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先駆けの魔法師




ひとしきり皆と喜びあった後、石の切り出しは〈水属性〉でも可能な事を実際に()()()()()()と、「本格的な作業は明日から」と、アオイとナナは上機嫌で村に帰って行った。



その日、夜の帳が下りるころ、それは突然現れた。

塔に住む予定の魔法師の一人が先駆けて塔にやって来たのだ。


空からひとり、音もなく舞い降りた魔法師は[オリベ・アソミ]。この国の国民で彼の名前を知らぬ者はいない。

髪色はダークグリーン。瞳はエメラルド。見た目は25歳ぐらいの青年で、この国の[5大魔法師]の1人だ。


[5大魔法師]は全員[四元素属性]持ちだが、その中でオリベは特級スペルが使える〈風属性〉の第一人者で、指のひと振りで大勢の命を狩る事ができる。

それでも住まう予定の塔の階層は2階。松林から飛び出る最初のフロアで、すでに完成しているが最低階層だ。

4階部分が先ほど完成していたので、あと2フロア分、石を積み上げなければならないが、毎年松林より上、3階部分を以上積み上げると、季節嵐と共に落雷により破壊されている。と、報告を受けていた。


「あれ? これ4階まで出来てんじゃん」


雨避けの、簡単な木の棒に帆布を広げかけただけの仮屋根の縁っぺり、4階部分の外壁に舞い降りたオリベは、帆布をめくって中に入り込み、螺旋階段を降り、4階3階と2階の扉を開けてフロアを覗き込みながら独りごちる。


塔の中から突然現れた男に、見回りの兵士が慌ててマークとミルコを呼んできた。

この塔で今1番階級が高い貴族が、マーク・ハイルーク伯爵家令息だからだ。

2人はすっかり寝支度を整え、自室のベットの上でゴロゴロしていたので、慌てて装備を付け直して[塔]の資材置き場に走ってきた。


アオイが置いて行ったパラソルの下、テーブルセットの椅子の上で、オリベは片手を上げ書類を出しつつ、自分が塔に来た理由を説明した。


「君がハイルーク家の子? とりあえず[犯罪奴隷]達の仮主人になってよ」

「え、は?」

「このままだと死んじゃうからさ、青い血を持つ君がひとまず主人になっておけ。って中央貴族達が決めたらしいよ」

「!?」


オリベは「とりあえず奴隷達呼んできて?」と気だるげにミルコに伝えると、1人残ったマークに聞いた。


「4階まで出来てんじゃん。報告だと3階が()()()()()()って言ってたけど?」

「あ、それは、あの、その後、奴隷達と積み上げました」

「え? 神官達も死んだんでしょ?」

「は、はい。奴隷達の中に〈土属性大〉を持つ者がおりましたので、試しに積み上げてみると、可能でしたので、そのまま・・・」

「・・・へぇ、[主人]でもないのに、奴隷達を使えたんだぁ。ハイルーク様は優秀ですね」

「あ、いえ・・・」

「[犯罪奴隷]の中に元冒険者と王都の兵士が居たって言ってけど、そいつら?」

「お、おそらく」

「ふぅん・・・」


オリベは、王都の会議室で渡された報告書の中にあった記述に、優秀な土属性を持つ元冒険者パーティを[奴隷]に()()()()貴族がいた事を思い出した。

まあ、報告ではそいつも今回の落雷で死んでしまったらしいけど。


「[奉納]から数日で、ワンフロア積み上げたのかぁ。[主人]が居ない方が奴隷の働きが良いのかね?」

「・・・・・」


こちらを一瞥することもなく、独り言のように疑問を投げかけるオリベに、マークは押し黙った。

詳しいことはわからないのは事実だが、アオイの事は中央から来る者達には黙っておくことにミルコと他の兵士達と決めたのだ。

そもそもどう説明して良いかわからないので、迂闊な事を言葉にすることはできない。


オリベは、応えぬマークに、肩をすくめて「私は平民ですので、どうかお楽に」と口角を上げて言った。


お楽に? そんなの無理だ。

〈威圧〉をかけられているわけでもないのに、震えているのが自分の身体なのか周囲のマナなのかわからない。

いつもはうるさいほどの虫の音や夜鳥の鳴き声が一切しない。

ビリビリと肌を刺す魔力にさらされながら、疑いようのない魔力の持ち主を前に、マークが必死に足を踏ん張っていると、目を細めた魔法師は、うすら笑いのまま、また肩をすくめて恐ろしい事を口にした。


