魔法師の帰還と報告
「[真実の球]による不要なステータス表示の強要はっ、その立場に関係なくっ禁じられているっはずだっ!」
寝巻き姿のマークが[犯罪奴隷]達に支えられて現れた。
「マーク様?」
その姿に、アオイが驚いて目を見開く。
奴隷達も、以前の薄汚れた服を着て、さらにまた裸足だった。
どうしたんだろう。と心配になったが、一応尋問中の身なので口には出さなかった。
「アオイ殿の所在については、すでに我々の手によって正しく[尋問]済みです。これ以上の過分な追求は、正式な手続きの上、出直していただきたいっ」
開けられた扉の向こうには兵士達も侍っていた。むしろ勢揃い。
あら? みんなちゃんとご飯食べたのかしら?
アオイが、明後日な考えを巡らせていると、オリベは息を吐いて頭を下げた。
「出過ぎた真似を・・・大変失礼いたしました。ハイルーク様」
この世界は封建社会。どんなに力のある魔法師とて、従属する王には逆らえない。
この国の貴族は須く王の臣下。つまりはどんな力を持っていようとも、貴族階級が上位の者に下の者は誰も逆らえない。
マークは伯爵家子息で、他の上位貴族が全員事故死した今は、繰り上がりでここ[魔法師の塔建設予定地]の最上階位者。対して如何な強力な魔法を行使できる魔法師であってもオリベは平民だ。
その後、憑き物が落ちたように、オリベはすんなり王都に戻って行った。
残された者達が、一斉に息を吐いた。
「どうしたのですか? マーク様、もしかして具合悪い?」
「・・・アオイ殿は・・・いえ、なんでもありません。[魔力枯渇]で寝てました。もう治りました」
「そんな、もうちょっと寝てた方が良さそう。お顔が真っ青ですよ」
マークは、眉を下げてアオイの様子にため息をつくと、ミルコがヘナヘナと床に座り込んだ。
「魔法師にケンカを売る女性なんか初めて・・・」
「ミルコ様! 私そんな野蛮な事してないですよっ! あっ」
[真実の球]が ポワッ と赤い光を放ったのを見て、アオイが慌てて手を離すと、周りにいたみんなは声を出して笑い出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日のうちに王都に戻ったオリベは、貴族達の遺体が入った[死体袋]を然るべき手順を経て人間達に引き渡すと、休憩を挟む間もなくその足で会議室に移動させられたので、取り囲む王公貴族達に簡潔なな報告した。
「騎士見習いが優秀だったようで、現地に差し迫った問題は何もありませんでした」
あまりに簡素で予想外な結果に、細波のようなざわめきが会議室に広がると、オリベの正面に座するこの国の第一王子が、手にした報告書類から目を離すことなく口を開いた。
「こちらが懸念していた暴動や略奪が一切無かったと?」
「はい。貴族位住居[魔塔の館]は、間違いなく[奉納]当日のままでした。当然そのままにしてあります」
澱みなく答えるオリベに、挙手も指名もなく貴族のひとりから声がかかる。
「なぜ遺品も全て回収して来てくれなかったのですか!?」
「私にはそれらに触れる権限がありません」
これから何度、同じことを言わなければならないのだろう。
必要な記録書類は全て目の前の第一王子に提出済みだ。必要ならそちらに見せて貰え。
口を挟んだ貴族に、目を細めてオリベは視線を返す。
今回、自分が王族に命じられたのは、『奴隷の譲渡に必要な[焼印]を現地にいる貴族子息に届け命令を告げ、貴族達の遺体を回収して戻ってくる』その2つだけだ。
なんの問題もなかった[館]の物を、勝手に持ち出してはそうゆう記録が残る。そうゆう術を施したのはここにいる王侯貴族どもだ。その記録を利用して、今度はこちらが盗人か略奪者にされかねない。
しかし、それをそのまま口にするほど、オリベは貴族達と会話する気もなかったので、聞かれたことにだけ簡潔に答えている。
「今日まで大丈夫だったからと言って、3ヶ月後の入れ替え時まで、このままとは限らないだろう!」
「これから盗まれるかもしれないだろうが!」
「[館]には、侵入者も異変もありませんでした」
「奴隷達がいつやけになるかわからんだろう!」
「奴隷の譲渡は、マーク・ハイルーク様が正しく施行されました」
「その見習い兵士共が盗まないとは限らん!」
「塔周辺の秩序は保たれていました」
さっきからコイツらは何を言っているんだろう。
そんなに死んだ奴らの財産が心配なら、3ヶ月後などと悠長な事を言ってないで、自分等ですぐにでも取りにいけばいい。
口ばかりの貴族達とこの不毛なやりとり。延々と続きそうでうんざりだ。
