完成の宴
「[塔]できた!? じゃあお終い!? 宴会!?」
すっかり空になった資材置き場で、皆が惚けたように[塔]を見上げる中、ナナが大喜びで叫んだ言葉に、アオイはハチをみて顎を上げた。
「どう? 完成?」
「良いんじゃないか?」
「契約書はどう? 何か変化あるかな?」
ハチを侍らせたアオイが、惚けたままのマークをみると、マークは顔をハッとさせて手に持っていた過去の王族とライズ村長の祖先が結んだ[土地売却神聖契約証]を開いてみた。
「・・・変化、ありません、ね・・・」
「こう、完成〜! ポワッ っとかなんらかの反応があるわけじゃない。とか?」
「何を持って完成。か、というところでしょうか??」
人が住んでしばらく様子みないとダメなのかな?
アオイが考え込んでいると、ハチが「雷対策は?」と、口にした。
「あぁ、そうか。それな」
アオイが膝を打つ。それはもう現代日本で一般家屋、高層ビルから、スカイツリーにまで設置されているアレですよ。
「[避雷針]ですよ」
「ヒライシン?」
「それは、コチラにはまだ無いかもな」
見知らぬ言葉を繰り返したナナに、そもそもコチラには、二階建て以上の建物が一般的では無いという事なので、さもありなん。と、アオイが続けた説明に、ハチが「なるほど」と目を輝かせ答えた。
それから[塔]の屋上に5本の鉄の棒を設置し、同じく金属製の鎖、チェーンを地面まで垂れ下げ地面に刺した。
「雷はより高い物に落ち、電気は金属を伝う性質があるのですよ」
アオイは[避雷針]に落ちた雷が、この鎖を伝って地面に流れて霧散する。と、説明した。
そうすると、壁、[塔]自体の破壊は防ぐことができる。と、ドヤ顔を披露する。
いや、自分の開発したもんじゃ無いんだけど。“先人の智”様様である。
「確か[ガラス玉]を間に設置して落雷があったかどうか確認できるんだよね」
「それが無いと、落ちたかどうかわからなくなるもんなんですか!?」
「あ〜、私もそこは試してみない事には・・・ハチ、普通の[雷]落とせる?」
「お安いご用だ」
一応[アース]からは離れてもらうように、塔を取り囲むみんなに伝えた。
「ではいくぞ!」
ハチの号令で、皆が一斉に[塔]と[アース]から距離を取る。
辺りの空一面に色の濃い雲が広がり、ゴロゴロと低い音を轟かせ始めた。
「ここからは落ちるのを待つか」
ハチは、天空の電気を集め、一応安全対策に人にだけ結界をかけたぞ。とアオイに耳打ちする。
そうね。良いね。と、アオイもその時を待つ。
全身の毛が逆立つような空気の緊張を感じながら、固唾を飲んで皆が見上げる曇天から、やがて一筋の光が[塔]の[避雷針]めがけて落ちた。
カカッ!!
閃光と轟音の後、天上の雲が晴れて行く。
[避雷針]のうちの一本が、薄らと黒い煙をあげつつも、[塔]は以前と変わらずそのそびえ立つ身姿を顕現させた。
「大成功!」
「さすがだな」
アオイとハチは、あっという間に[塔]の屋上に駆け上り、[避雷針]と[鎖]の途中に設置した[ガラス玉]が割れている以外に、何も破損していない事を確認した。
「スゴイ! スゴイ!」
ぴょこぴょこと、ナナが飛び跳ねて喜ぶなか、大人達は大声も上げずに驚いている。
「す、スゴイ・・・」
「マジか・・・」
「これなら・・・これなら!」
やがてさざなみのようなざわめきと共に、大人達の歓喜の声が湧き上がるなか、マークが手にしていた《神聖契約書》が、待望の ポワッ と光を放った。
アオイとハチが、顔を見合わせてニンマリとその口端をあげる。
「やった・・・! できた! 完成した」
「[塔]ができた!」
「[塔]が建ちあがった!」
「[魔法師の塔]が完成したぞっ!!」
マークとミルコが涙ぐみながら、ほかの兵士達とバシバシと肩を叩き合って喜びの声を上げる。
「やりやがったっ!」
「やったぜっ騎士様! [塔]ができたぞー!!」
喜び合う奴隷達と、騎士見習い、平民兵士達を、アオイは満足げな顔で見渡すと、ハチとナナに向かって言った。
「今夜は宴会だあーーー!」
「「「わぁぁぁっ!」」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アオイは早速村に帰ると、浜辺には獣人達が集まっていた。
建ち上がった[塔]は、村からもよく見える。さっきの落雷を、村の獣人達もみていたようで、それでもそびえ立つ[塔]に、コチラでもみな喜びあっていたようで、帰ってきたアオイ達を両手を上げて歓迎してくれた。
「アオイ様! みました! できたのですね!」
駆け寄ってきたライズ村長に、ナナが飛びついてハグし合う。
「ハチがすっごいんだ! ビシャーン! って! ドーン! って落ちたのに! [塔]は全然平気だったんだ!」