「今回の件でここの領主は斬首されたんだ。君達お隣の領地の子なんだろ。今後は両隣で領地を治めるんだってさ。何かあっても対処しやすいからそうゆう事になったみたいだよ」


そしてわざわざこのために作られたというハイルーク家の家紋の[焼印]をみせた。


「君、属性は?」

「火属性の〈中〉レベルです」

「〈中〉か。ま、火属性とは都合がいい。魔力を込めてみて」


手渡された焼印には、火属性の魔石がついていた。

マークは言われるがままに魔石に魔力を込めてみた。

焼印の先が真っ赤な光を放ち熱を持つ。


これを、俺が押すのか? あの奴隷達に?


マークの顔色がみるみる青ざめていく。

オリベは気にする事なく独り言のように話を進める。


「君たち以外の貴族全滅って、神官と文官達まで[奉納]に参加してたのかい? 悪趣味だなぁ」


今回の死傷者は隊、神官、文官含めて20人以上。

一見、落雷事故の恐ろしさを物語っているが、今まで無かったことだ。

到着した早馬の兵士から報告を受けた中央貴族達は、その死傷者の数に面くらい半ばパニックになっていた。


「なんせ隊長が伯爵家当主様本人だったしねぇ。それなのに君達じゃ[カカポート]も使えないそうじゃないか」


そう言ってオリベは白い小鳥を飛ばしてみせる。

[カカポート]とは、この世界では一般的な遠距離通信を可能にした魔法の伝書鳩魔道具だ。

距離によって込める魔力が必要で、貴重な魔石を使っているらしくそれなりにお値段も張る。


「ハイルークは伯爵家だろう? 用意してもらえなかったのかい?」


とは言え大抵の貴族が所有する珍しくもない[魔道具]だったが、マークとミルコは家から支給されていなかった。

それもあり、兵士の1人が事態の緊急を告げるために王都に早馬を飛ばすことになったのだが。


「す、すみません」

「いや、君が謝る事じゃないらしいよ。ハイルーク家とリンデン家の当主はコッテリ搾られてたけど」

「えっ!?」


驚いて顔を上げたマークに、オリベは「余計な時間がかかっちゃったけど大した事じゃないさ」と言葉を続けた。


「これからはハイルークとリンデンの2家がこの領地を管理するんじゃないかな。よかったんじゃない? 領地が増えて」


何もせずとも手に入れていた俸禄にあぐらをかいて、()()()()()()()()()貴族は断罪された。

この領地には、王都でただ超え太ったその貴族の家の者が1人もいなかったのだ。貴族としての最後の仕事ぐらいはしてもらわないと。


オリベの冷えた言葉に、マークは身震いする。

次に何かあればそれは自分の両親が、ひいては現地にいる自分が負うことになる。と、暗に告げられているのだ。


「王都では今回の破壊が無かったのを『尊き青い血』が[奉納]されたおかげじゃないかって、もっぱらの噂だよ」

「それは、こちらでもそうゆう話になっています」

「へぇ! 君たちもそう思うのかい?」


オリベは、初めてマークに目を向けた。

エメラルドの瞳が、興味深そうにマークを見据えるが、そのオドオドした様子に、再び視線を外すと「そもそも[奉納]なんて契約には無かったはずだけどね」と、小さく言った。


