犯罪奴隷
[奴隷]達の[小屋]と、兵士たちが普段寝泊まりしている[小屋]の外壁の一角に、それぞれ5人同時に使える[シャワーブース]を設え、村人達と加工しておいたていの[天蓋枠付きベット]を組み上げ設置した。
兵士達の住まいは、塔の資材置き場や詰所とは反対側に小屋が4軒あり、塔と同じ材質の石壁石床で、重そうな木材の扉の中はワンフロアで、窓はあったが観音式の鎧戸があるだけ、ガラスははまっていなかった。
いずれも同じ大きさの平屋だったが、マークとミルコは、一応貴族令息だからであろう。その1軒を2人で使っていた。ベットも奥の壁に2台だけと広々している。
入り口を入ってすぐの壁に、装備をかけ置く木製の棒組みがあり、そこにごちゃごちゃと色々置いてある。
あとは、すのこベットの上に厚手の敷布と毛布があり、足元に木箱があるだけとプライベートが皆無だったので、簡素だが釘を使わず木組した取り外し可能な[天蓋枠]をつけてあげると大変に喜ばれた。
元々の設えと同じく、壁に3台づつ6台ベットを並べる。ついたてを置いて、入り口側にテーブルと椅子をサービスして、空いてるベットに、ごちゃごちゃ置いていたものをまとめてもらった。
カーテン的な目隠しに使う布は、シーツか何かがたくさんあるそうなので、各々で用意してくれることになった。
アオイの手持ちにも、ベットカバーにもラグにも使える、いかにもアウトドアなマルチカバーが3カラーぐらいあったのだけど、オルテガ柄は流石にカラフルすぎるから、村でだけ使う事にする。
代わりに「今はこれしか無いから」と、マークとミルコの部屋にだけ、獣人達と作った[レターデスク]も設置した。椅子は元からあるのを使ってくださいな。っと。
そのさらに手前に3軒あった奴隷達の小屋も、家具こそ何もなかったが、同じ作りで同じ広さだったので、部屋のみんなで使う入り口にテーブルとベンチを置いて、その奥に[天蓋枠付き木組ベット]、ベット下にカゴと木箱をそれぞれに置いた。
1番人数が少ない[借金奴隷]の部屋が広々使えるのが皮肉だ。
[犯罪奴隷]の部屋は手前のフリースペースが少々狭くなるが、ベットを4台づつ置くことで事なきを得た。
「働けない」と言っていた[労働奴隷]達の部屋にも、一応ベットと簡易シャワーブースは設置した。二段ベットだけど。人数分5台並べると流石に通路分のスペースも余裕がなくなってしまうので、6台の二段ベットでなんとか納得してもらおう。
板の間だけで寝台もなかったんだ。期限が来たら入れ替わる人達らしいしこれでいいだろう。
他の貴族である騎士や神官・文官達が各々使っている、大きめの平屋が数軒、塔の真裏、こことは少し離れた場所にあるらしいが、塀と鉄柵で囲まれているらしいので、そちらの区画には近づきもしなかった。残念ながら内装はわからない。
木材を運ぶ偽装のために、村と塔を何度も行き来するのが煩わしかったが、午後だけで今いる[塔側の住人]全ての居住空間(仮)の改装を終わらせる事ができたのは、皆それぞれにとても器用で力のある[犯罪奴隷]8人の大人達の協力が得られたおかげだと、アオイは思った。
「たいしたもんだ」
ベットの組み立て設置を手伝ってくれた[犯罪奴隷]のビアが感心して、最後に組み上げたベットを撫でている。
いずれも大変に協力的で、落ち着きを取り戻した今、あんなに叫んで悪態をついていたいたトリスでさえ、とてもしおらしくなってしまって、全く犯罪者には見えなかった。
おまけに、シャワーで身綺麗になった彼らは、大変に美しかった。
「なんだろう? この国の人は皆さんとても美しいですね?」
「え、は? 何言ってんだ?」
「物知りで生活力があるうえ、強そうだし、背も高いし、カッコいい。羨ましい」
満足そうに部屋を眺めているビアを、隣に立って見上げたアオイは「筋肉美が芸術的」と素直な感想を告げた。
聞けば皆元冒険者や傭兵で、クエストの失敗による[契約違反]に伴う支払えなかった罰金や[借金の踏み倒し]で[犯罪奴隷]になった。という事で、人殺しや強盗などの凶悪犯では無いことにアオイは安堵した。
「皆さん良い人そうで良かった。おまけに話しやすい」
「な、バカな。そんなわけあるか」
「あはは。お嬢さんが思うような凶悪犯は、みんなその場で即死刑だよ」
「直接強盗に関わっていない盗賊の一味や、悪質な詐欺師なんかは[開拓地送り]や[鉱山送り]になるから、捕まった犯罪者と一般人はあまり同じ場所にはいないな」
