望まぬ邂逅とお説教
「何やってんだろ。寝てんのかな?」
ひとり門前で待っていた騎士見習いのミルコだったが、昨晩急にやってきた[魔法師]は「明朝になったら死体を持って王都に帰る」と言っていたにも関わらず、すでにすっかり陽が昇っているのに、中にいるはずの館が物音ひとつさせない事にヤキモキとしていた。
このままでは、昼食を持ってアオイとナナが村から来てしまう。
「今日は村から出ないほうが良いって言いに行ったほうが良いかも・・・」
ミルコがその場を離れようとしたまさにその時、1番大きな館からオリベが気だるそうに出てきた。
ミルコは足を止め表情を整えると、手を後ろに組みオリベの言葉を待った。
「あれ? 何してんの?」
「遺体置き場まで案内いたします! こちらです!」
「・・・あ、そう」
ミルコは、それまで培った騎士然とした態度を崩さず、キビッとした態度で塔へ向きを変える。
さっさと帰れ。と思っている事は悟られないように。
門扉に昨晩解除した〈護り〉の魔法を掛け直したオリベは、促されるままに、ミルコについて歩いた。
「ねぇ、他の兵士は? なんで門番とかいないの?」
「以前は門番も中の騎士が交代で行っておりました。他の者は通常通り周囲の警備に出ております。[魔塔の館]は〈護り〉の魔法で、使用者以外鉄柵に触れる事もできませんので、残っている者は普段から寄り付きもしません」
「なんか不都合あるか?」と聞き返したいところではあったが、ミルコはボロが出るのを避けるため、余計な事は言わず黙々と歩を進める。
以前の[魔法師]に対する尊敬や憧れにも似た感情は一切無くなっていた。
とにかくさっさと帰って欲しい。そしてなんの憂いもなく美味しい昼食を食べたい。
「こちらの[食糧庫]の中に安置しております」
「あぁ[食糧庫]」
だから館の中に死体がなかったのか。オリベの疑問は1つ解消された。
オリベは、亡くなった貴族がそれぞれのベットに安置されている。と何故か思っていたが、[魔塔の館]はいずれも空っぽだった。おかげで1番良いベットでぐっすり寝られた。
こいつらは20日以上、なんなら死体が王都に運ばれるのは1ヶ月以上先になると思っていたはずだから、この季節とは言え、ベットではなくより涼しい場所に安置したのか。と気づいた。
それにしても、貴重な食料を犠牲にするとはな。と少々憐憫する。
昨晩の対応と違い、どこかオドオドした態度の消えたミルコに怪訝を向けながらも、オリベは素直に従い塔の地下の階段に足を踏み入れる。まもなくただの地下室以上にひんやりとした[食糧庫]に着くと、外套の内側から大きな布の袋を数枚と、書類を数枚取り出した。
「何枚必要かね・・・と・・・」
並べられた遺体は、簡易な保護の魔法が付与された布で包まれ、悪臭も放たず安置されている。一般的な遠征先での遺体の安置方法だ。
「外傷は火傷が少々。いずれも落雷による心停止と呼吸停止による死亡。間違いないね。回復師もいないのに後生大事にポーションを金庫に入れておくとか、随分のんびりした駐屯地さね」
オリベは悪態をつき、その一体一体の首にかけられた[所属タグ]に刻まれた所有者の最後の[死因]を、全て確認し書類にかざし書き写しながら、袋の間口を広げると、貴族達の死体を順繰りに収納していった。
10体の遺体を吸い込んだ袋をクルクルと丸め、新たな袋を取り出しその作業を繰り返して外套の中にしまう様子に、わずかに顔を歪ませたミルコ。オリベは気になったその表情に問いただす。
「なに?[死体袋]も見た事ないの? 狩った収穫物の運搬なんかに冒険者達が使うただの[マジックバッグ]だよ」
「いえ。その袋が一枚でもあれば、石積みが早いな。と。それがあれば塔建設も進みが良いのでは?」
「・・・・・」
全くな話だが、ここには[マジックバッグ]の類も支給されて無いのか? と、オリベは片眉をあげミルコを見返した。
ミルコは、その視線に「失礼しました! 浅慮いたしました」と、頭を下げた。