「何があったんだろうね?」

「隊長達は止めに入った獣人達を多数殺したようです」

「はぁ!? 人間が殺したの!? 村の獣人を!?」


「あ、はい。亡くなった村の獣人たちは、いずれも剣で殺害されているのを確認しました」

「死体は!?」

「す、すでに村人達によって荼毘にふされ、灰を海に撒いたと、聞いています」

「あー・・・貴族やべぇ《神聖契約》舐めすぎだろ。いや、もしかしたら王族が死んでてもおかしく無かったってことじゃん」


「えっ?」

「あ、知らない? ま、良いや。それも報告にあったはずだからね。だから断罪か。自業自得だね。君、奴隷持ってる? やったことある?」


オリベは、着ている外套の内側から書類の束を取り出すと、何に納得したのか、死んだ貴族達に興味をなくしたのか、話題を奴隷契約に戻した。

マークが手渡された書類は、神官の名のもとに作成された《神聖契約書》で、王の名と《国璽》のある[財産の譲渡契約書]だった。

譲渡、とは言ってもすでにある〈隷属魔法〉の上書きだ。それが[犯罪奴隷]の人数分きっちり8枚あった。

マークは、受け取った契約書を1枚1枚ちゃんと読み込んだ。


条文によると、[犯罪奴隷]が主人から離れていられる期日はたった2週間だった。

後3日、ギリギリじゃないか。

身体のどこかにある奴隷の焼印が発火し死ぬらしい。信じられない仕打ちだ。

奴隷は、主人が変わるたびに焼印を押されるのに、主人には契約上のデメリットや罰則は一切記述がない。ただし財産とはいえ奴隷は生きた人間だ。その持ち主には奴隷のした事に責任が伴う。だからこそ生かすも殺すも自由なのだが、今回の件はその力を行使したとしてもマークやハイルーク家がなにかマイナスになることはないらしい。


契約書を読んだマークは、思わずため息をついた。

その様子に、オリベは片手を上げて呆れたように言った。


「1日2、3人に分ければ3日で十分間に合ったろ」

「え、今から全員契約しなおすんじゃないんですか?」

「君の魔力を契約に使うんだよ? 大変じゃない?」

「あ・・・」


すると、ミルコが[犯罪奴隷]達8人を連れて戻ってきた。


「あ? あれっ?」

「なんだ。みんな連れてきちゃったの。誰から契約し直すか揉めた?」


マークはその姿に驚いて声が出たが、すぐに理解して押し黙る。

[労働奴隷]達は皆、元の薄汚れた貫頭衣を着て裸足だった。

跪く8人の奴隷を見て、皆が今、同じ事を考えているのだと理解した。


「若い奴らから・・・」

「いえ、全員、今・・・今日中に契約します」


若い騎士見習いは、ビアの言葉を遮り気合を入れる。

マークは、ついさっき()()()とハイタッチした事を思い出す。


死の恐怖に怯え牢にいた奴隷達が、塔の一角を作り上げ、立場関係なくその喜びを分かち合ったあの瞬間を。白い牙を見せ笑い合った自分より若い獣人を。その中心で輝くほどの光で自分を照らした料理人を。


『これでみんなでいっしょにごはん食べれる!?』


なぜか上がってしまう口端を隠すように、俯いたマークは持っていた[焼印]に魔力を込めた。


「では、まずは私を・・・」


名乗り出たのは年嵩の奴隷。

緊張と怯えで震えるマークに近づいたヴァニスタが、頭を下げたままヒソリと呟いた。


「ヴァニスタです。私は〈身体強化〉が使えます」

「・・・わかった。頼む」


ヴァニスタが衣を脱ぎ、露わになった上半身には、無数の[奴隷印]の(あと)があった。

マークの顔が歪む。


「そ、どこに?」

「どこでも大丈夫だ。がんばれっ」

「っ! ・・・『神が認めし《神聖契約》の下、我がマーク・ハイルークの名において、汝[犯罪奴隷]ヴァニスタと隷属の(しるし)を示し契約す』!」


ジュッ!