「記録にもありますように、[館]への立ち入りは一切ありませんでした。目視した限りでも、荒らされた様子は無く、自分ではこれ以上の事は、報告、でき、かねます・・・」
と、おりしも、オリベの脳裏に、アオイに尋問していた詰所での光景が重なった。
こうゆうことか。
それが真実である以上、他に言いようが無い。
やはりあの女は、本当のことだけ述べていたということか。
オリベの口端から、フ と笑みが漏れ出た。
すると、ずっと同じ事を言い縋る貴族達のうちの1人が、勢いよく立ち上がって声を張り上げた。
「なんだその態度はっ! じゃ、何か? 目の前に金目の物があるってのに、誰もそれらに手もつけずにいたとでもいうのか?」
「[館]に出入りできた[労働奴隷]は、ハイルーク様の判断で、即日牢に“隔離”されており、そもそも貴族であるはずのハイルーク様とリンデン様は、以前より[館]への出入りは許されていなかったと報告を受け、魔道具の記録も確認もいたしました。ご遺体も、塔の地下食糧庫に丁重に安置され、残った騎士見習い並びに兵士達は、事故から10日、自分達の食料を犠牲にしてまで、皆様のご遺体を守ったのです。それほど[館]は今回亡くなった方々以外、誰も近づけもしない状態だったのだと、お気づきにはなられませんか?」
ピクリ、と、奥の2人の貴族が身じろぎする。
ハイルーク家とリンデン家の者だろうか。
オリベは、隣同士に下座の席に座る2人を一瞥すると、聞かれる前に答えた。
「一早い[労働奴隷]達の保護抑留の判断を下したマーク・ハイルーク様におきましては、〈隷属魔法〉を譲渡する以前より奴隷達を掌握し、牢外にいた[借金奴隷][犯罪奴隷]に加え[平民兵]まで、いずれも正しく労働・通常業務をさせており、塔はもう一段階上、4階部分を完成させております。ミルコ・リンデン様に至っては『労働を拒否した[労働奴隷]の主人による速やかな回収』と、『無用な人間は予算の無駄である』と、常に上司から指導されていた旨、改めて伝達するよう申しつかりました」
ザワザワと、貴族達が騒ぎ出す。
オリベは、[真実の球]こそ手にしていなかったが、アオイを真似て“真実”のみを口にした。
「事故後、逃げ出した奴隷はいなかった。略奪も起きなかった。遺体と故人の財産を守り、数百年成し得なかった塔の4階部分を完成させた。この結果として残っております事実以上に、どのような報告をお望みですか?」
「マークが?」
「あのミルコが?」
「ただの見習い2人が?」
貴族達のざわめきが大きくなる中、マーク・ハイルーク、ミルコ・リンデン、いずれにせよ自家の子息だろうが。と、オリベは呆れた。
そして、他の貴族らと一緒になって騒いでいる2人から視線を目の前の第一王子に戻し、はっきりと告げる。
「今回の大量の事故死に至りましては、“やはり[奉納]には[尊き血]が必要”なぞと、芳しくない“既成事実”が定説に成りかねません。考え直すべきでは?」
次の[奉納]までの間に、再び落雷による塔の破壊があった場合、必要なのは[獣人]の生贄か[貴族]の生贄か。との判断が求められる。それは避けるべきではとオリベは“次”に向け“先”の事を進言した。
途端に、それまで静観していた神官達が騒ぎ出す。
[生贄]の[奉納]実施は、古い契約後、近年になって神殿の提言が採用された結果だ。何を持って[獣人]の生贄を捧げるのか、塔に今までは成し得なかった新たなフロアが建設された以上、次こそはその理由が問われることになるだろう。
そして、青い血を持つ[貴族]を生贄にすると判断された場合、次は[誰]を[奉納]するのか。
騒ぎがますます大きくなる中、オリベの隣にいた[ウルミシュ・クギョウタチバナ]がすかさず言い添える。
「つきましては今回の事態の鎮静化も、ひとえに王族の絶え間無い御威光と、亡くなった騎士隊長様の日頃の教えの賜物かと」
「え、あ、あぁ、そうか。そうだな」
書類からやっと目を離した第一王子が、「[魔法師]らは下がってよい。ご苦労であった。ついては・・・」と、今後の動向は後ほどの会議で改めて。と指示を告げ、この報告会議の終わりを告げる。
報告が全て終わったあたりで、すべきことはしたとばかりに、自分の手から離れ興味をなくしたオリベは、早々に自分の思考に耽っていた。
ウルミシュは、そんなオリベを不思議に思って見た。
塔の2階の住人になる人一倍自尊心の強い魔法師が、誰ひとり殺すことなく、現地の貴族の子息風情の命令を聞き、そのまま報告しに素直に戻って来た。この男は、そんな人間だったか?