「先ほどの落雷はハチ様でしたか。それをも防ぐとは、アオイは一体どのような〈魔法〉を[塔]に施したのですか!?」
「フフッそれはねぇ・・・」
アオイは、[避雷針]設置のあらましを話しながら「今夜は[塔]のみんなを招待して、浜でまたみんなで美味しい物を食べましょう!」と、完成の宴の提案をした。
「それでは、これからもう一度網を引きましょう!」
獣人達が地引網の準備を進める中、アオイは会場の準備は任せろ! と、それぞれが慌ただしく準備を始める。
「肉を串焼きに、海産物は網焼きにして、今夜はお酒も大盤振る舞いよ! みんなで大宴会だ!」
「「「おぉー!」」」
夜のとばりが落ちる頃、浜辺に続々と塔側の住人達が集まり出した。
マーク達を歓待した時のように、騎士兵士達だけでなく、奴隷達も一緒に来た。一緒に。歩いて。
そこに立場の違いを気にする者はなく、みな笑顔で塔の完成を喜び合っている。
村人達も、総出で塔の関係者達を向かい入れた。
アオイの用意したLEDライトの淡い光の元、同じ思いを抱いた2つの住人達が集う。
テーブルの上には、大皿に山盛りの料理が並び、大量の酒瓶はすでに蓋が空いていて、立食形式の大宴会の始まりだ。
そこには以前の様に『同じ皿から料理を取るなど』なんて無粋な事を口にする者はいない。
ナナと獣人達が、当たり前の様にグラスに注がれたワインを、塔側の住人達に次々と手渡していく。
「それでは、塔の完成を祝って、乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
ライズ村長の号令で、皆が手にしたグラスを掲げ、一気にグラスを空にした。
「なんじゃこりゃ!?」
「うまっ!?」
奴隷達が、驚きながら空になったグラスを覗き込む。
獣人達が何故かドヤ顔で「そうでしょうそうでしょう」と頷きあった。
「さぁ! 飲んで食べて! 今夜のお酒は全部[ダンジョン]から出た物だから、遠慮なく楽しんで!」
「で、では成功したのですね!?」
「マジか!?」
マークとミルコが驚いてアオイに視線を向けると、アオイはニヤリと口端を上げた。
「フッフッフ! やってやりましたよマーク様、ミルコ様! これでもうあのダンジョンがしょぼいなんて言わせませんよ! あ、どこで採取できるか具体的なエリアは、当分村人達だけで秘匿しますけどね〜」
ライズ村長と一緒になって「アーサー様に売りつけてガッツリ儲けさせてもらいますよ」と、アオイは悪い顔を作ってビール瓶を掲げた。
「くぅぅっやはりそうなるか」
「でも、[ダンジョン]に入ってご自分でドロップを狙う分には今まで通りですよ」
「ダンジョンの管理も村でするのか?」
「管理?」
皆が出された料理に舌鼓を打つ中、マークとライズ村長が[先住民開拓地完全返還]後の話をしている。
先住民開拓地とは、ダンジョンがある場所も含まれるらしい。
それどころか、これから村の住人達が[開拓]した土地も含まれるのだろうか? アオイは2人の話を黙って聞いていた。
「その様な契約がなされていたのですね?」
「『アイクラ王国続く限りこの条約の不可侵を誓う。』って文言がどの程度の効力を持つのかわからないけど、『王国』では異例の事でしょうね?」
お酌をしに来たヴァニタスの問いに、アオイは疑問に思っていた事を聞いてみた。
《聖領域》と《魔領域》にはっきりと分かれているこの世界では、土地は『開拓した者の物』ではあるが、『王国のすべての土地は王族の物』というのが一般的な常識なので、あくまで『王から借り受けているだけ』らしいのだ。税を払ってその地の管理をする。という体なのだろう。
今、人が住まう土地の開拓者は、土地を拓いた古い時代にすでに貴族になっている。
《魔領域》の魔獣魔物に対抗できる力のない平民が統治する場所なんて、他にはどこにも存在しない。飽和状態の《聖領域》以外に、新しく拓かれるとは想定されていない世界で、異例中の異例な出来事だった。
貴族でもない者に[俸禄]など支払わないだろうし、かと言ってこの国最強の戦力を持つ[魔法師]がいる土地を魔獣や侵略から守るも何も無い。
「いずれここに来る、力を持つ[魔法師]とて、平民である事は変わらないのですが、中央貴族は[塔]完成後の事をどうするつもりだったのでしょう?」
「[魔法師]が住まう様になれば、貴族は寄り付かなくなる。とは思っていました」
[魔法師]の[魔力暴走]を恐れて、この辺境の地に追いやるのが[塔]建設の目的なのだ。わざわざその近くに住みたいものなどいないだろう。
[魔法師]達をこの地に閉じ込めて、安全な地から必要な時だけ呼び出し利用する。おおかたそんなところだろう。
とは言え、税だけ取って何もしない。というわけにもいかないのではないか?
