倒されてしまった。

シンクは、そのまま容赦なくアオイの膝の上に登り、やっと胸から顔を離して、キュルリンと音がしそうなほど目を見開いて、上目遣いにアオイの顔を見上げた。


「ママって呼んでも良いですか?」

「えぇ〜〜〜っ!?」


甘ったるい囁きに、訳がわからないまま、困惑したアオイがヨシヨシと頭を撫でると、シンクは満足そうに再び胸に顔を埋めた。


「えっと、ママは、その、保留でお願いします。シンクちゃんは1人できたの? 本当のお母さんは?」

「シンクちゃん! そう、そうです。シンクちゃんはひとりで来ました。もう[塔]に、住めます、住めるから、寝れる。寝ても大丈夫。これから、眠ることが、できます」


嬉しげに、しかし一方的に言いたいことを告げたシンクは、そのままスリスリと顔を胸に擦り付けると、スゥスゥと寝息を立てて寝てしまった。


「え、待って。寝た? このまま寝るの? マジで!? 待って!?」


アオイの動揺を物ともせず、あっという間に意識を飛ばして力を抜いたシンクは、膝の上で満足げに寝息をたてている。


「寝ちゃった・・・」

「・・・コイツ()変なヤツだな」


シンクを受け止め、困惑のまま背中をトントンと叩きながらも「どうしようコレ?」と、ハチに助けを求めると、ハチは目を細めてシンクを見た。


「・・・深く眠ってしまっている。随分久しぶりの睡眠のようだぞ」

「え、寝てなかったの? ひとりで来たって言ってたし、歩いてきたのかな? 疲れて寝ぼけてた?」

「いや、[魔法師]は必ずしも睡眠を必要としない。アオイが何かした?」

「何もしてないよっ、って、必要としないってどゆこと?」

「[魔法師]は、魔素さえ取り込めていればその生命は維持できる」

「え、でも、寝ちゃってるんだよね?」

「本当に寝ているな。ぐっすりだ」


顔にかかった、モサモサと無造作に伸びた長くて赤い髪を耳にかけ、幼さの残るその顔をよく見る。

言動も幼児のようだったが、寝ている姿はそのまま小さな子供のようだ。よっぽど眠かったのだろう。

アオイは、くんくんと鼻を寄せ匂いを嗅いで、間違ってお酒を飲んでしまったわけではないことを確認すると「参ったなこりゃ」と、呟きつつも、頭をサリサリと撫でながら、眠りを邪魔しないように抱え直すと、トントンと背を撫で身体を揺らす。

ムニャリと、その口が弧を描いた。


「ママ、かぁ・・・この子、ナナより小さいねぇいくつかなぁ」

「それは流石に思い切りが良すぎるぞアオイ。[魔法師]は見た目と実年齢がともなわないんだぞ」

「そうは言ってもねぇ、コレじゃぁねぇ」


アオイは、小さくため息をつくと、諦めたように一晩をこのままで過ごす覚悟を決めた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


日の出と共に、地引網漁をすべく浜に来た村人達は、アオイの異様な(さま)を見てギョッとするも、アオイに「シィ〜・・・」とゼスチャーされ「うん」と、頷いただけで自分達の仕事に戻った。

[海の家]のみんなのためにも、今朝は朝食が必要だろう。

それでも、シンクを起こさぬように抱え身じろぎしないアオイに、ハチは呆れて伸びを一つすると「ナナを呼んでくる」と、事情を説明するため家に帰って行った。


網を引いた村人達が、慣れた様子で魚を仕分け、下処理をして焼き始める。

小さな女の子を抱きかかえ、身体を揺らすアオイに「あらあらまあまあ」と微笑ましげに視線を向けながら、大きな鍋に村で採れた蕪のスープを煮込み始めると、たちまち辺りに良い匂いが漂い始め、[海の家]の飲んだくれ達も、朝日の眩しさに目をこすりながら、身体を起こし始めた。

村人達と言葉を交わしながら、身支度のための水を受け取っている。


アオイは、その様子を眺めながら「さてどうしたものか」と改めてシンクの顔を覗き見ると、その目がパカリと開かれた。


「起きた? おはよう」


あぁ良かった。と、アオイが声をかけると、膝の上に乗ったまま、シンクは大急ぎで身体を離してアオイの身体をペタペタと触りながら、慌てて何か確認している。


「どこ、どこも、燃えて、火傷、してない!?」

「ん? してないよ? どうしたの? どっか痛い?」

「ママは? 燃えてない?」

「燃えてないけど? なんで?」

「寝ちゃったっ、寝ちゃったから! すっごく寝た!」

「お、おう?」


シンクがほっとした顔をして、今度は自分の手足を確認している。


「生きてる・・・すっごく寝たのに・・・」

「えっ!? 寝るとマズいの!?」


今度は、アオイが慌ててシンクの身体をくまなく確認する。

当然、燃えも焦げもなく、その身は昨晩の小さな少女のままだった。なんだよびっくりしたわ。と、安心したアオイに、シンクは笑って言った。


「[魔法師]は、自分の、魔法じゃ燃えないのよ」

「寝てる間に火が出ちゃう事があるのね?」

「前の、ま、ママは燃えちゃったから、僕は、シンクちゃんは、寝ちゃいけないのよ」


ヒュ と、アオイの喉が鳴った。


「アオイは、アオイママは、つ、強いから、シンクちゃんから火が出たら、とめ、止められる。あん、安心したら、寝ちゃった、たくさん、寝た。寝れた。なんで? 火が出なかった?」

