労働交渉と新たな契約
アオイは、[借金奴隷]のダン達と食事を終え、騎士見習いのマークに声をかけて、シャワーブースの説明を誤魔化しき・・・済ませると、[地下牢]について質問した。
「他の奴隷さん達にも食事を運びたいんだけど、地下牢って勝手に行っても良いんですか?」
「牢にアオイ殿が直接行くのか?」
「借金奴隷達に任せたら?」
穴のあいた石桶をいじっていたミルコは手を止めて、マークの隣に寄り、眉を顰めてなぜかマークの肩を叩きながら、行かなくて良いと言う。
「いいえ、ダン君達にはいつもの仕事に戻ってもらいました。牢の中の方々には、ちょっと交渉ごとがありまして」
「交渉?」
「ご飯あげるからきちんと働いてください〜ってお願いしようかと思うのですが、どうでしょう?」
「う〜ん、そんなで言う事聞くかね?」
「そんなに自暴自棄になってらっしゃる?」
[労働奴隷]の、命令する人間がいないのだから、働かないで済むなら働きたく無い。って言い分はわからなくも無いけど、だからこそ、不十分とはいえご飯をもらっている立場でそれってどうなの!? と思うところではある。奴隷である事を逆手にとって、仕事はしないが世話はしてもらうって。赤ちゃんじゃないんだから。
そんなズルをしている労働者とは違って、[犯罪奴隷]は流石に可哀想だとは思う。本当の死刑囚なわけでもないのに。
「苦しいかもしれないけど、どんな時でも次の日の朝は、少しでもマシな方が良いかなって」
「・・・ごめんなさい。俺がもっと、ちゃんと、自分の立場とか、考えておけばよかった」
アオイが、苦笑いしながら言った言葉に、マークは俯いて拳を握った。
いや、そんなのわからないよ。しかも天災で一度に多くの人が亡くなるなんて、誰のせいでも無い。まして、マークとミルコは貴族とは言え、まだ仕事の見習いの子供なのだ。
アオイは、マークの背をさする。
「私にその様なお気持ちは不要です。どんな契約になっているのか、お話が聞けたらいいですね」
マークはこくりと黙って頷いた。
猫の獣人は[奴隷魔法]を嫌うので、[隷属印]のある[犯罪奴隷]に嫌悪感がある。と聞いていたので、「ライズ村長とナナは待ってる?」と尋ねたが、2人は「絶対について行く」と鍋を持った。
残りの鍋はミルコが、食器の入った木箱はマークが持ってくれたので、アオイは手ぶらで塔の地下へ続く階段を降りた。
人がすれ違えるほどの通路を、壁がわ一列に並んで歩く。
先頭を歩くミルコが、壁を触りながら説明してくれた。
「この扉が食糧庫で、さらに下が地下牢です」
所々にしっかり照明がついていて、足元は明るい。
しかし、地下というだけあって窓はなく、塔の内壁にぐるりと沿って緩やかに降る階段通路は、重苦しい動線を描いていていた。
部屋ひとつ分とは思えぬ深さの階段がおわると、通路を挟んで左側の扉に入る。と、すえた臭いが鼻をついた。
全面石造りの壁と、こちら側と向こう側を隔てる、天井と床に突き刺さった何本もの極太の鉄柱が、窓にはまっていた鉄柵や鉄檻とは明らかに違う対人用とも思えぬ頑強さで、想像していた『牢屋』とはまるで違い、流石に少し引いた。
高い天井の最上部にかろうじて開口があり、当然そこにも鉄柱が刺さっていたが、おそらく今降りてきた階段通路なのだろう。
鉄柵の向こう側は石壁で仕切られていて、数人に分けられていたので、まず最初に[労働奴隷]達に声をかける。
「食事をお持ちしました。いつものものとは少し違います。明日から通常通り仕事をしてくれるのなら、私達と同じ昼食をお渡しできますが、どうでしょう? 働いてくれます?」
アオイの問いかけに、1人の奴隷が応えた。
「私達の主人が死んだと聞きました。私達は、主人に指示されないと働けないのです。そうゆう契約なのです」
「いちいちあれして、これしてと言われないと、何もできないってこと?」
「そうです」
「それはこの牢の中の人全員の総意?」
「そうですとも」
アオイが牢の中を見渡すが、「否」を唱える者は出なかった。
「逐一命令するなんて大変じゃん。無駄過ぎる。そんなことある?」
「いやぁ細々した指示をしているるとこなんて見たことがない」
「奴隷の扱いはわからないけど、そんなの聞いたことないよ」
マークもミルコも首を左右に振って答えた。
