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ランチデリバリー




「今日の分のお昼持ってきました」


「おぉ、アオイ殿! 待ってました!」

「腹減ったぁ〜」


マークとミルコと共に、わらわらと集まりだす兵士達に苦笑いして「パンを焼きたいので厨房をお借りできますか」と、お伺いを立ててみる。


「つきましてはその際、普段食事の支度をしている方に配膳をお手伝いいただきたいのです」


持ってきた鍋を見せながら、ついでのようにお願いしてみると「こちらへどうぞ」と、なんの警戒もされぬままミルコに奥へと通された。


そりゃ今は自分達しかいないから良いのだけど、本来この場所は国が管轄する施設内なわけで。こんなにザルな事で良いのかという気もするが、十分に警戒され、信頼を得た後だと思い込むことにする。

アオイは「ここは異世界。ここは異世界」と呪文のように唱えて、とりあえずの不安を払拭する。


「ここが普段煮炊きしている[台所小屋]だよ。良いように使ってくれ」

「よろしいのですか?」

「あぁ、釜も薪も自由に使ってくれて構わない」


「詳しいことはそいつらに聞いて。じゃ、待ってるね」と、ミルコはマーク達の元にあっさり戻って行った。

そこには、薄汚れた貫頭衣を着た、いかにも[奴隷]でございな男性が5人、所在無く立ち尽くしていた。


「えっと、初めまして。獣人の村でやっかいになっている料理人のアオイです。後任の人が来るまで昼食を持ってくることになりました。普段こちらの皆さんの食事を作っているんですよね?」