「出なかったよ。静かにずっと寝てただけだよ」

「よか、良かった。今晩は燃えなかった。次の晩は、止め、止めてね、火が出たら、止めて」

「・・・どうやって、止めるの?」

「アオイママは、つ、強い、から、でき、できる。どんな魔法も、術師が死ねば止まる。ころ、殺せばとま・・・」


アオイは、その先を言わせないようように、ギュッとシンクを抱きしめた。

シンクは昨晩、眠ってしまう前に言っていた。『[塔]にくれば眠れる』と。その向けられた笑顔の意味を深く考えていなかった。


この小さな女の子は[塔]に、死にに来たのか。


いや、違う。シンクだけじゃない。[魔法師]は皆[塔]で死ぬためにここに来るのだ。他の人達に、少しでも迷惑をかけないように。


アオイは、ギリリと眉間にシワを寄せ、シンクの背をゴシゴシと撫でさする。


「ここは、凄い、あん、安心、あの、けも、黄金の獣も、強いから、きっと、ころ」

「死なせない! 殺さないし、そんな事っ他の誰にもさせないっ!!」


急に大声で叫んだアオイに、シンクや周りにいた村人達が驚いて、不安そうな視線を向けた。


「だから、そんな事言わないで」

「しか、仕方ない。いき、生き物は、いつか、必ず死ぬ。必ず」

「そう、それはそう。でも、誰かに奪われて良い命なんか無い! それはシンクちゃんも同じ! でしょ!?」

「ぼ、僕も、シンクちゃんも、おな、同じ? 同じなの!? たく、たくさん、たくさん、たくさん、ころ、殺した。だって、たくさん、前の、ママも、前の前のママも、殺した。なのに、まほ、魔法師、魔法師も、同じ!?」

「当然! 一緒! 私もたくさん殺して食べてる! 何も変わらない!」


周囲の魔素がブワリと揺れると、ナナと共に、急いで駆け戻ってきたハチが、その身を大きくしたのが見えた。


「あ・あぁ・・・あぁぁ、ぅわぁぁぁぁんっ」


シンクが、大きな声を出して子供のように泣き出した瞬間、キンッと甲高い音と主に、その身から魔素の波動が放たれた。

が、頭上に躍り出たハチが、アオイとシンクを〈結界〉で囲う。

アオイがシンクをキツく抱きしめなおし、背と頭を撫でさすりながら「大丈夫、大丈夫」と声をかけた。


「アオイ! 無事かっ!!」

「なんとも無い! ハチはっ!? みんなは!?」

「・・・問題ない」


一気に波紋のように広がった魔素の波動は、ハチの〈結界〉に当たって跳ね返り、収束されたようにアオイの身体に吸収された。


それからしばらくグズグズと泣きながら、やがて泣き疲れたかのように再びスゥスゥと寝息をたて始めたシンクに、アオイは「ふはぁ」と息を吐いた。


「びっくりしたわ」

「全く。何やってるんだ」


〈結界〉が解かれ、ハチも呆れたようにため息を吐いて、咎めるように目を細めてアオイをみた。


「あ〜・・・いや、つい、ついね。みんなが無事で良かった。ありがとう、ハチ」

「なにか、不具合無いか?」

「全然平気。なんともない。シンクちゃんは?」

「・・・寝てる。寝てるだけだな。グッスリだ」

「おふぅ二度寝。ハハっはぁ〜焦ったぁ〜・・・でも、まぁ、[魔力暴走]? 意外と大した事なかった?」

「アオイ・・・」


鼻の頭にシワを寄せたハチが、呑気なことを言っているアオイの名を呼ぶと、両手を握ってブルブルと震えていたナナが、猛スピードでこちらに向かってきた。

その勢いを、ハチが間に入って身体で止める。


「ハチ! どいてっ! 離してっ!」

「落ち着け、ナナ!」

「許さない! アオイ! そいつから離れてっ!!」

「ヨセ!」


グイグイと押し合うナナとハチのと攻防は続き、手を伸ばしてジタバタと暴れると、やがてナナまでメソメソと泣き出してしまった。

ハチは、マズルに深くシワを寄せ、歯を剥き出しに低く唸りながらアオイを睨む。


「アオイが悪い」

「う、あ、ご、ごめんなさい」


ハチの背中に突っ伏してシクシク泣くナナに、砂の上にへたり込んでいたアオイは、シンクを片手で抱きかかえながら、空いた手をナナに伸ばした。

ヨロヨロとアオイに抱きついて泣くナナに、アオイが「ゴメンゴメン」と謝り倒す。


呆気に取られていたみんなも我にかえり、アオイ達に駆け寄る。

村一帯が騒然とする中、シンクは目覚める事なく、ただ健やかに寝息をたて続けた。


今年もよろしくお願いいたします。

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