まぁ、あけっぴろげにウソをつくとは思えないから、奴隷達の方便なのだろうな。と、アオイは理解した。
なめられてるなぁ騎士見習い。と苦笑いする。
「そっか。んじゃ、いつもと違う食事も“ダメ”なのかもね。契約じゃ仕方ない。知らないで命に関わるようなことになっても怖いし、余計なことはしないでおこっか。お手間取らせて失礼しました」
アオイは頭を下げると、あっさり説得を諦めた。
続けて[犯罪奴隷]のいる部屋へ近づくが、マークが手を出し首を振った。
ミルコが前に出て声をかける。
「どうだ、落ち着いたか?」
ガシャーン!! と金属音が鳴り響き、直後に怒号が発せられた。
「落ち着けるわけねえだろ! これから死ぬかもしれないのに!」
体格のいい男性が、鉄柱を掴んで噛み付かんばかりに怒鳴り散らしている。
足首には鎖がついていた。
奥の方にいる人達は、皆、こちらを見ることもなく俯いて床に座っている。
まるで、答えてくれたこの人だけがやたら元気みたいだ。
「皆さんちゃんと食べてます?」
ミルコの肩越しに、アオイが声をかけると、吠えていた男が鉄柱から手を離して後ずさった。
「おっ、女!?」
「こんにちは。料理人のアオイです。皆さんに昼食を持ってきました」
アオイは名乗り、挨拶をすると、さっきと同じ口上を述べた。
「はぁ? オマエ頭いかれんのか? これから死ぬかもしれない人間に飯を食わす代わりに働けなんてよく言えんな!?」
「お元気そうに見えますが?」
とても今すぐにどうこうなる様に見えない。
アオイは、首を捻って質問を続けた。
「主人と離れた奴隷って、どうやって死ぬの?」
「は?」
「え?」
「死因は? 火葬場に提出する死亡診断書になんて書くの?」
「かそ、なに?」
村の人達は荼毘に付し、遺灰を海に撒いたと聞いた。
貴族達は、そのまま保管してある遺体を、遺族の元に運ぶのだと言う。
行って戻ってまた行く時に連れ帰るので、20日以上かかるのだが、ご遺体の状態は大丈夫なんだろうか。何か魔法があるのかな。
そんな事を考えながら、アオイは奴隷と会話を続けた。
「衰弱してだんだん死ぬわけじゃないっぽいし、死ぬギリギリまで元気なら、お腹も空くでしょ? ちょっとでも美味しい物食べた方が良くないですか?」
「オマエ、頭がおかしいのか?」
「そうかな? いつ死ぬかわからないって言う点では、あなたも私も変わりない様な気がするけど」
「はぁっ?」
「え、そんな驚く? 私だったらどうせ死ぬなら最後の一瞬まで美味しい物食べてから死にたい。あ、ライズ村長、私、牡蠣が食べたいけど獲れるとこ知ってる?」
「牡蠣、とは、あの、貝の牡蠣ですか?」
「そうそう。プリッとしたアレを燻製にすんの。それと、生の牡蠣に熱した油をジュワッとかけて、どっちも熱々を、フーフーしながらちゅるっと啜るの。んですかさずビールをグビグビって流し込むっ! あ、牡蠣ものすごく食べたくなってきた。ヤバい。流石に牡蠣は持ってない。でも食べたい」
「あるよ! 俺知ってる! 貝! これから行く? 獲る? 俺も食べたい!」
「あ、俺もそれ食いたい」
「美味そうっ」
ナナとマークとミルコが、たまらず参戦してきた。
ですよね。牡蠣、美味しいですよね。たまりませんよね。
ナナが「ごまっとはえてる」「いっぱいいる」「じゅうひゃっ個」とぴょこぴょこ跳ねながら大興奮だ。
「私も牡蠣100個とか食べたい。定量になるのが怖くてたくさん食べられないけど・・・いや待てよ、ここならいくら食っても絶対に大丈夫なんじゃないか!? 夢の牡蠣100個喰いいけるんじゃないか!?」
魔法があるじゃないか魔法が! アオイはすっかり牡蠣に夢中になった。
「クサクサしてるのも結構だけど、それで新しい主人が間に合ったらそれこそバカみたいじゃない。死なない可能性もあるのよ? その時どの面下げてここから出るつもり?」
「な、き、キサマッ! バカにするな!」
「まだしてないよ。いやよね死ぬの。怖いよね。分かる分かる」
なんだか[労働奴隷]達よりずっと話しやすい。
みんな大きくて強そうだけど、落ち込んでるせいか威圧感も無い。勿体無い。みなさま良い筋肉してるじゃないですか。さあさあ。一緒にご飯食べましょうよ。
アオイは鍋を受け取って蓋を開けて中を見せた。
ぶわりと広がる胡椒と肉の脂の香り。
