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騎士見習いと奴隷の靴



「アオイ殿は、やはり平民の女性とは思えない」


夜もふけきり、すっかり居心地の良くなった部屋で、2人きりになったマークが、隣に寝転ぶミルコに話しかけた。


新しい設えの部屋には、前と同じくベットが2台しかない。


他の平民兵士達の部屋は、平屋3棟に4・4・5人に分かれて生活していたが、今晩から入り口から向かって両壁に3台ずつの天蓋枠付きベットが6台、通路を開けて足が向かい合うように並べられているので、2・2・1の空きベットの分部屋が狭くなったはずなのに、天蓋枠に目隠し用の布をかければ、プライベートな空間が簡単に作れるようになった事で、前よりずっと広く感じると、皆口々に言っていた。

貴族平民に関わらず、家族以外に素足を見せるなぞ恥ずべき行為と散々躾けられたため、つい今朝方までは、靴を脱ぐのもままならなかったというのに、今は〈水魔法〉が無い者でも、人目を気にせず気兼ねなく身を清めることができ、プライベートな空間で靴を脱いでくつろぐことができると大喜びだ。


「このベットマットも、素材はなんだろう。柔らかいのに硬い不思議な感触。毛布も軽いのに、重量があるみたいに体に吸い付く。すごくすごく不思議だ」

「こんなのを、村に元々あった素材や、ダンジョンから採れた素材を加工してすぐにつくれるものか?」


せっかくプライベートな空間を確保できるようになったって言うのに、マークとミルコときたら、以前と同じように奥の壁にベットヘットをつけ、向かい合って座っても膝がつかない程度だけ通路を開けてベットを並べ、カーテンを閉めもせずこうして顔を見てダラダラと話している。

2人は幼馴染な上、寄宿制の魔法学園入学時から同室なので、本当の兄弟よりも付き合いが濃くて長い。文字通り24時間一緒にいる。

それ以前に、ミルコはなんでも開けっぴろげな性格なので、素足どころかそれ以外にも体の隅々まで、マークはどうせ見て知っているのでいまさらだ。

今だって、上官にはとても見せられないようなだらしないポーズで、新しいベットマットを堪能していた。


「この寝具を作ったなんて、まるで腕利の[魔道具師]みたいだ」

「でも[魔道具職人]なら魔石に魔力を入れるところを見たことないわけないだろ」


マークが[加熱]の火の魔石に魔力を充填して見せると、アオイは目を輝かせて驚き喜んでくれた。

ミルコも、張り切って[加水魔道具]の水の魔石を充し[シャワータンク]に設置してみせると、使うのはこちらの方なのに、我が事のように手を叩いて喜んくれたのが嬉しくて、10も年上の女性相手になぜかドキドキした。

『早く村人達の分も買えるようになるといいな』と、残念がっていたので、いつか余分な水の魔石を手に入れたら、アオイ殿の家の分だけでも分けてあげられたらいいなと、考えてしまったほどだ。


「やっぱすごい商人なんじゃ?」

「でも[真実の球]は料理人だって」


ミルコは、料理もめちゃくちゃに美味かった。あれもどれも見たこともない料理だったけど。と、ベットの上をゴロゴロと転がりながら、マークの話を聞いていた。


「魔法師でも無いのに、平民であの魔法はおかしいよ。きちんと制御できてるみたいなのに、魔法の事全然知らないのは学園には通ってないからだよ」

「じゃあやっぱどっか高位貴族の落とし胤とか?」

「見事な濡羽色の黒髪で無詠唱だぞ。絶対普通じゃない」


髪の色が濃ければ濃いほど魔力が高いと言われている世界で、マーク・ハイルークの髪色は朱色で、ミルコ・リンデンの髪色は浅葱色だ。

2人とも魔力は中の中と言う貴族としては一般的なレベルで、扱える詠唱〈スペル〉は3つほど。いずれも〈中級魔法〉が限界だ。

特別な 祝 福(ユニークスキル) も無い平凡な貴族令息。家で適当な婚約者を用意されなかった2人は、どこかに婿入りする気も無かった。だからこそ騎士を目指した。騎士は一代限りとはいえ騎士爵。貴族のままでいられるのだ。