地下の石造りに鉄格子と、牢と見まごう魔法師達の舎宅に帰り、玄関フロアに入った途端に「さっきの報告全部ほんとうか?」と、今回同行しなかった、土魔法の第一人者である、塔3階住居予定の[ウルミシュ・クギョウタチバナ]が興味津々で聞いてきた。
「何も問題無かったのは本当だ。さっき散々言った通り『塔周辺の秩序は保たれていました』これ以上答えようがない」
オリベは素っ気なく告げる。
「ただ、おかしな女がいた。料理人だ。獣人の村から塔の兵士達に飯を作って運んでいた」
「ただの飯炊女にオリベが興味を?」
「濡羽色の髪を持つ『アオイ』という名の人間の女だ」
その言葉に、それまで帰ってきたオリベを気にも留めていなかった、闇魔法の第一人者で、塔最上階住居予定の[シコク・クギョウサクラ]が反応した。
「同胞か? 早速魔族が入り込んでいたのか?」
「お、女の子? ま、魔女?」
火魔法の第一人者4階住居予定の[シンク・スクネ]がオドオドしながら追従した。
こいつの声を聞くのはいつぶりか。と、オリベは「[真実の球]では人間だった」と答えた。
無言のまま、水魔法の第一人者5階住居予定の[クロガネ・ムラジ]は、目を細めてその様子を見守っている。
「入れ替えの貴族が到着する間もなく、3ヶ月後には塔が完成しているかもしれない。どうする?」
「まさか!? ・・・本当か? いやでも10日でワンフロア積み上げているのか・・・」
ウルミシュとシコクが塔の進捗状況について真剣に話しているのを横目に、興味がそれたらしいオリベにシンクが宣言した。
「僕、行こうかな・・・4階ができてるなら、僕の部屋だ。濡羽色の女の子にも会いたい」
「28の大人の女性だ」
「でも、女の子・・・」
「・・・[魔法師]では無かった」
「でも、でも、僕と同じ、女の子・・・」
「どっちも大人だろ」
「でも、女の子、だもん。女の子・・・」
コイツ、相変わらずキモい。
何度も転生を繰り返し、何年生きているか、自分でもわからんバケモノのくせに。
何が良いんだか知らんが、肉体の年齢が15年も経つとせっかく馴染んだ古い肉体をさっさと捨てて、新しい肉体に入れ替える変態が。
転生の成功率はその魔力に応じて50〜90%。少なからずともリスクが伴うのに、シンクはたった十数年毎に繰り返している。
「僕、行く。自分の部屋、できた。行って良い、はず。もう、向こうで、暮らす。最後まで」
「俺は行かない」
自力で行け。とオリベはシンクに言い残して自分の寝床へ戻って行った。
「アイツら次は『遺品を取りに行け』と言い出すのでは?」
ウルミシュは、誰ともなく問いかけたが、それには誰も答えなかった。
「行くのは勝手だが、人間にコチラの真意を悟られるなよ」
[シコク・クギョウサクラ]が念を押すと、シンクは「わかってる」とだけ応え「引越し・・・引越し・・・女の子・・・濡羽色・・・」と部屋を出て行った。