「なるほど〜」
ビア達の答えに、この世界に裁判とかあるのかわからないけど、それなりに[犯罪者]にラインがあるようだと察する。
そうだとしても、ここにいる[犯罪奴隷]達も、犯した罪な関係なく[終身刑]なのかと思うと、アオイは痛む胸を抑えた。
「今から借金を返しても奴隷のままなの?」
「・・・金を稼ぐ術がないんだよ。お嬢さん」
「俺らがやっていることは労役“刑”だからね」
「そう・・・」
確かに借りたお金を返さないのは悪い事だけど、いくらでもでっちあげができるシステムに思えて気に入らない。
[借金奴隷]は、親の借金を返すために若いうちから労働させられ、[犯罪奴隷]は、生涯をかけて労役刑を課せられる。
なんだか、権力者がてい良く労働力を得ているだけな気がするな。とアオイは眉を顰めた。
「お嬢さんは知らないのですね。奴隷はね、金で買うことができるんだよ」
「イーラ。やめろ」
「主人が変わるだけで扱いがだいぶ違うんだ」
「やめろ。それ以上口を開くな」
ビアの低い声が、イーラの言葉を止める。
奴隷の中にもなんらかの序列があるのか? アオイは、2人の関係性を探りつつ、質問を続けた。
「いくら?」
「え?」
「皆様いくらで売られているの?」
「・・・聞いてどうする?」
「村の人でも買えるのなら買っておいたほうがお得かな。と、思ったけど、獣人が貴族と交渉するのは無理かな?」
「・・・・・・」
「獣人の奴隷になれと?」
「なぜ私が買うと思った?」
「・・・いや」
しばらくの沈黙のあと、イーラはそれ以上何も言わなかった。
イーラはこの中では1番若く見える。色々思惑があるのだろう。
とは言え、何でもかんでも助けると思われるのはごめんだ。何せ金は鐚一文持ってない。
それになんだよ。がっかりだよ。御し易い優しい主人に買われたいんじゃないのかよ。
アオイは、目を細めてイーラ達を見た。
「貴族よりはマシかと思っただけだったんだけど、所詮皆様も鎖を自慢するタイプの奴隷なのですね。残念だわ」
アオイは、たっぷりと皮肉を込めてにっこりと微笑むと、隣にいるナナの頭をグリグリと撫でさすった。
「私は獣人の村で暮らすしがない料理人ですから、村人の交渉ぐらいしかお役に立てませんとも」
「俺も要らないよ?」
「そうね。私がいるものね」
「ハチもいるしな」
「ね〜。明日もまた3人でダンジョンに行こうね〜」
「ね〜明日はコッコいるといいね」
「な、だ、ダンジョンに入っているのか!?」
「お嬢さんが!?」
「アオイ様は魔法師なのですか!?」
これには、ラクス アヴァリ ヴァニタス の3人が食いついた。ビアと同じく、いずれも体格が良く、歳もアオイと同じくちゃんと大人に見える。
反してグラとイーラは、騎士見習いのマーク達と同じく若く青い。トリスとアケディは幾分上かな。
全員、元冒険者や何かしら職業についていた人達らしいと言っていたし、[石積み]の仕事より、ダンジョンはやはり気になるところなのだろう。
「ダンジョンに入ったのですか?」
「まさか、酒を置いてきたの!?」
新しい家具を触っていたマークとミルコが驚いて会話に入ってきた。
「午前中にちょっと。残りのお酒と調味料を置いてきましたよ」
「そ、そんなぁ〜」
「ミルコ様ったら。もしかしたらたくさん採れるようになるかもしれないじゃないですか」
「じゃあもう無い? 一本も?」
「フフフっマーク様まで〜」
曖昧に返事を誤魔化して、確実に採れるようになってから手持ちを出そうと、アオイは正直にダンジョンのことは話しておくことにした。
もちろん、隠し部屋のことまで言うつもりはない。自治が戻るまでは村人だけの秘密にするつもりだ。
「いや、危険では無いか! 女性がダンジョンなど!」
「全然危険な事などなかったですよ? ナナが兎を狩ってくれたし、お昼のお肉はそれですよ」
「なんて事を。次からは兵士をつけますよ!」
「騎士衛兵様方のお仕事を増やすわけにはいきません。契約書にも『貴族と獣人は互いに過度な干渉は避けよ』とありますし、食事を提供するのが今の私たちの仕事なのですから、材料の調達も、もちろん村で賄いますとも」
「そうは言っても・・・」
「深くは入りませんし、マーク様もミルコ様もどうかご心配なく。兎狩りならナナ1人だけで事足りてますよ」
アオイは、ナナの頭をグリグリと撫でた。
ナナが「ゴロゴロ」と喉を鳴らす。カワイイ。たまらん。