貴族が通う[魔法学園]に、《祝福の儀》を受ける7歳から、成人する15歳まで通い、そのうち6年を騎士科で過ごすと、卒業後騎士見習いとして[魔法師の塔]に派遣された。


2人はウルガス伯爵領を挟む、両隣の領主のいずれも三男坊ではあったが、『剣を捧げる相手は自分で見つける』と、早い段階から騎士になろうと目指してきた甲斐あって、順当に騎士見習いとなったのに、まさか卒業後()()()実家から[魔塔の建設地の護衛]として国に差し出されるとは思わなかった。

『できるだけ近くに』『なるべく安全な地に』という親心かとも思ったが、派遣されてから2年、[ウルガス領]の東側のハイルーク伯爵領にも、西側のリンデン子爵領にも一度も帰っていないのにも関わらず、家から何か便りが来たこともない。

自ら避けている実家であるくせに、『体良く追い出された子息がやらかすよりは、手柄なぞ上げずとも家に迷惑をかけなければそれで』と、実に貴族らしい理由からここにいるなど、考えたくは無かった。


とは言え家を継ぐ長子が、特段魔力が強いわけでもなければ、特殊スキル持ちなわけでもない。特別何かに秀でているのでもない。ただ、先に生まれただけの存在だ。能力の差などほぼ無い事も解っている。


何せこの国には[古の人造兵器・魔法師]が多数存在している。

ここでは、その中でも特に魔力の強い5人の終の棲家を作っているのだ。

王都の城や外壁より高い、毎日目の前にそびえる塔の高さが、いやが応でもその格の違いをみせつけ、もはやいっそ清々しくさえあるのだ。


「アオイ殿って、どこぞの魔法師って事は無いよな?」

「種族:人間って出てたぞ」

「高位魔法師は[真実の球]を欺けるって噂が本当なのかも。見た目がアレなのも、魔法師は転生を繰り返すから、異常に短命か長寿で、見た目と年齢が異なるって言われてるじゃないか」

「稀とはいえいまだに[魔法師]は[先祖帰り]で貴族の家から産まれるもんな。塔に住む予定の5人の家名は既に辿れないから爵位も無いんだろ? マークんちは伯爵家じゃん。誰か1人でも会ったことないの?」


この国の5大魔法師は、全員〈全属性〉持ちで、それぞれ得意な属性の〈スペル〉は〈特級魔法〉を使いこなし、1機単体、で騎馬100騎・歩兵100隊分の戦力を殲滅できると言われている。


「催事でチラッとみるだけだよ。王都から最南端の田舎の伯爵領主の三男が[魔法師]をみる機会なんて平民と変わらない。ミルコんちだってそうだろ?」

「ウチなんて。だから塔ができたら俺だけ絶対に会えるじゃん? 楽しみでもあるんだよね」

「そうか? 俺はちょっと怖いよ」


肩をすくめたマークは、それまで座っていたベットに寝転び毛布を直した。

寝心地の良くなったベットマットの上で、寝返りを打ちながら、ミルコが何かを確認するようにマークに問いかけた。


「あの魔法・・・ねえマーク、アオイ殿はやっぱり聖女様かな?」

「バカミルコ! 聖女なんて〈光属性〉じゃん。〈光属性〉の[魔法師(先祖帰り)]が出るのは公爵家だぞ。そこのご落胤なんて・・・」


すると、ガバっと起き上がったミルコが、ベットから身を乗り出してやけに嬉しげに答える。


「絶対黙ってたほうがいいよね! ね!」

「ははっだな。高位貴族に関わるなんて、ろくでもない目にしか合わないよ」


ため息をひとつついてから、マークはミルコに同意した。

マークには、アオイ自身がそう思っている確信があった。

そして、それはどうやらミルコも同じらしい。


「建つかな。塔」

「建つといいな」


そしたらその後も[ウルガス]に残れるように志願しよう。

そしてできることなら、アオイと共に自治を取り戻した獣人達と[魔塔の村]で暮らせるようになるといいなと、考えながらマークとミルコは眠りについた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「オマエ、良い歳してもう泣くなよ」

