借金奴隷ダンの1日 午後
兎肉の煮込みは柔らかくジューシーで、野菜も甘くて柔らかい。
こんな温かい料理を食べたのは生まれて初めてだった。
汁まで美味くて、最後の一滴まで惜しく、柔らかいパンを器に押し付け拭き取って残さず食べた。
焼魚も、内臓がとり除かれ、塩が効いていて皮がパリパリとして、噛み付くと脂が滴りとても美味しかった。
テーブルにいる全員が口々に「美味しい、美味しい」と同じ感想を言い合って、同じ飯を食っている。
こんなことは初めてだった。
俺はまた、ホワホワとした気持ちになった。
するとニコニコと笑ったままの顔で『アオイ』は言った。
「ねえ、もう慣れたでしょ? みんなの名前を教えてよ」
「チップ」
「ツォです」
「テオドアです」
「トム」
「それにダンだよね。俺はナナ」
「私はライズです。これからよろしくお願いします」
「改めましてアオイです。よろしくお願いします」
俺達全員が名前がわかると、アオイ様とナナ様とライズ様が揃って頭を下げた。
ライズ様は日替わりだが、アオイ様とナナ様は、死んだ貴族の代わりが到着するまでは毎日来ると言った。
そう聞いた俺は、貴族の代わりなど来なければ良いのに。と思った。
やがて兵士達は、アオイ様の言っていた通り、自ら使った食器を持ってきたので、集めるまでもなかった。
そして口々に「美味しかった」「旨かった」「またこれが食べたい」と、食べた料理の感想を言うと、アオイ様は「それじゃあ参考にならないじゃないですか」と笑った。
笑っている。口を開け、目がくしゃりと弧を描き「アハハ」と声を上げて髪を揺らし、喜び笑んでいる。
そしてまた、じっと見ていた俺に目を合わせて言った。
「この食器、どうやって洗ってるのか教えて?」
「もう1人、水が使える奴隷と洗う」
「私です」
「ここでは、ダン君とテオドアさんが〈水属性〉なのね?」
「そうです。他に[労働奴隷]の中にも〈水属性〉持ちがいたのですが、今は外に出てきません」
「なるほど〈水属性〉持ちの人が基本的に台所仕事をするのね」
さっき初めて名前を知った『テオドア』が、流暢にアオイ様と会話を続けている。
俺は、重ねられた食器を水につけて揺すると、振り払って水気を飛ばして、テーブルの上に並べ重ねた。
「それでお終い?」
「日陰で乾燥させ、夜になる前に棚に並べる」
「木の食器なぁ〜可愛いけどメンテ面倒だよねぇ・・・」
アオイ様は、俯きテーブルに手をついて「グムム」と唸ると、荷台から木箱を持ってきて、見たこともない白い食器をテーブルの上に並べ出した。
さっきから、同じ木箱からずいぶんいろんな物が出てくるなと、不思議だったが、覗き込むとカラになっているので、あれが噂に聞く[マジックボックス]と言う魔道具か。と思って見ていると、ナナ様がじっと俺を見つめ、白い牙を剥き出しに口を開けた。
俺はただ黙ってコクコクと頷いた。
「これ、琺瑯のキャンプギア。ちょっと重いけどお手入れ簡単なの。これからこっち使おう」
「こんな食器は初めて見ました。これは何でできているのですか?」
「これは金属にガラスを付けてるの。落とすと割れるから気をつけてね」
「高価な物なのでしょうね」
「全然! これから近所のダンジョンから出ると思うから、あまり気負わず使って大丈夫よ。ちゃんと布で拭いてからしまってね」
「! わ、わかりました」
テオドアはアオイ様と、普通に会話ができていて羨ましいと俺は思った。
俺ももっと歳をとったら、普通に話をできる様になるのだろうか。と思いながらナナ様を見る。ナナ様は小さい。子供に見える。獣人だと違うのだろうか?
ナナ様は、ライズ様より、アオイ様と親そうだ。ライズ様は、俺の様に話すのが苦手なのだろうか。
アオイ様は、俺達と同じく食器を布で拭きながら、獣人2人に笑いかけ話を続けている。
「ダンジョン便利だよねぇ。これからもっとコンビニ感覚で利用できると良いなぁ」
「次はコッコ獲りにいこ!」
「鶏肉良いね〜、あ、そうだ、唐揚げ食べよう唐揚げ〜」
「なにそれ美味しい!?」
「美味しいよ〜ナナとハチは、なん個食べるかな〜」
「たくさん食べるよ! ハチとじゅうひゃっ個食べる」
「おぉ〜それは食べ過ぎだ〜」
コチョコチョと、怖しい獣人の子供の腹を揉みしだきながら、あんなに笑う女、人間を見たことがない。
そう思っていると、食器を拭き終え、残りの鍋を手にしたアオイ様は、とんでもないことを言い出した。
「さ、じゃぁ他の奴隷さん達にも、ご飯届けに行きますか〜」
「ま、え、アオイ様がいくのですか?」
テオドラが驚いて質問した。
「手伝ってくれると助かるけど?」
「その、地下牢に行くのですか? 女性が?」
「あぁそうゆう。良いの良いの。ついでに労働交渉しよう『ご飯食べたかったら働いてください』って」
「なるほど・・・」
「でも、地下牢は女性のアオイ様が行って、気分の良い場所ではありませんよ」
『ツォ』と名乗った奴隷も会話に入ってきた。石鹸を使って体を洗い、変な生え方をしていた髭を剃ったら、やたらと美しくなった銀髪の女みたいな顔した〈土属性〉の奴隷。こんなに喋ったのを初めて見た。