[借金奴隷]だと聞いている5人は、キョロキョロと辺りを見回し、無言のまま不安げに頷いた。


「我々が、作っているのは、作っていると言っても、焼くか煮るだけですが、肉と野菜を」

「塩を、使えるので」


「あ、えぇ、そうですね、えっとじゃぁ、」


うっかり女性の奴隷かと思っていたら、どうみても全員男性だな。

[借金奴隷]って言ってたけど、こう、なんて言うか、ギャンブルで借金とか、無理な投資で借金って感じがしない。

皆一様にオドオドしてるし、あ、そうか。


「あ、私別に貴族とかじゃ無いんで、気にしないでくださいね。ただの料理人ですので、どうか気兼ねなくお話しください」


皆様と比べてそりゃ小綺麗にはしているが、こちらではその方が異様らしい。お風呂とか入ってないのかねぇ。この人達も海で水浴びがスタンダードなんだろうか。


多少時間がかかるか。と、アオイは、ライズとナナと一緒に鍋を釜にかける。

釜戸は六つほどあるので、持ってきた鍋5個は余裕だろう。

焼き魚はそのままでいいかな。


「調理は済んでますので、温めるだけで大丈夫ですんで。皆さんは一緒に食事を摂るのですか?」

「「「えっ!?」」」

「あ、皆さんの分もありますので」

「「えぇっ!?」」


ライズもナナも、無言で釜の熾火に薪をくべている。

棒立ちの[奴隷]達を前に、アオイは名前を聞いた。


「しばらくご厄介になりますので、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「!?」

「・・・・・・」

「名前、聞いちゃダメ? とか?」

「い、いえ、いいえ、どうか我々の事は[奴隷]と、」

「はは、それはちょっと。もしかしてお話ししちゃダメとか決まりがありますか?」


「・・・・・」

「話す事など・・・」

「命令してくだされば、それに従います」


「えぇっそんなめんどくさい。私はあなた達の上司でも主人でもありませんので、自分で考えて自分で行動して下さいよ。大人なんだから」


「は?」

「へ?」


「わかんない。むしろ教えて欲しい。これ、どうやって使うか教えてください。使っちゃった薪の補充はどうするのですか?」


ライズ村長やナナに聞けばおそらく教えてくれるんだろうけど、せっかくだからこの人達とも“仲良く”なりたい。


アオイは、近くにいた男性に指示して、薪の場所を一番若い男の子に聞いた。


「人数分の食器を用意しておいて。それと君、場所教えてくれる? 私はアオイ。ハイ! 君の名前は?」

「・・・ダン・・・薪は、こっち」

「ダン君ね。じゃ、あとお願いね」


アオイは、人数分のトレイの上にパンを出し、作業台の上に置いて、頷くライズとナナに鍋を任せて立ち上がった。


「それにしてもやっぱり塔でも薪かぁ。なんか魔道具あるんだよね? なんで使って無いかダン君知ってる?」


[詰所]とは別棟の台所の横に、井戸と薪割り場所があり、割られた薪が丁寧に[台所小屋]の軒下壁に積み上げられている。

井戸から少し離れてシーツが干してあった。洗濯などもここでしているのだろう。洗濯は手動だろうな。

薪割りも洗濯もきっと毎日用意しないといけないのだろうな。こりゃ大変だ。


「魔石がずっとカラだ。魔力を補充しないと使えない」

「魔力の補充って?」

「・・・魔石に、〈火属性〉の魔力を、入れる」

「誰でもできる事じゃ無いの?」

「・・・俺は〈水属性〉だからできない」

「へぇ〜」


んじゃ、〈水属性〉と〈無属性〉って事になってる自分も、代わりにやるのはまずいのかな。


と、アオイは薪を両手で抱えるダンを見た。

服もそう厚くない布地の貫頭衣と簡素なのに、素手で薪を抱えている。


「あ、待って」


アオイは、ネルシャツと革製の焚き火用エプロンを出すと、ダンに被せて襟紐を結んだ。


「みんなの分あるからね。ちょと大きいか。ダン君いくつ? 何歳? で、薪はこれで」

「15・・・」

「え、なんで[借金]? 学費?」

「親に売られた」

「あ〜・・・そうゆうのもあるんだ。変な事聞いてごめん。ごめんなさい」


ここは異世界。ルールが違うから一概に非難できないけど、余計な事を聞いた。と、アオイは頭を下げると「借金っていくらなんだろう」と考えながら、ダンに着せたフリーサイズのネルシャツの袖を捲ってあげると、帆布製のログキャリーを開き薪を載せて包み、すくっと立ち上がった。


「とりあえず、今使った分はこれで足りるよね。薪割りもやってみたいなぁ。後で教えてくれる?」

「・・・・・」


革製の薪割りグローブと、クルクルとカラのログキャリーを丸めて、積み上がっている薪の上に数枚置く。

ダンは無言だが、アオイに倣って薪を手にしたのでそのまま台所に戻った。


ライズとナナにも同じエプロンをつけると、ナナには少々大きいようだ。ネルシャツと同じように後で調整しよう。と、他の[借金奴隷]にもダンと同じネルシャツとエプロンを渡す。


「ズボンも有るんだけどこれもはく?」


幸いチャックではなく、腰がゴムの作業パンツを出すが「皆様方のサイズがわからないわ」と、アオイがペロンと出したそれを、眉を顰めて皆が見つめる。


「えっと、着替えて欲しいんだけど」


ついでに肌着代わりの白Tシャツも出した。食事の準備をするのだから、衛生的な方がいい。絶対に。

同じ色とデザインで“おそろい”っぽくなっちゃうけど、どうせ元々着ていた貫頭衣も同じデザインだ。村の人達と同じ衣装一式渡してしまおう。


「そうだ。石鹸あるわ。そうだな。まず身支度するか。ごめん。ライズ村長とナナ、もうちょっと二人でお願いね」


そう告げて[台所小屋]から一人で出ると、側面に、家を建てた時に使った材料でシャワー室を作った。

シャワーを5ブース設置して、一応目隠しに頭と膝下は出るが石板を一ブースごとに壁にはめつくりつける。覗き込めば丸見えだが、手入れを考えればこれで良い。外国のビーチによくある簡易シャワーブースだ。

水道施設はないのでタンク式だが、〈水属性〉持ちがいればそう大変なこともないだろう。最悪井戸から汲み上げても良いし。


「みんな来て」


無言のままだが、ゾロゾロと[借金奴隷]達が外に出る。

シャワーブースの前に来ると、皆驚いて目を見開いていた。さっきまでなかったものがあるのだ。ダンなぞ口を開けて目玉が飛び出さんばかりの表情だ。


「しまった。ま、良いか。ハイ! みんな中に入って服脱いで」


扉の外側に引っ掛けた籠に、手に持っていた着替えを入れさせ、奴隷達をサクサクブースごとに押しこむ。


「天井のコックをちょっと押し上げて捻ると、穴が開いて水が出るから、それで身体を洗ってくださーい。〈水魔法〉が使える人はそれでも良いよ〜っ石鹸使って! はいこれで身体を擦る!」


