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魔法師の尋問




こちらを睨むオリベに、アオイは息を吐いて向かい立ち、膝を折って自己紹介する。


「初めまして。獣人達の村で居食を共にし料理人をさせてもらっております。アオイと申します。落雷事故に遭たものの、村の獣人達の皆様に助けていただき、その献身から命を救っていただきました。ご恩をお返しするため村の発展のために尽力すべく、孤児のナナに家族に迎えていただき、村の一員となりました」


ザックリと自己紹介を終えた後、じっとその言動を待つ。さぁどうぞ? あなたの番よ。


「・・・・・」

「こちらはこの国の5大魔法師の1人、オリベ・アソミ様です」


黙ったままのオリベの代わりに、ミルコが紹介した。


そうゆうルールかどうかはわからないけど、それで良いならこちらもそれで良い。って言うか、これ以上何も言う事がないなら退散させてもらって良いのよね?


アオイは、ニッコリと笑って「では」と、その場を後に・・・「待て」しようとしてるのに、再びオリベに止められる。

そのくせ何も喋らない。話が全く進まない。


だからなんだっつうんだ。


「・・・ご用がなければこのまま業務に戻らせていただきたいのですが?」

「業務とはなんだ?」

「昼食の用意です」

「何故そんなことをしている」

「料理人をしていますので」


さっきも言っただろう。とは口に出さない。


「誰の許可を得て、ここの兵士共に飯を配っている」

「・・・ライズ村長とマーク様です」

「その2人にその権限は無い」

「では、私の一存で。何か問題でも?」

「どこの誰とも知らぬ平民風情が、騎士兵士にどうゆうつもりだ?」


なんだコイツ。何が言いたいんだ?


アオイは、チラリとミルコの顔を見るが、ミルコは首を左右に振った。

アオイはこれ見よがしにため息を一つ漏らす。


「私は料理人です。料理を振る舞うのは私の本分ですが?」

「だから、それがなんのつもりだと聞いている」


え〜? なに〜? 意味わかんないんですけど〜。


「オリベ様は料理人にお会いになった事がないのですか?」

「なんだと?」

「私の仕事は食事を提供する事です。他に理由はありませんが、ご納得いただけないご様子。何をお求めなのか私には分かりかねます。よろしければ料理人風情にもわかるようにお話いただけますか?」

「何故料理など作っているのだ。と聞いている!」

「料理人だからです」

「馬鹿にしているのか!?」

「はぁ・・・なんなの? 馬鹿にして欲しいの?」


「なっ!?」

「ひゃ!? アオイ殿!」


「とんだ察してちゃんだわ。何言ってんのかさっぱりだわ。ぜ〜んぜんわかんない。料理人が料理してなんの疑問があんのよ。作ったら食ってもらって当然だろ。質問すれば必ず自分の思い通りの答えが返ってくると思ってんの? それとも語彙力足りないの? しつこい男は嫌われるよ?」