「しかしもうすぐ[シルクスパイダー]の繁殖期に入る。いくら獣人とは言え、子供1人が護衛では心許ないのではないか?」
「あ、でかい蜘蛛」
そういえばそんなのがいると言っていたな。と、ビアの助言に少々怯む。
アオイはナナの顔を見た。
ナナは「平気だ」と喉を鳴らしている。
ナナは1人でダンジョンの中で寝泊まりしていたらしいが、でかい蜘蛛とは、果たしてどのぐらいのデカさなのだろう。
「騎士様、[石積み]が再開されるまで、アオイ様の護衛を我々に任せていただけないだろうか?」
「そ、それは願っても無いが・・・」
「俺、それいや。臭い。嫌な匂いがする」
ビアがマークに護衛を願いでたが、ナナがビア達が付けている[足輪]を指差し拒絶した。
「それは何? 他の奴隷達はつけてないけど、なんの装飾品?」
「罰則具だ」
「え!?」
「主人が彼らに激痛を与える」
当たり前のように答えたビアとマークの返事に、アオイの顔が歪む。
牢の中で鎖がついていたそれは、今はただの金属製の[足輪]に見える。
意にそぐわぬ事をしたら激痛を与えるなんて、そんなのただの拷問じゃ無いか。
「絶対つけてなきゃいけないの?」
「俺達はコレに触れない」
「・・・・・」
アオイの質問にはイーラが答え、ビア達が黙ったので、アオイはマークに視線を向けた。
「逃亡防止だ」
「だってもう逃げないって」
「俺達では外せない」
「・・・・・」
答えたマークとミルコもそれ以上は黙ってしまった。
この感じ『絶対つけていなければいけない物』では無いらしい。
だって契約者と一定期間離れたら死ぬのだ。つけている必要無いじゃん。とアオイは思った。
「ねぇナナ。臭わないようにしたら一緒に居てもいい?」
「ん〜・・・」
「よく洗ってあげるわ。どう?」
「ハチが良いっていったら良いよっ!」
「そうね。聞いてからにしようか」
アオイは、襟巻きに手を添え聞いた。
擬態して首に巻きついているハチは『アオイがいいならいいんじゃない?』と、あっさり答えた。
「良いって」
「また〜ハチは〜アオイを〜甘やかして〜」
「なんだ〜? ナナがそれで良いって言ったんでしょ〜!」
アオイが、口を尖らせ不満を言ったナナの腹を、コチョコチョとくすぐっているのを、皆がただ惚けて見ている。
「はい! んじゃ、みんな足洗ってあげる」
「「は!?」」
マークとミルコが驚いて声を上げた。
「ついでにサイズ測ってブーツも支給しようかな」
「アオイ殿!」
「やめなよ〜」
アオイは「良いから良いから」と、マークとミルコに笑って、ビア達を井戸まで誘導すると、ライズに言って、洗濯タライを持ってきてもらった。
タライに湯を張り、丸太を椅子がわりに「さ、座って足入れて」と、向かい側に片膝を立てて座ると、手慣れた様子でモコモコに石鹸を泡立て始めた。
ハチが『アオイの〈浄化〉で〈解呪〉できる』と教えてくれたので、さっさとポワッとやっちまおう。と、アオイは「さあさあ」と両手を広げ、なぜかモジモジしているビア達を急かす。
イーラが真っ先に丸太に座った。
イーラは恐る恐る湯に足を入れると、アオイは無心の術とトップトリマーの術を発動させ、サクサク足を洗い始めた。
アオイが「きれいになぁれ〜♪」と歌いながら、優しく[足輪]ごと奴隷達の足を洗うと、お湯が ポワッ と光を放つ。
イーラの足をタオルで拭いて「どう?」と、ナナとライズの顔をアオイが見ると、2人共「もう嫌な臭いしない」と答えた。
「ヨシ! さ、じゃんじゃん洗っちゃうよ!」
アオイは、タライの湯を捨て入れ替えて、ビア達の足を1人ずつ丁寧に洗い上げ、例の空箱からホームセンターで買ったチェンソーブーツを人数分出して渡す。
[足輪]が邪魔になるかと心配したが、触った感じいけそうだったので気にしない事にする。
もちろん軍足靴下もつけた。1番大きいサイズしかなかったけど、5足1000円のアレだ。
村の獣人達もさっきの[借金奴隷]達にも、同じオリーブ色の安全靴と白靴下だ。
順番に受け取ったイーラは、靴を履かずに胸に抱くと、そのままひざまづいて頭を下げた。
「ありがとうございます」
「「「ありがとうございます」」」
ビア達も倣って頭を下げた。
アオイは、嫌な流れだな。と警戒したが、誰からもNGワードは出なかったので「キレイになって良かったね〜」と言うに止めた。
マークとミルコは、その様子をただ黙って見ていた。




