塔を建てよう
アオイが[塔]の資材置き場に戻ると、[実験]のための[仮壁]がもうすでに完成していた。
上下左右に3メートル四方に積み上げられた[仮壁]は、それまでの[塔の壁]と遜色なく建ち上げられたそうだ。
「壁の間のコンクリは問題なく魔法が通り〈固定〉できました。石壁の石の個数は増えましたが同じ厚さです。おそらくなんの問題なく積み上げられると思います」
アオイに気づいたヴァニタスがそばに駆け寄り、笑顔で説明してくれた。
「よく気づいたな! これなら[魔力暴走]の余波で壊れる事がないんじゃないか!?」
興奮気味にビアが壁を叩いている。
「[ダンジョンの壁]なら魔力の量は関係ありませんものね。なぜ今まで誰も試さなかったのでしょう?」
「テオドラもダンジョンに入った事があるのか。そうか以前の仕事は商人だったか」
アヴァリとテオドラが話している横で、ナナが、ダンとトムにハチから聞いた[ダンジョンの壁]の[ 理 ]について説明している。
他の兵士たちも興味津々で、他の奴隷たちと一緒に[仮壁]を触ったり叩いたりしていた。どうやら[塔]建設地の全員が集まっている。それだけこの工法が画期的って事か。
「やってみるなー!」
ビアの掛け声の後、壁から一斉に離れたみんなが見守る中、手を上げたイーラが先陣を切った。
「燃え爆ぜろ!〈ファイアボール〉!」
パフッ
「おぉ〜!」
「次、俺! 俺! 穿て!〈アクアランス〉!」
続けて、アヴァリが水の塊を鋭く尖らせ壁に向けて放つ。
パフッ
「おぉ〜!」
「貫け!〈ロックスピア〉」
[仮壁]に向かって、地面から無数の石の槍が生え伸びる。
アケディが〈土属性大〉の魔法を発動させた。
パフッ
一見物理攻撃に見える〈土属性〉の攻撃魔法すらも[仮壁]は正しく魔素に変え霧散させた。
その後はおもいおもいの体で各自が我先にと〈魔法攻撃〉を放つ。
皆その効力は知っていても[ダンジョンの壁]に向かって魔法を放った事がないのか、面白がって自分の〈魔法〉を試し出した。
「やった事がないのか? 教えてやるよ、こうやって・・・」
生活魔法しか使った事がない[借金奴隷]のダンに、同じ〈水属性〉魔法を持つラクスが〈アクアランス〉の発動を教え始めた。
平民兵士達にも、元冒険者のビア達が各属性の〈攻撃魔法スペル〉を教え合う。
「できた!」
「あれ!? ダン凄いぞ! 〈水属性中〉レベルのスペルだ。大丈夫か? 具合悪くないか?」
「ダンは最近ずっとシャワーに水を汲んでくれているんだ。しかもお湯だよ。〈魔力操作〉が上手い」
「そうか! そりゃ良い! もっと色々覚えろ! 役に立つぞ!」
「ぼ、僕にも、教えてっくださいっ!」
「〈風属性〉か! 良いぞ! 俺が教えてやる!」
正しく攻撃魔法を発動させたダンが羨ましくなったチップに、〈風属性大〉を持つビアが直々に〈魔法〉を教え出した。
その後は、「俺も」「俺も」と、平民兵士達も混じって〈魔法〉の撃ち合いをしている。
[仮壁]は、正しく全ての魔法を霧散させた。
その様子を、アオイは目を細めて眺めみる。
みんな楽しそう。
ほらね。人間の階級や立場なんか関係なく、世界は、魔法は、こんなに美しく循環するんだ。
ニヨニヨと笑顔が抑えられないでいるアオイに、ヴァニタスが、声をひそめてそっと話しかけた。
「アオイ様は[収納]のスキルをお持ちなのですね」
「バレたらまずい?」
「そう、ですね。大変に貴重な【スキル】です。王侯貴族には知られない方が良い」
「そっかぁ・・・でもねぇ、あと3ヶ月、出し惜しみして上手くいかないより、さっさと[塔]を建てちゃいたいんだよね」
「・・・そのように、ご自分を犠牲にする必要は・・・」
それがあるっぽい。その必要。
心配してくれるヴァニタスに、アオイは眉を下げ襟巻きに手を添えた。
『ねぇ見えてる? 今ここにいるみんなの事は信用しても良いんじゃないかな』
『・・・アオイが良いなら』
ハチは、ほんの少しだけ間を空けてアオイに応えた。
マークとミルコは貴族だ。
こうなった現状、[奉納]で命を落とした貴族共の同じ家から代わりが来る事は考えにくい。それどころか、同等以上の高位貴族は[生贄]にされるのを恐れてこの地に近づかないのではとすら思える。
おそらくだが、今後のこの地域の責任者は、両隣の領地であるその家の者が派遣されるのではなかろうか。