アオイは、ふと湧き上がった疑問を口にした。
「あれ? [魔法師]達って普段どうやって生活してるの? お手伝いさんとか、従者とかにお世話してもらってるとか?」
「普段の生活?」
「自分達でご飯作って食べたりお洗濯したり、お掃除したり?」
この世界には当然コンビニやスーパーなども無いし、お腹が空いたからその辺で買ってくる。とか、部屋が汚れたから便利屋さんに掃除を頼む。とか、衣服が汚れたから洗濯屋、Tシャツの襟がよれたからユニクロで。と気軽に買い物できるわけでも無い。
「あ、いや、考えた事もありませんでした・・・」
「あちゃぁ、人が増えるのかな。そうゆう人達のこと考えてなかった。お家とか別なのかな? どこに住むんだろう。同じお部屋? 今いるみんながこのまま残ってお仕事引き継ぐのかな?」
「まさか。我々奴隷は王都に連れ戻されると思います」
「え!? そうなの!?」
ヴァニタスは「我々[犯罪奴隷]は、国の労働力に過ぎないのです」と、目を細めてうっすらと微笑み言った。
「でも、今の契約者はマーク様なんでしょ? あ、マーク様も王都に戻るの、か・・・」
「そのことなのですが・・・」
しょんぼりとするアオイに、マークとミルコがビール瓶を持って移動して来た。
「俺達、ここに残れないか親に聞いてみようと思って」
「俺達って、ここの両隣の領地の子なんだけど、どっちも家督は継げないし、騎士になれなけりゃどうせ平民になるつもりだったんだ」
ミルコの言葉に、マークがウンウンと頷く。
「前までは、ここに新たな貴族が統治者として来ると思ってたんだけど、《神聖契約》の内容からすると、獣人達がいる限り、貴族はここの統治者になれないと思うんだよね」
「契約違反の罰則が王族の命だからね」
「とすると、カタチだけの貴族が派遣されることになると思うんだ」
「今まで通りにね」
先日遺体を回収に来たオリベが言っていたことが本当だとすれば、この地を収めていた王都から出ない貴族は先日断罪され、家は取り潰し、代わりに両隣領地の実家が実質の管理者になった。これは容易に覆ることはないだろう。いかな王族とて、一度与えた領地を意味なく取り上げることなどできない。そんなことが罷り通れば他の貴族達から反感を買う。
「騎士を辞めるにしても、冒険者になるにしても、貴族席から抜けようと思ってたんだけど、オリベ様にも[貴族の威光]は効き目があるみたいだからさ、それなら伯爵家の子供って立場はあった方が困らないかなって」
「ウチも下級貴族だけど、一応子爵だから!」
若く、青く、子供だと思っていた見習いだったマークとミルコが、こんな事を考えているなんて!