散々挑発して「これでいかがでしょう? ご要望に添えましたでしょうか?」と、再び膝を折る。

おおかた、こちらから一方的に情報を引き出したい故の曖昧な所作なのだろうが、付き合ってらんないよ。

みんなお腹を空かして待っているのだから。


「誰でもいつでも自分の思い通りに動くと思い上がった若造が。相手に物の伝え方もわからん口の聞き方しかできないなんて、無礼を通り越して無能なんだよ」


アオイの挑発するような言葉を、流石にミルコが顔色を青くして止めた。


「アオイ殿!」

「あれ? 口に出てた?」

「オリベ様は若造ではございません![魔法師]は見た目と年齢が違うのですよ!」

「あ、そこ? いや、見た目っていうかその言動がね。初対面の人間にこれって。こっちからすりゃ、オマエこそ誰だよって感じなんだけど?」

「アオイ殿は異国の方なので、ご存知ないのかもしれませんが、こちらは大変権威ある魔法の研究者の方で・・・」

「俺も知らない」

「あら、そうなの? ま、辺境地だしねそんなもんか・・・ここの塔が完成したら住む予定の1人らしいよ」

「へぇ〜」


アオイとナナが、自分を無視して会話するのを、プルプルと震えながらオリベは両手を握っている。


「あ、今日のメニュー汁物メインじゃないんだよね。オリベ様の分無いわ」

「俺のをわけてあげようか?」

「ナナ! なんて良い子! でもいいの子供はたくさん食べなさい。私のを分けてあげるわ。私は違うの食べよ」

「え〜自慢のばーがーだろー! 美味しいって言ってたじゃないか! 俺、アオイと同じの食べたい!」

「ヤダぁナナってばまたカワイイ事言って〜良いよ良いよ〜同じのも食べようね。2個食べたら良いよ2個!」

「ヤッター!」


アオイがナナの頭をもみほぐしながら撫でまくると、ミルコが「え、2個良いなぁ〜」と会話に参加したところで、オリベが怒鳴り声を上げた。


「[真実の球]を持ってこい! 尋問する!」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ダン君達と協力して、みんなに昼食を配って一緒に先に食べちゃって。お願いね」


アオイは、眉間に皺を寄せるナナに言含めて、襟巻きに手を添え「大丈夫よ」と背中を押し出す。渋々頷くナナに「お仕事だよ! 笑顔で! 仲良く!」と声をかけると、ナナは「わかった!」と、荷台をひいて行った。


大人しくオリベとミルコの後に続いて、アオイは[真実の球]のある詰所の椅子に座り、オリベからの言葉を待った。

この人全然喋らない。まぁだって聞くことなんかないのよね。引っ込み付かなくなっちゃってるだけで。


アオイは[真実の球]に利き手を乗せると「さあどうぞ」と、ずっと待っているのだが、かれこれ10分以上、尋問とやらが始まらないのだ。

最初こそオロオロしていたミルコも、眉間に皺を寄せどうしたものかと、考えあぐねている。

昼食を食べ損ねているミルコも災難だ。

アオイは、またしてもこれ見よがしにため息をついた。


「そろそろ尋問、とやらを始めていただけませんか?」


この[魔法師]はなっから威圧的ではあるが、権威を笠にした事は言わないのよね。

『不敬だ!』とか『無礼だ!』とか言って暴力を行使しない。本当にただの()()のようだ。何がしたいんだ。


埒が開かないので、アオイはこちらから歩み寄ることにした。


「オリベ様は何を聞きたいのですか? 何をご不審に思っているのでしょう?」

「得体の知れぬ女が、知らぬ間に集団に紛れ込んでいる。これが不審でなくてなんだというんだ」

「ですから、ずっと料理人だと申し上げていますでしょうに」


[真実の球]が ポワッ と青い光を放つ。

お、もしかしてこれはいよいよ[無職]が[料理人]になったか?

アオイは「ステータスオープン」と、自分のステータスを表示させた。


 アオイ 28才 ♀

 種 族:人間

 スキル:【魔術】

 魔 法:〈水属性〉〈無属性〉

 職 業:料理人

 状 態:健康


おー[料理人]に昇格だ。料理しておいて良かった。


アオイがこっそり感動していると、出したステータスを、向かいに座るオリベが食い入るように覗き込んでいる。


「ステータスが見たかったのですか?」


だったらそういえば良いのに。

オリベは何も答えずジッと表示画面に見入っている。なんなのだろう。


「・・・28歳と、あるが?」

「28歳ですが?」


なんでみんなそこにこだわるんだ?

なんなら、もうすぐ29歳だが、こちらではそんなにアラサー女が珍しいのか?


「何度転生している?」

「え? 転生? 一度も記憶にございませんが?」

「本当の年齢は何歳だ?」

「んん? これが本当の年齢です」


アオイが答えるたびに[真実の球]は、ポワッ ポワッ と、青い光を放つ。


なんでよりによって()()の部分だけ気になるんだろう?


「偽るな! その見た目で28歳など!」

「え、本当に28歳ですけど、来年29歳ですが、歳の数え方が違うのですか?」

「アオイ殿って29になるの?」

「ミルコ様いくつ? まさかお母様と同じ歳とか言わないですよね?」

「俺の母さ、母上は来年34だけど?」

「ギャフン!」


まさか、成人済みのお子さんを持つお母さんの方が年が近いとか〜


アオイが思わぬ方向から大ダメージを受けていると、オリベが追撃してくる。


「謀るつもりかっ、まさかどこぞの間者どころか、魔族魔性の類か!」

「え、もう〜そこも[人間]って出てんじゃん〜なに〜なんなの〜?」

「どう見積もっても20前半そこそこ、小娘なのはオマエの方じゃないか」

「ギャ、流石にそんなに図々しくないわ、無理あるわ」


それとも何か異世界補正がかかっているんだろうか? 化粧か? すっぴんのせいか?