それなら本物の貴族が派遣される前に、マークとミルコに[塔]建設の功績をたてさせ残らせた方が。とは思うが、彼らはまだ見習いで拙い。
家の者どもがその功績を奪いかねないのは事実。その時彼ら2人がどう出るのか、自家の者に逆らえず、アオイが傷つくような選択をするのではないか。なぜならそれが封建社会の、この世界の哀れな仕組みなのだ。
しかし、奴隷達から聞いた彼らの献身は、ハチのこれまでの貴族の価値を間違いなく翻した。
ハチは、逡巡しながらもはっきりと自分の選択をアオイに告げる。
『その時には、俺が全員殺してあげる』
『もう、ハチったらまたそんな事言って。私は大人だよ。大丈夫だってば。そんな事より、ハチの魔法って[魔法師]より強力?』
「そんなの当然だろ! 俺は聖霊獣だぞ!」
「そんなに!?」
思わず声が出た。
隣にいたヴァニタスがギョッとした顔を向ける。
アオイは、ニコっとヴァニタスに向かって笑顔を返した。
そこにちょうど、着替えたマークとミルコがやってきた。
「良いよ。出ておいで、ハチ」
ハチは、襟巻きから変身を解いて、馬ほどの大きさでその黄金に輝く姿を顕現させるべく空中に躍り出た。
「我、イカヅチの聖霊獣ハチ也。以後お見知り置きのほどよろしく奉り候」
「アハハッ! なにそれ! なんの時代劇?」
「真打登場にはイカした口上は必要だろ! とくと刮目せよアオイ! 古の神気の一端を!」
ハチが、楽しげにアオイの横に着地すると、頭上の晴天が一転にわかにかき曇り、広がる曇天がゴロゴロと低い音をたて地鳴りと共に周囲の魔素が騒めきだした。
ビリビリと肌を刺す魔素の高ぶりに、アオイは思わず声をかける。
「あれ? ハチ、待って。加減して!?」
「〈ヴァジュラ〉」
カカッ!!
一筋の青白い光が踊るように線を引いて天から滑り落ちる。
そのラインの先端が[仮壁]に触れた瞬間、辺りが眩い閃光に包まれた。
パフッ!
[仮壁]は、その恐ろしい落雷ですらも、正しく魔素に変え辺りに霧散させた。
「フム。やはり我とてこの地に顕現した以上、この世界の 理 の一部にに過ぎないのだな」
「び、び、びっくりしたぁ〜!」
「ハチ! カッコいい! 俺にも教えて!」
ナナが飛び上がってハチに駆け寄るなか、他の全員が尻餅をついて、アオイとハチを見上げていた。
「あれ? 本当の雷ってわけじゃないんだね」
「あくまで電気の魔法を放ったのだ。本当の雷だったら物理攻撃になってしまうじゃないか。無事で済むわけがあるまい」
「そっか、そっか。ま、落雷対策は[塔]ができたら物理で対策するから大丈夫よ。神様級の魔法でも大丈夫なら[魔力暴走]も無効化できるね。良いじゃん良いじゃん〜ハチ良い仕事したよ〜」
「ハチ! 俺も! 俺も!」
「ナナは〈雷魔法〉は使えないよ」
「えぇ〜ずっり〜俺もやりたい!」
「練習したらできるかもよ。同じ魔素なんだから」
周囲の惨状を他所に、呑気に繰り広げられる3人のやりとりに、いち早く体制を立て直したビアが叫んだ。
「で、で、できるかー!!」
「な、な、なんですかそれは、そちら、そちらの方は、」
続いて我に返ったのはヴァニタスだった。
[借金奴隷]とは違い、ここの[犯罪奴隷]のみんなは元々冒険者とか兵士とか従者とかだったので、それなりの経験があるはずとふんでいたアオイは「みんな大丈夫? びっくりしたね」と、あっけらかんと声をかけた。
「こちらは、雷の聖霊ハチ様で、私達の家族なの。害はないから仲良くしてくれますか?」
「よろしく頼む」
「よろしくおねがいします」
改めて挨拶をする3人だったが、未だ皆は口をぽかんとかけてこちらを見ている。
アオイは、みんな魔獣ぐらい見た事あるんだろ。と思っていた当てがはずれて、ハチに聞いてみる。
「ハチより大きい魔獣がいない・・・とか?」
「俺より大きな魔獣はたくさんいるよ」
「このぐらいだったら魔獣じゃなくても、もっと大きな鹿とか牛だっているよね」
ハチが怪訝そうに答えた言葉にナナが続く。
アオイはあたりを見回して、いまだ一言も発しない[塔]のみんなに眉をひそめた。
「そんなに、怖い、見た目は、して、ないよね??」
アオイは、こちらで魔獣らしい魔獣を見たことがないが、熊や虎、狼やライオンなんか比べ物にならないくらいハチは可愛らしい容姿をしている。と、思っている。