「だって、う、ぐ、だってっ」


新しいベットに並んで腰掛け、あれからずっと泣いているトリスを、ラクスがずっと宥めている。

2人は兄弟だ。兄のラクスは、25年間一緒にいる弟が、こんなに泣いているのを見た事がない。2人が子供だった頃に両親が死んだ時も、こんなに泣いていなかった気がする。


「とま、止まらないんだ」

「あぁ、わかったわかった。好きなだけ泣いとけ」

「う、兄さん、俺達、ぐ、死ななくて、済んだ? う、うぅ、死なない?」

「う、う〜ん・・・わからんよ」


男泣きしている弟の気持ちはわかるが、主人から離れた奴隷が死ぬ話は聞いた事はあれど、目にした者の話を直接聞いた事はない。

ラクスは、ここで1番年上のビアに聞いてみる事にした。


「なあビア、俺達って、実際主人とどのぐらい離れていると死ぬんだ?」

「俺は見た事ない。こんなかで[犯罪奴隷]歴が1番長いの誰だ?」


ビアの問いかけには、同じオッサンどもが答える。


「ヴァニタスか?」

「俺3年。見たこたぁ無いなぁ。アヴァリは?」

「俺はまだ2年だよ」

「そうなの?」

「ここが初めての労役場だ」

「マジか。じゃやっぱりビア?」

「俺達も丸2年だ。ここでの石積みしか知らん」


ヴァニタス、アヴァリ、ビアが30を超えているが、親に売られた奴隷に比べたら、皆経験は浅かった。それも奴隷の中では1番死にやすいのが[犯罪奴隷]と言われる所以か。と、ビアがため息を漏らす。

それなのに意外にも、泣いている弟を慰める兄が名乗りをあげた。


「俺達、ここで10年石積みしてる」

「マジか!」

「んじゃ、結局ラクスとトリスが知らないんじゃ、誰にもわからんだろ」

「10年いて、こんな、う、こんな事してもらったの、は、初めてでっ」


言い出しっぺのラクスとトリスの話を聞いて、そりゃ泣くわ。と、皆でしんみりしてしまう。

自分達もこれからそうなるのだ。

落ちた時からずっと裸足で過ごして来た奴隷が、誰かから靴をもらうという行為は、人として尊重された証。そんな話は冒険者だった頃も聞いた事がない。

その上俺達は犯罪者だ。真新しい服や寝具よりも、ずっと信じられない事だった。

ずっと黙っているイーラも、アオイから受けとった靴をそのまま履かずに、ずっとベットの上で撫でている。

あのお嬢さんは、アオイは、この靴の価値をきっとわかっていない。


ビアは、自分の靴を見てため息をついた。


塔に来ていた貴族達は、年に一回王都に帰る。

その1ヶ月間も、[犯罪奴隷]は一緒に連れ帰っていたので、実は主人である隊長と1日も離れたことがない。

王都までの10日は下働きを、王都についたら証文持ちが変わるので、それぞれ王都の外壁修繕の石積みをして過ごし、そしてまた貴族達の帰りの下働きをしつつ塔に戻ってくるのだ。