「働かないならあげない。働いてくれたらあげる」
すると、後ろにいた一際大きな男が鉄柱に近づいてきた。
「それは、さっきアンタが言っていた牡蠣もそうか」
「良いよ。牡蠣もたくさんとれたら分けてあげる」
「本当か」
「じゃあ契約書を作ろうか」
アオイはメモ帳を取り出すと、マークに見せてもらった《神聖契約書》真似て、ボールペンでサラサラと書き出し、針で親指を刺して、名前に重ねて血判を押した。
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契約書
この世界の神様に誓います。
この書類の署名者に新しい主人が来るまで、署名者が無体なことはせず毎日働いたら、毎日美味しいお昼ご飯を食べさせます。
アオイ(血判)
署名
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「ハイ! 納得できる人はここに名前書いて!」
「なんの意味が・・・」
差し出した紙っぺらとペンに、最初吠えていた男が、呆れたように力無く呟く。
アオイは、ため息をついてそれに答えた。
「一時的に契約を上書きしてあげる」
「!」
「そんな、ことが、可能なのですか?」
「まあ、何もしないで死ぬよりは、試してみても良いんじゃない?」
マークの質問に、アオイが答え切る前に、「牡蠣も食えるか」と質問した男がペンを取って『ビア』と署名した。
指を齧って血判を押すと、ただのメモ帳が ポワッ と光を放った。
「!!?」
それを見た吠えていた男もペンを取って『トリス』と署名血判を押す。
すると同じく ポワッ と紙っぺらが発行する。
それを見た男達は続々と集まり、次々と署名してい紙を光らせた。
『グラ』 ポワッ
『ラクス』 ポワッ
『アヴァリ』 ポワッ
『イーラ』 ポワッ
『アケディ』 ポワッ
『ヴァニタス』 ポワッ
「改めまして皆さん。アオイです。これからしばらくよろしくね」
「ナナです」
「ライズです」
続けて獣人が名乗り挨拶すると、続けてナナが「貴族いる? 貴族とは一緒にご飯食べれない」と説明してくれて、誰も貴族じゃないと分かると、琺瑯のスープカップにたっぷりとポトフをよそいスプーンを添えて渡した。
すると、受け取った全員が、かっこむように器に口をつけて食べ始めた。
「お腹ぺこぺこじゃん。足りる? あぁまぁ、この鍋全部食べて良いのか。他に食べる人いないし」
アオイが、鍋をテーブルの上に置いてライズとナナにカラにして良いと告げると、いつの間にか鉄柱のそばに集まってた[労働奴隷]達がそろって「「「えっ!?」」」と目を見開いた。
あれ? 1日分の食事はみんなに朝に渡してあるって言ってたよね。
アオイは、チラリとそれを見ただけで、興味をなくしたかのようにマークに聞いた。
「大丈夫そうだし、こちらの方々はもう出してあげても良いんじゃないでしょうか? シャワー浴びてもらって、あ、早速設置に手伝ってもらいたい。ここがこの人達のお部屋じゃないんでしょ? 一旦村に帰って資材取ってくるから、この人達の分もシャワーつけて良いですか?」
「あ、あぁ、それは、構わないが、い、良いのか? そんな事まで」
「村の人達の残り物だけど、自分で設置してもらうから、私は実質ゼロカロリーです」
「え、は? ぜ、なに?」
「良いの良いの。お部屋見せてもらっても?」
しれっと話を進めるアオイが「あ、騎士衛兵さん達のお部屋の外にもシャワーつけたらどうです?」と提案すると、ミルコが大喜びで言った。
「俺!〈水属性〉だけど、欲しい! シャワーつけて!」
「了解です。んじゃ、次はお部屋見せてくださーい!」
マークが牢の鍵を開けると、ミルコとアオイとフロアをでて、階段を上がって行く音が離れて行く。
残ったライズとナナは、[犯罪奴隷]達に向かって鍋をさし入れた。
「食べたら上に上がってきてね。みんなで仲良く分けて食べて。みんな良い子にしてね」
「檻から出られるようですが、アオイに何かしたら、その場で必ず首を掻き切りますので、その旨ご了承ください」
ぺこり。とライズが頭を下げると、獣人2人は軽快な足取りで、一切の音をたてずに階段を上がって行った。
カラーン・・・。
誰かが落としたスプーンが、床を打ちつけた音だけが牢に響いた。