なんの魔獣かわからないにしても、ハチは、見た目だけならとてもキュートなブルテリアだ。身体はイタチだけど。
しかもモッフリしていて黄金に輝いている。完璧だ。完璧なモフモフボディ。
そりゃ今はちょっと大きいけど。
「ブルテリアでは無いと言ってるだろうに。あんな犬と一緒にするな」
「ぶるてりあ? イヌ?」
「あれ!? もしかしてこの世か・・・国には犬がいないとか?」
「犬も、大きなオオカミもいるよ?」
ナナの応えに「そりゃ狼には見えないけど」と、口を尖らせたアオイに、ハチはため息をつきつつ助言する。
「自分で言うのもなんだが、聖霊獣の顕現が珍しいからではないか?」
「そう、なの?」
「聖霊獣は、いわば神獣だ。神気を放つ魔獣がそう度々現れ出でるものでもないだろう」
「え、どうしよう。目の前に出ただけで硬直するとか。カワイイよ! ハチはカワイイからね」
「ハチ! カワイイよ!」
「ナナまで・・・『カワイイは正義』が通用するのは日本だけだよアオイ・・・」
照れたように言うハチに、アオイは「大丈夫よ!」と、明後日な慰めを振り撒くが、問題はそうではない。ハチの放った〈ヴァジュラ〉はこの世界にはない魔法。向こうの世界でも《神の雷》。コチラではただの天災だ。
「あ、わかった。本当に怖いオオカミを出して見せれば良いのね?」
「は?」
「え!?」
何を言い出すんだ? とマズルにシワを寄せたハチと、なぜかワクワクとするナナに向かって、アオイは、ハチの可愛らしさを証明すべく、とんでもない事を言い出した。
「魔法全部無効にするなら、試したい雷魔法があるの。ハチって向こうで〈黒犬〉って聞いた事ある? プラズマ、ブラックドックって聞いた事ない? あれ出るかどうか試したい。なんでプラズマが犬に喩えられたのかみてみたい」
「魔法はイメージなのだろう? アオイがそれをイメージして魔法を放てばそれは〈黒犬〉の姿で現れるのではないか?」
「えぇ〜そうなの? んじゃだめかぁ検証にならないもんね」
「どの道[仮壁]に当たった瞬間 パフッ となって終いだ」
「それもそっか〜」
ウンウンと考え込むアオイに、「それはダンジョンで[骸骨兵士]共に試せ」と、ハチは無い眉を下げため息をついて言った。
それはオーバーキルじゃなかろうか。
ハチは「俺の可愛らしさなど、アオイが知っていればそれで良い」と、斜め上のアオイの暴走を止め、他の者は「再起動するまで放っておけ」と話を進める。
「とにかく、魔法無効化実験は大成功だ」
「そうね。[塔]は全て[ダンジョンの石壁]で建て直そう。元の[塔]はとりあえず蔵ちゃうね」
アオイは、未だ地面から動かぬみんなにそう告げると、[収納]で建設途中の[塔]を全て消失させた。
「な、なんじゃそりゃぁぁぁ!!?」
辺りには、ビアの絶叫が響き渡った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「で。できちゃったね。塔」
「立派なもんだ」
「できちゃったっ! できちゃったっ!」
ハチとナナは、いつまでも惚けるみんなに痺れを切らし、現在の責任者である貴族のマークとミルコに発破をかけて無理やり再起動させると、「建前であっても、オマエらがが指示して皆を動かせ」と、あっという間に作業を進めさせた。
そびえ立つ塔を前に、満足げなアオイは3人でその出来栄えを讃えあった。
資材の運搬をアオイの[収納]に頼り切った結果、[塔]は1日で建ち上がった。
それもそうだ。[フロートロック]で積み上げた石を、魔法で固めるだけの簡単なお仕事になってしまった。
目の前には、地下2階。玄関フロアの中2階に、住人みんなで過ごせるダイニングキッチンを備え付け、上階に各個室5階建の[魔法師の塔]が立派にそびえ建っている。
「で、なんで窓なんかつけた?」
「せっかくのオーシャンビューだし、強度に問題もなさそうなんだから、採光のためにも気分的にも、外の景色は見えた方が断然いいでしょーよ」
聖霊獣ハチにいち早く慣れた[犯罪奴隷]のビアの疑問に「窓が無い方がおかしいのよ」と、アオイは答えた。
「この開口部から魔力が出てしまうのでは無いか?」