「無いの? 一枚も?」
「ありません!」
「そう・・・」
オリベは、表情を変えぬミルコの顔から遺体に視線を戻して作業を続けた。
3枚目の[死体袋]を胸にしまうと、気になっていた事を聞く。
「下に大勢の人間の気配があるけど?」
「[労働奴隷]達を牢に入れています。彼らの通常作業は[貴族]の身の回りの世話でしたので、主人なき今、労働を拒否しました。彼ら自身の身を守るためにも牢に“隔離”し、通常と変わらず兵士達が世話をしております」
「へぇ・・・」
「つきましては、彼らも一緒に王都へ帰還させていただきたいのですが」
「え!?」
このミルコの申し出には、オリベも思わず驚きの声を上げた。
「コチラの人数が著しく減りましたので、命令できない我々には作業が増えるばかりで役に立ちません。彼らは[労働奴隷]です。契約者のいないここにいるより、早々に次の持ち主に返した方が有用です」
「そうなの? ・・・あ〜でも無理かな。生きてる人間は[死体袋]じゃ運べないからね」
「そうですか。了解しました!」
表情を変えずに淡々と告げるその様子に「ガッカリだぜ」と言う言葉を感じ取ったオリベは、目を細めてミルコを見た。
「それは命令ですか? ミルコ・リンデン様」
「自分は[魔法師]様に命令できる立場ではありません!」
「そうか? 俺は平民だよ?」
皮肉げなオリベの言葉に、ミルコは素直に自分の知りうる事を答える。
「[魔法師]様はただの平民ではありません」
[魔法師]は、貴族や平民の[魔法使い]とは大きく違う。
苗字があるとは言え、その家名はすでに失われている。
[古代人工兵器]の[魔法師]は、[貴族]と同じく王族に従属しているとはいえ、本来同じ人間として扱われているわけでは無い。平民も貴族もないのだ。
ただ強大な力を持っていて、王の力の一端だ。故にその反応は立場の違う人間により様々だと、一般には認識されている。
そしてミルコは「ただ・・・」と、容赦なく言葉を続ける。
「偉大な[魔法師]様にも、できないこともあるのだな。と、認識を改めました!」
オリベの皮肉げな言葉に、ミルコは屈託なく元気に思いのまま応えた。
これにはオリベも眉間にシワを寄せた。
ミルコは後ろに手を組んで顎を上げ、貴族として言葉を続ける。
「ここでは『無用な人間は予算の無駄である』と、今回亡くなった上官から、常に我々が言われていた言葉を、改めて加え伝えるよう進言します」
オリベは目を細めてミルコを見ると、昨夜とは打って変わっていかにも普通の貴族の子息らしく態度を変えた受け答えに、正しく礼をとって応えた。
「・・・承りました」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
オリベは、一通りの作業を終えると、さっさと帰ろうと[食糧庫]から出た。
来た時とは反対に、ミルコが後をついて階段を上がる。
てっきり塔の最上階に登りきり、そこから帰ると思っていたのに、オリベは普通の人と同じように、塔の出入り口から外に出た。
「獣人の子供、と・・・人間の・・・女?」
「あ、ミルコ様! 本日の昼食をお持ちしました。和牛肉100%パテを挟んだハンバーガーですよ〜っ!」
呑気にメニューを告げるアオイとは対照的に「フシャァ!」と、おかしな音を口から出して、ナナが毛を逆立てて声のヌシを見た。
「なんだなんだ、ナナ、どしたのぉ〜」
ちょうど荷台を引いて来たらしいアオイは、突然様子がおかしくなったナナの頭と耳を、ワッシャワッシャとなでもみさする。ブワっとなってるナナも可愛いけど。
なんと間の悪い。ミルコは、一瞬グッと目を瞑ると、キビッとした態度で返事をした。
「昼食は[台所小屋]へ。来客中ですので後でいただきます」
「はい。かしこまりました。ナナ、行くよ」
昨日とは違うミルコの態度に、ピピっと何かを受信したアオイは、コクリ。と頷き、ぺこり。と頭を下げ、そそくさとナナと共に退散しようとしたが、オリベがそれを許すはずもなく、2人の前に立ちはだかった。