「そっか〜牢屋だもんね。わかった。じゃあ今日のところはマーク様達と一緒に行くね。みんなは通常業務に戻ってください。んじゃ、また明日ね」
アオイ様はそう言って、あっさりと[台所小屋]を出て行ってしまった。
「明日も来るんだね」
と、チップが言った。
「明日も兎の煮込みを持ってくるのかな?」
と、トムが言った。みな、独り言みたいだ。
「カラアゲかな?」
俺が、さっきのナナ様とアオイ様の会話を思い出してポロっと口に出すと、テオドアの口に出した疑問にツォが答えた。
「カラアゲってなんだろう。コッコて。アオイ様も、一緒にダンジョンに入っているのだろうか?」
「まさかぁあんな細腕で無理だろぅ」
「でもすごい『魔法使い』だ!」
チップが会話に参加した。
『魔法使い』を否定したテオドアに、今度はトムが疑問を述べた。
「いや、アオイ様は人間のようだよ」
「あんなに獣人と仲良しなのに?」
すると、ツォが話を続け、他のみんなも話し出したので、俺もそれらに答えた。
「あんな女性は見たことないなぁ」
「あんな小さい獣人があんなに食べたがってたんだ。カラアゲ、食べたいなぁ」
「今日食べた焼魚も美味しかったけど、やっぱり肉食いたいよね。煮込みの兎肉美味しかった」
「旨かったなぁ」
「明日もあれが食べられるなら、俺はまたあれでも良い」
「週一じゃない? 林檎と同じでさ」
「でも肉はダンジョンで獲ってきたんだろ?」
「俺達もいつか行かされるのかな?」
「ここのダンジョンは危険が少ないって言ってたよ」
「アオイ様が行けるのなら、俺達も大丈夫かな?」
「入ってるにしても、きっと獣人をたくさん連れて行ってるんだよ」
俺達は、いつのまにかたくさん話をしていて、テオドアが慌てて「仕事に戻ろう!」と気づくまで意味の無いおしゃべりをしていた。
そこで思い出して、アオイ様が『薪割りしたい』と言っていた事と、[ログキャリー]の使い方を、いつも一緒に薪割りをしているテオドアとツォに教えた。
「アオイ様が薪割り? この斧で?」
「持ち上げられないだろ」
「これで軽々と薪を運んでた」
それから3人で、アオイ様の話をしながら、薪割りをした。
「今日はこのぐらいで十分ですかね」
テオドアが、暗くなる前に切り上げましょうと、首にかけていたタオルで汗を拭きながら今日の仕事の終わりを告げると、ツォが革の前掛けを外しながらため息をついた。
「また汗かいちゃった。せっかく綺麗にしたのに。またシャワー浴びたい」
「良いですね。私が水を入れましょう。ダン、後片付けをお願いして良いですか?」
「わかった」
俺は、2人がシャワーブースに行くのを見送って、木屑をレーキで集め樽にいれ、斧を砥石で磨き、ログキャリーと[道具小屋]に片付けてからシャワーブースに向かった。
満タンのタンクを見つけて、その下で服を脱ぐ。
服を入れたカゴを扉の外側に掛けると、コックを押し上げ回し、シャワーを浴びて汗を流した。
アオイ様に言われた通り、水気をきちんと拭き取ってから服を着直した。
「水をお湯にするにはどうやるんだろう?」
テオドアの入れてくれた水は、冷たくはなかったが普通に水だった。でも、アオイ様が入れてくれたのは温かいお湯。
今はまだテオドアの水でも良いが、毎日水浴びしろと言っていた。寒くなったら水でシャワーは辛い。
それまでに、自分でお湯が出せる様に練習しておこう。
そう思って、手にしている『タオル』を撫でる。
この柔らかな『タオル』も、着てる服もブーツも、『俺だけの物』らしい。大事に使おう。と『タオル』に顔を押し当てる。目頭が熱くなるが、理由はわからない。
今日は何かおかしい。ずっと胸がフワフワする。
さっさと寝てしまおう。と、頭をタオルで擦りながら寝床に戻ると、いつもの[寝床小屋]の中に人数分、枠のついた木製のベットがあり、それぞれにベットマットと毛布が用意してあった。
「ダンは真ん中でいいかい? ベット下の木箱に着替えや『私物』を入れると良いよ。濡れた物は天蓋枠にかけると良い」
手前のベットに腰掛けるテオドアに言われて、俺は慌てて奥の自分のベットマットに触った。
「濡れたまましまうと腐るからね。あぁ、気づいたかい? 小屋の横に俺達専用のシャワーブースも出来てたよ。自分達で水を用意するのなら、いつ使っても良いんだって。それもこれもアオイ様が用意してくださった。それが君のベットだよ」
反対隣の壁側、ツォが自分のベットに寝転び、こちらを向いて教えてくれた。
「俺の、ベット・・・」
左右の壁に沿って3台ずつ、通路を挟んで足を向ける様に向かい合わせて設られたベットに、チップとトムは寝転び、2人とも既に寝息を立てていた。
なんだかまた目頭がジワジワとして、持っていたタオルを顔に押し付ける。
すると両隣から声がかけられた。
「おやすみ。ダン」
「おやすみ。ダン。良い夢を」
俺は、返事もできずにまた少し泣いた。
ダンは目を瞑り、今日の1日を反芻すると、明日の朝は自分がみんなの分のシャワーのタンクを水で満たそう。と決め、柔らかな毛布に顔を擦り付けて眠りについた。