「う〜・・・ん、その、魔力暴走って、魔法師の心の不安が引き起こすのでしょう? ならばなるべく心穏やかに、幸多く日々を過ごした方が良いに決まってる」
どうせ窓の外は海の上なのだもの。どんなに強力な魔力でも、水平線に辿り着く前に魔素に還る。
「その心配その物を取り除く。と、いうことですね?」
同じく[犯罪奴隷]のヴァニタスが、感心したように相槌をうった。
2人はそれなりに魔獣との戦闘経験があったらしく、すっかりハチの存在を受け入れてくれたようだ。
貴族とは言え、まだ騎士見習いのマークとミルコは、正しく[奴隷]達を使って[塔]を完成させたが、ハチの《神気》に畏怖は拭い去れないようで未だビクビクとコチラの様子を伺っている。
アオイは、追々慣れてくれれば良いか。と[ハチはカワイイ]証明を、渋々先送りにした。
今まで誰も気にもしなかった。
起こる災害なら仕方なく受け入れるしか無い。せめて自分等の財産が受ける被害を減らそうとばかり考えて造られることになった[塔]だというのに。
アオイは自分の、以前の日本での価値観を押し付けるつもりはないのだけれど。と前置きして、住宅展示場を見て回った時のことを思い出しつつ持論を述べる。
「多分、誰も望んでいないモノが造られようとしていたから、今までできなかったんじゃ無いかな・・・」
[家]は、そこに住む住人のことを考えて建てるヒトが生活する住まいだ。
そこに住まう人が、末永がく幸せであるように造ってこそ[家]たり得る。それに時代も異世界も関係ない、普遍的な価値観ではないだろうか。
「ここは罪人を閉じ込めるための[牢獄]なんかじゃない。新しく住む人達のステキな[家]なのだから」
アオイの言葉にヴァニタスが目を見開いて驚いた顔をした。
今までこの世界で[魔法師]の事をそのように慮る人間などいただろうか。
「[魔法師]が、ヒト。でしょうか?」
「ちがうの?」
「・・・・・」
答えは無い。
考え込むヴァニタスに、アオイは眉を下げて言った。
「ヒトだからこそ、心が揺れる」
だからこそ、ヒトとして扱う必要がある気がしてならない。
どんな強力な力を持っていたとしても、人は独りでは生きけいけないのだから。
アオイは、この考え方が以前の日本人的な単なる嗜好的価値観だとわかっている。
コチラの世界の人間に、それを理解してほしいとも、正解不正解を問うつもりもない。
ただ、せっかくコチラに来た異物として、一雫の妙薬たり得れば。
「これからは私達はここで暮らす同じ住人になるのです。お互いに良い隣人になれたら良いな。と、ただそれだけなの」
ヴァニタスは、そう言って薄く笑うアオイに、羨望の眼差しを向けた。
さらに精査すると、ダンジョンから出したことで物理攻撃の修復機能は失われたようだが、魔法を魔素に変換する機能は[塔]になった今も残り、正しく機能している。
さらに2階フロアを松林よりも高い位置にするため、1階フロアの土台を広げ天井を上げて、より頑強な作りに変えた。
天井を上げた事による空間の拡大にあたり中階を設け、階段部分をオープンにしてそれまでには無かったリビングキッチンを造り上げた。
各部屋も、トイレと風呂、寝室だけ造り付けで、細かな間取りは住みながら対応できるように汎用性の高いワンフロアデザインに仕上げた。
「仕切りや壁は注文を聞いてからで、家具はこれから村人と一緒に用意するわ」
「っかぁ〜っ甘やかしてんなぁ! 風呂やトイレがフロアごとにあるだけも贅沢な造りってもんだ。マーク様とミルコ様の居る[騎士見習い小屋]と同じ[天蓋枠付きベット]と[執務机][クローゼット][書棚]ぐらいで良いだろ。必要なら個人が用意するさ」
ビアの助言に、アオイは「それもそうか」と納得した。
自分が住む部屋だもの、きっと色々夢も希望もあるだろう。アオイは自分が一人暮らしを始めた時の物件探しを思い出し「フフ」と声を出して笑う。
「これで他のこの周辺の建物を松林より高く作らなければ被害はほぼ受けないんじゃないかしら。あくまで[塔]の中での[魔力暴走]のみの対策だけどさ。あとは、住む人達が気に入ってくれると良いな」
「・・・アオイ様は、本当に不思議な方ですね。まるでこの世界とは別の場所から来た聖女様のようです」
どこか艶羨を含む視線を向けるヴァニタスの言葉に、アオイは曖昧な笑みを返して誤魔化した。