ギュンと魔力を吸い取られるのを感じたが、痛みに声もあげず耐える男の顔と、たちこめる人の肉を焼く不快な匂いに、[焼印]を握るマークの手が緩む。

ヴァニスタは、身を乗り出し、自ら[焼印]に身体を押し付けた。


マークとヴァニスタの身体が ポワッ と光を放つと、同時にマークが握っていた《奴隷契約書》も光を放ち、契約が為された事を示した。


ミルコが、うずくまり地面に額をつけたヴァニスタに駆け寄り、傷口に水をかける。

その様子に、オリベが眉間に皺を寄せた。


「・・・ふぅん?」


「っ次、お願いしますっ」

「イーラです。〈火属性大〉持ちです。火力は強い方が苦痛が少ない。ご助力できます」

「助かる・・・『神が認めし《神聖契約》の(もと)、我がマーク・ハイルークの名において、汝[犯罪奴隷]イーラと隷属の・・・』」


ヴァニスタとおなじように、イーラが光を放つと、そのまま グラ アケディ トリスと契約していったが、とうとうマークが吐き戻し、その場に膝をついてしまった。

興味が逸れたのか「中の中ならまあそんなもんだろう」と、オリベが背もたれに身体を預けて視線を外したが、マークは助言を断った。


「あとは明日でも良いんじゃなぁい? 魔力枯渇、苦しいでしょ?」

「ぐ、い、いえ、問題、あ、ありま、ありませんっ」


支えてくれるヴァニスタとイーラを背に、マークが口を拭って顔を上げた。

ミルコがハラハラとしながら、両手にすくうように水を出す。

次に控えていたラクスが「魔力が回復してからでも大丈夫だ」と、ひそりと告げるが、マークは首を横に振った。


「大丈夫。はや、早い方がいいんだっ、こんな事、さっさと済ませてしまおう」

「・・・ラクスです」

「『神が認めし《神聖契約》の(もと)・・・』」


ポワッ


「アヴァリです」

「『神が認めし《神聖契約》のっ・・・』」


ポワッ


マークは息も絶え絶えで、よだれと涙にまみれた顔を腕で雑に拭いながらも、〈身体強化〉で自分を補助するヴァニスタとイーラに支えられ、その場に踏ん張った。


奴隷達の負担を減らすため懸命にそこに有ろうとする若い騎士見習いに、最後の1人となったビアはこうべを垂れ胸に手を当てると、心からの敬意を示した。


「ビアだ。見直したぜ()()()

「『神が認めし《神聖契約》の(もと)、我がマーク・ハイルークの名において、汝[犯罪奴隷]ビアと隷属の(しるし)を示し契約す』!!」


ポワッ


マークとビアが光を放つ。


「マークっ!」

「これで、みんな、もうだいじょ・・・ぶ・・・」


ミルコがビアに水をぶっかける最中、マークはその場に倒れ込んでしまった。

宣言通りにやり切ったマークを、オリベは目を細めて見下ろした。


「へぇ・・・」

「騎士見習いマーク・ハイルーク魔力枯渇による気絶にて、以後の指示は、ミルコ・リンデンが引き継ぎますっ」


契約したばかりの奴隷達が、マークの身体を支えている。

それを背に、騎士然と目の前に立ったミルコの言葉に、オリベはつまらなさそうに応えた。


「以後もなにも、約3ヶ月後の定期入れ替えで貴族達が来るまで、なんの指示もないよ。死ぬ奴隷契約の引き継ぎだけで、他に指示は無いんだ」

「では、本日オリベ様は、このまま王都にお戻りになるのですかっ」


ミルコの言葉に、オリベは細めた目をミルコに向けた。


「なに? さっさと帰れって?」

「いいえっ突然の事で連絡もなく、宿泊の準備など全くしていません。少々お時間いただけますかっ」

「・・・貴族達が使ってた館で適当に夜明かしするよ。どうぞお気遣いなく」

「了解しました。付き添いを2名準備しますっ」

「結構。どうせ他の兵士じゃ入れないでしょ」


気づけば辺りはすっかり暗くなっていた。

オリベは、「明朝、貴族達の遺体を持ち帰る。こちらはこちらでやる事あるから、声をかけるまでほっといて」と告げ、さっさと背を向けた。



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