「なぜ獣人の子供が塔に?」
「村からの労働が途切れぬよう、彼らには我々の食事を運ばせております!」
「・・・つまり、“古い契約”の内容を知っているんですね。リンデン様」
「こっ、これ以上の不慮の事態を防ぐため、マーク・ハイルークと共に《神聖契約》の確認をしました」
「なるほどなるほど? 流石ですね。ハイルーク様もリンデン様も」
目を細めて薄ら笑いを浮かべるオリベをみて、ミルコは、こいつも大昔の王と村の獣人達が交わした《神聖契約書》の内容を知っているのだと、直ぐにわかった。
契約書は[魔塔の館]ではなく、自分たちが普段から出入りしている[詰所]の机の引き出しにあったため確認が可能だった。[真実の球]と同じ扱い。問題ないはずだ。でも。
ミルコは、心の中で「ごめんマークっみんなっアオイ殿の存在がバレちゃった」と謝った。
だが、同時に、何故コイツが? と、疑問が浮かぶ。
その表情から、何やらミルコ様の窮地を感じ取ったアオイは、毛を逆立てるナナを羽交締めにして、しれっとその場を去ろうと試みる。
「お取り込み中のようですし、失礼しま〜す・・・」
「待て。オマエは、オマエ、なんだ? なんだその頭は? その髪色、人間? か?」
「え、失礼な。人間ですがナニカ?」
アオイがイラっとしたのに、襟巻きに擬態しているハチが反応して、『コイツが塔の住人の1人のようだよ』と、笑いながら脳内通話を投げかける。
『あら、そうなの? ちょうど良いじゃん。何か家具や調度品に注文あるか聞いてみる?』
『やめておけ』
『だって、村の人達の意外な才能がわかったじゃない? せっかくだから素敵な家具がありますよって売り込むチャンスじゃん』
『売り込みは商人で十分だって』
そうなのだ。いくつか家具を作っているうちに、元から持つ鋭い爪と、アオイが用意した[生活に便利な魔道具]のあれこれを駆使して、猫獣人達が各々家具の装飾に凝り始めたのだ。
元から地引網漁の網を編んだり、古い服を繕ったりと、猫獣人達は手先が器用な者が多いらしい。これは嬉しい誤算だった。新しい労働力の提供と産業が見込める。
アオイが、ブツブツと呟きながらニヤケ出したので、オリベが眉をひそめて「オイ!」と声をかけ手を伸ばした瞬間、羽交締めにされたままのナナの靴が宙に舞い、その足が飛び上がった。
「触んなっ!」
オリベの前に立ち塞がり、その足の爪を受けたのはミルコだった。が、すんでの所で気づいたナナは身を翻し、ミルコの胸当てが真っ二つに割れ ボトリ と落ちる。
あーびっくりしたびっくりしたびっくりした! 我に返ったアオイが慌ててナナを押さえつける。
「何やってんの! ナナ! 謝んなっ!」
「あ、う、だって、だってっ」
「いいえ。今のはナナが悪い。いい、よく聞いて。人間の中にはこうゆう無礼な人間がたまにいるのよ。でも仕方ないの。おバカさんはどこにでもいるの。そんなのにいちいち腹を立てて攻撃しちゃダメ。おんなじレベルの人間になんてなりたくないでしょ? ミルコ様は、ナナがそうならないように間に入ってくださったの! だからちゃんと謝んな!」
『ブフーッ! アオイっそれじゃっまるで喧嘩を売ってるようじゃないかっブフフッ!』
『コラ! 何笑ってんのハチ! メッ!』
「ごめんなさぁい」
「ダ、ダ、ダイジョウブデスッ無事デスッ」
全然ダイジョバナイ! ミルコは気の毒なほどキョドり動悸が早いのが見て取れた。
アオイが、回復魔法をかけようとミルコの胸に手を当てた瞬間、ミルコはその手を掴んで、青い顔のまま首をブブブっと左右に振った。
「あ、うん。ありがと。そうね。ダメよねありがとう助かった。ほら、ナナもちゃんとお礼言わなきゃ」
「ミルコ様、ありがとうございます」
今度はウンウン!と、首を上下に振り、無言で頷くミルコの後ろでは、そのスカした態度がすっかり剥げ落ちたオリベが、鬼の形相で3人を睨んでいた。