アオイは目を見開いて若い2人を見た。
「ステキ! カッコイイ!」
「ウム。素晴らしい騎士道精神だ。2人はよく学んでいるのだな!」
アオイとハチが2人を褒め称えると、マークとミルコは顔を真っ赤にして大いに照れた。
「俺達なら、[魔法師]が来ても獣人達に酷いことなんかさせないし、実家も、こんなダンジョンが近くに有るって分かればそれなりに旨みがあるから、そうそう他には譲らないと思うんだよね」
ミルコが恥ずかし紛れに言った言葉に、ハチが感心した様に言葉を続けた。
「ウム! 素晴らしい。利を提示し逆手に取って利用する。これが優れた貴族の考えというものだ!」
「win-winってやつね! さすがミルコ様!」
褒め称えるハチとアオイに、マークが頭をかきながらミルコに続く。
「あくまでライズ村長達が、俺達のことも受け入れてくれればって話なんだけど」
「我々も、いきなり領地運営などしたこともありませんし、知識のある貴族様がご助力くださるというのであれば、これほどありがたいことはございません」
マークが嬉しそうに差し出した右手に、ライズ村長ががっしりと握手を交わす。
「で、ここはもう恥を忍んでアオイ殿にお願いなんだけど・・・」
「[犯罪奴隷]はどうせ俺から離れられないし、俺がこのままここに残る案が通れば、このまま一緒にいられると思うんだよね『ダンジョン攻略』とか、『設備管理』とか、なんとでも名目つけて、だから、アオイ殿に[借金奴隷]を買うお金を貸していただけないか。と」
「借りたお金はこれから俺達でダンジョンに入って必ず返すから!」
ミルコと平民兵士達が並んで頭を下げた。
「アオイ殿! お金貸してください!」
「!!!」
ダン達が、驚いて集まって来た。
「わ、私も必ずお返しします」
「どうか、このままお仕えさせていただけませんか!」
テオドアとツォが、倣って頭を下げた。
[借金奴隷]が、本当に借金を返そうとするなど、今まで誰が考えたであろうか。本来それができるなら[奴隷]になどならないのだ。
ただしここの[奴隷]達は、ここでの最近の生活で、自分達でも金を稼ぐ方法を得た。人間として人生を送れる希望あると知った。ならば努力できるのが人間だ。
アオイは目に涙を溜めて、目の前で手を組み拝む様に呟いた。
「尊い・・・供給過多・・・課金必須・・・」
「え?」
「は?」
マークとミルコが、眉を寄せる。
「いいもん見させてもろた・・・推せる・・・ありがとうございますありがとうございます・・・」
「アオイ、大丈夫?」
「大丈夫じゃ無いな。いいかナナ。これは『廃人』『重課金者』と言って悪い大人のする事だ。真似してはいかん」
「どうせなら借金返して[奴隷抜け]してしまいましょ。その方が絶対に稼げる。そうだ。そうしよう。モチベ・ダイジ・・・ニンゲン・尊ィ・・イキロ・・・」
うっとりしながらブツブツと世迷言を吐き続けるアオイに、胡乱な視線を向けながら、ハチは「アチラガワにはけして行くなよ」と、ナナに良い含め「見るな聞くな」とグイグイと頭で押してアオイから遠ざけるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「これもダンジョンから出た物なのですかね」
「これからはそうなるのでしょうね」
アオイが用意してくれた、もはやテリーヌの様な[ブラウニー]を食べながら、皆が美味い。美味しい。と笑い合っているのを眺めみる。
コチラにくる前に考えていた世迷言の減価率80%の[ブラウニー]は素晴らしい出来で焼き上がった。アオイご満悦の一品である。
元商人のテオドアと、貴族従者だったアヴァリが言葉を交わす。
「ダンジョンからのドロップ品は、暫くは手加減してもらって、しっかりマーク様とミルコ様の地位を定着させてから、本腰を入れる様、少々根回しした方が良いでしょうね」
様々な貴族に仕え、暗殺業を営んでいたヴァニタスが会話に参加する。
「これまでのことを考えたら[犯罪奴隷]に良い主人などあり得ない事だからな。言い方は悪いが利用させてもらおう」
元A級冒険者だったビアが、酒瓶を掲げると、差し出されたグラスに酒を注いでいく。
「流石にここまでしてもらって、俺達大人がなんとかせんとカッコつかんからな」
「我ら獣人達も出来うる限りのことはさせていただきます。どうか、アオイ様を守るためにもご協力のほど、よろしくお願いいたします」
ライズ村長と、村に残っていた老人達がゆっくりと頭を下げる。
これまでの仕打ちを鑑みれば、獣人達にも貴族や人間達に思うところもあるだろう。
しかし、共通の守るべき物ができた今、事情を知る者同士で結束することになんの憂いがあるものか。
獣人達は決して忘れないだろう。今こうやって皆と笑い合うこの瞬間を。
「闇夜を切り裂くあの落雷の閃光のように、絶望しかなかった我々の日々に、アオイ様は文字通り、天から舞い降りた一筋の光なのです」