因みにその1ヶ月は代わりの貴族がちゃんと来て引き継ぎをするので、残された奴隷達に休みは無い。

[労働奴隷]の期限が来た者のみが、王都への帰還に同行するのだが、その帰還が毎年[奉納]の後だったので、[労働奴隷]は、それまで働かないで過ごそうと考えたらしい。


10人全員が期限というわけでもあるまいに。愚かな事だ。と牢にいる時ビアは思った。


「行って帰ってくる20日じゃ間に合わないから、いちいち連れ帰っていたんだろ?」

「何日経った?」

「10日は過ぎた」

「じゃあ後10日・・・」

「決まったわけじゃ無いだろ・・・」


部屋に再びしんみりとした空気が満ちる。

冒険者をしていた時は、こんなに死を恐れていただろうか。


ビアは再び深いため息をついた。


仲間を助けるためとはいえ、パーティのリーダーをしていた俺の力が足りなかったせいで、まだ若いアケディとイーラにまで、こんな人生を選択させてしまった。


ビアは悔恨の思いで自分の靴を手に取りするりと撫でる。


俺にはこの靴を履く資格がない。


すると、それまで黙っていたイーラがポツリと言った。


「俺、死なない気がする・・・見て・・・」

「な、バ、ヨセっ!」


イーラは手元にポワリと小さな火を灯した。

[足輪]をつけた奴隷は、主人の許可無く魔力が使えないように[制約]がかかっている。はずだ。

魔法を発動させれば、[足輪]にたちまち激痛が走る。はずだ。

それなのに、イーラは手の中の炎をだんだんと強めていった。


「魔法が、使える・・・!?」


皆が一斉にイーラの元に集まって来た。

ビアも利き手の上に炎を出した。それなのに、[足輪]も胸の[奴隷印]も沈黙したままだ。

それを見たアケディは自分の[足輪]に迷わず触れた。

何も起こらない。それはまるでただの金属の足輪のように冷たい触感が手に伝わるだけ。


「魔法がっ! 使える!!」


ブワリっ と部屋の中の魔素が揺れた。

グラが〈ファイヤーボール〉を発動させた。グングンと両手の中で火球が大きくなる。


「よ、ヨセ!」

「あ、あわっ!?」


グラの前髪がチリリと焦げたところで、ヴァニタスがグラの手を掴みとり、アヴァリが水をかける。

火球はジュワリと音を立て、白い湯気と共に消え去った。


「は、はは、あははははっ!?」

「オマエらぁ・・・」


俺達は、奴隷になってから初めて、声を出して笑い合った。



[犯罪奴隷内訳]

元冒険者パーティ 石積み2年目

ビア 32歳〈火属性大〉〈風属性大〉

アケディ20歳〈土属性大〉

イーラ 18歳〈火属性大〉〈闇属性〉

もう1人いた回復系のメンバーが、騙されて引き抜きにあった。

騙されていた事に気づき、借金返済を手伝ったが、間に合わなかった。

その後回復役は借金のかたに別パーティに引き抜かれ、借金だけが残り、返済不可で[犯罪奴隷]落ち。


元同貴族護衛隊所属兵士 石積み2年目

アヴァリ 32歳〈土属性大〉〈水属性小〉

グラ 19歳〈火属性大〉

隊の一人がリークした情報をもとに貴族の護衛の失敗。

リークした隊員は断罪されたが、その責を負わされ隊ごと[犯罪奴隷]落ち。


元冒険者兄弟 石積み10年目

ラクス 26歳〈土属性大〉〈水属性小〉

トリス 25歳〈土属性大〉〈火属性大〉

他3人のパーティメンバーがいたが、村を襲ったモンスターの討伐失敗で死んだ。

命だけは助けようと治療費を借金したが、結局助からなかった。返済不可で[犯罪奴隷]落ち。


元伯爵家使用人(暗殺者) 石積み5年目

ヴァニタス 30歳〈無属性〉〈闇属性〉

主人の命令で、貴族に紐づく犯罪集団を潰した報復で[犯罪奴隷]落ち。

逆恨みの冤罪。不名誉だが、元の飼い主の貴族が嫌いだったので、まあ良いかと思っていた。


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