アオイは別に元いた世界でも美魔女とか若い見た目の類ではない。ここでも東洋人若く見える問題発動か。それにしてもオリベ様、意外と良い人なのかも。と、アオイが思っていると「その髪色、その魔力、オマエどこぞの[魔法師]ではないのか!?」とオリベは言い放った。


あ、そこかぁ。


「違います」


アオイは正しく答えた。

[真実の球]も、ポワッと青い光を放つ。


「私の国ではほとんどの者が[黒髪]です。魔力の強さ関係なく」


アオイの答えに[真実の球]は、ポワッと青い光を放つ。

そもそも、猫獣人のナナだってお揃いの黒髪だ。なぜそんなことにこだわるのか。


「そ、んな異国、聞いた事がない!」

「それは知らんがな。そっちの不勉強をこっちのせいにしないでよ」

「んなっ!?」


[真実の球]も、ポワッと青い光を放つ。


「ほらぁ〜」

「どうゆうつもりだ!」

「もぉ〜知らないよ〜もっと芯食った質問しろよ〜」


タイミング良く[真実の球]も、ポワッと青い光を放つ。


「ほらぁ〜」

「黙れ!!」


だって黙ってたら全然この時間終わらないじゃん〜。


アオイは、さっきからいくら待っても嘘をつくまでもない質問しかされない事に業を煮やしていた。


「ここへはなんの目的があって来た」

「新たな美味しい食材を求めております。主にシーフード」


「どうゆうつもりで食事を作っているなどと戯言を言っている」

「料理人なればいずれも美味しいものを食べてもらいたいと考えているものですよ」


「嘘ばかりつくな!」

「も〜嘘なんてついてないってばぁ」


[真実の球]は、全ての答えに ポワッ ポワッ ポワッと青い光を放った。


「あのさあ、さっきから質問の仕方がアホなんだよ。この手の道具には[はい]か[いいえ]で答えられる質問しないと意味ないんじゃないの? こんなの圧迫面接にもならないよ。ねぇ使い方あってる?」

「うるさい! うるさい!」


はぁ〜めっんどくさいなぁ。

アオイは、大きくため息をついた。


「この尋問の目的は何?」

「答える義務はない!」

「じゃあ質問を変えるね。私はこの尋問にどれだけ付き合わなきゃいけないの?」

「黙れ!」

「気づこうよ、もぉ〜・・・マジで無能かよっ!」


ポワッ


「ブフッ!」


タイミングよく青い光を放つ[真実の球]のツッコミに、ミルコがたまらず吹き出した。

おっと。それはまずい。

アオイは[真実の球]から手を離し、静かに[尋問]を続けた。


「オリベ様、あなたがしたいことはただの嫌がらせではないはず。聞きたい事があるならこんなものに頼らず、思考を巡らせはっきり簡潔に言葉にしてください。できませんか?」


おそらく、この[魔法師]は、自分の考えがわからないのだ。

この[魔法師]は、自分の考えに合致する納得いく答えが欲しいだけで、それが真実かどうかが二の次で、何を聞きたいのか定まらない。

だから『不審だ』という考えから『ではどうすれば良いのか』という所まで考えが及ばない。

道具の使い方が拙いのも、これまで誰かの指示に従い、全てお膳立てされた[尋問]しかしてこなかった証だろう。

何年生きて来たか知らないが、自分で考え、自分で謎を解く能力が著しく欠落している、典型的な[指示待ち人間]部下・後輩にしたくないタイプNo.1。


アオイは、再び[真実の球]に利き手を置き直し、ニンマリとアルカイクスマイルを披露する。


「私の名前はアオイ。28歳。人間で料理人。ここには村人達に恩を返すためにいる。今のあなたじゃ、これ以上の情報は得られない。おとといきやがれ」


そして、はっきりと真実のみを話した。

[真実の球]は、まるでその言葉を肯定するかのように ポワッ と青い光を放ったが、本来そのような機能は無い。


オリベが、顔を真っ赤にして立ち上がった瞬間、詰所の扉が勢いよく開かれた。



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