タオルをブースの扉に引っ掛けて、〈水の球〉を出して見せて、ゼスチャーしながら石鹸を泡立て腕を擦る。


「ハイ! 急いで! みんなご飯待ってるよ!」


アオイが喝を入れると、皆慌てて身体を洗い出した。

シャンプーもリンスもあるけど、それは後でいいだろう。

アオイに倣って、全員が石鹸で頭ごと洗い始め、渡した折りたたみの洋剃刀で髭を落としていく。壮観壮観。


アオイは〈温水〉と唱えてタンクの水を湯に換えた。


「これから毎日、髭を剃ってシャワー浴びなさいね! ご飯作る人の基本だよ! 身体洗って清潔にして!」


あらかた洗い終わってお湯で身体を流した順に、バスタオルを扉に掛け渡していく。


「ハイハイ! ちゃんと水滴拭き取りなさーい。濡れたまま服を着てはダメよ!」


俯き恥ずかしそうにするダンに近づいて、頭をゴシゴシ擦りながら〈温風〉と唱え髪を乾かす。

アオイは、心を無にしておじさん達の頭も容赦なく順番に乾かしていく。心境はトップペットトリマーだ。


下着を履かせ服を着せ、あっという間にこ綺麗になった[借金奴隷]達を、ヨシヨシと、腕組みして眺め見る。


「キレイになったね〜・・・あれ、なんか、みんなイケメンだね。[借金奴隷]って、そうゆう・・・?」


さっきダンから聞いた「親に売られた」話を思い返しアオイは慌てて頭を振った。


「ハイ! それじゃご飯の配膳! ライズ村長を手伝って!」


アオイが手を打って一斉に〈治癒〉〈回復〉〈浄化〉をかけると、借金奴隷達は「ハゥ・・・」と、一斉に吐息を漏らした。


「せ、聖女・・・さま!?」

「違うよ!? ただの料理人だってば!」


奴隷達から漏れ出た言葉に、速攻で否定を入れると、襟巻きがフルフルと震えたのを、アオイはワシワシと撫でて黙らせた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「これは、いったい・・・」


行儀よく並ぶ騎士衛兵達が手に持つトレイに、すっかり小綺麗になった[借金奴隷]達が、パンと焼魚、ボウルに入ったポトフをのせると、その変わり様にマーク達も目を見開いて驚きを露わにした。

ザワザワと、困惑が広がる中、我に返ったアオイは必死に言い訳を考えていた。


「あ〜え〜、料理人の基本といたしまして〜、衛生・清潔は基本中の基本でありまして〜『自由にして良い』との事でしたので、手持ちの[制服]を支給させていただきました」


別々にした食事の後、騎士見習い二人を連れて、シャワーブースの前で「あの荷馬車のほとんどは、この[服]でした」と、言い訳を連ねるアオイに、マークは胡乱な視線を向けた。


「確かに、構造自体は簡易なものだが、こんな短時間で?」

「[シャワー]なんて王都でも見た事無いよ?」


手を上げたミルコが、なん度も頭上のタンク底のコックを回し捻っている。タンクはカラなので水は出ない。


「騎士衛兵の皆さんは、身体を洗う時どうしているのですか?」

「湯浴みなどここではあまりしない。せいぜい濡れた布で擦るぐらいで」

「えぇ〜〈水属性〉の方もですかぁ? ホントに〜?」


アオイは、話をすり替えるつもりで「キレイにしてないの〜?」と非難の目を向けると、マークはコホンと空咳をひとつした。


「騎士衛兵の方々の事はよくわかりませんが、少なくとも女性の身としては湯浴みは隙あらばいつでもしたい物ですから。料理人ともなれば当然のことです」


ちなみに「石鹸は故郷から持ってきました。こちらは売るほどあります」と、田舎の若造相手にしれっとぶっこいておく。


「〈魔法〉が使える皆さんには必要ないかもしれませんが、村にはまだ石桶(タンク)がありますので、本当にすぐ設置できますよ」


配膳している間に大急ぎで偽装しておいた木箱の中を見せる。「床や仕切りの石材は村に戻らないといけないけど」と、底に数十箇所穴を開けた石桶を用意して入れて置いた[シャワータンク]を見せる。


設備は奴隷達に手伝ってもらったことにして、石桶の底のコックをすこし押して回すと、突起のある内蓋が回って穴が開閉する二重底をみせると、ミルコが「ほうほう」と食いついた。


「なるほどタンクから直接・・・へぇ簡単なもんだ」

「こういった設備は皆様の健康維持に為にも必須なのですよ? 嫌でしょ? 料理する人が不衛生だと」

「いや、それはわかるが・・・」

「こういったもの込みで“理想のお店”を持ちたかったのです」

「この加工は?」

「石材は村長に聞いて近くの河原から調達した石材を、村の人と魔法で作りました」

「へぇ、上手いもんだなぁ」


ミルコが、コックをなん度も捻って開け閉めしている。

ただ水が上からこぼれ落ちてくるだけの簡単な仕組みだが、シャワー自体が無いなんて。こんな物でもオーバーテクノロジーなの? これが? と不安になったが、アオイはポーカーフェイスを貫いた。


「ところで、火の魔道具の魔力が切れているそうなのですが、皆様はご不便無いのですか?」

「あぁ、そうか! そうゆうのも神官文官がしていたんだ。俺が後でやっておくよ」

「ステキ! マーク様は〈火属性〉なのですね! 私『魔石に魔力の補充』をみた事が無いのです。拝見できますでしょうか?」

「え? 良いけど、見たことないの?」

「ありません」


きっぱり言い放つアオイに、マークとミルコは顔を見合わせて「そんな事ある?」と不思議顔をしている。


()()()()の間では珍しく無い事なのですか?」

「あ、そ、そうか、平民の間では魔道具は一般的では無いのか?」

「私はみたことがありません。村の人達も見た事ないって言ってましたよ」

「こんな物があるのに?」

「これは魔力を一切必要としませんし、本当にただ石に穴が空いているだけですよ?」

「な、なるほど、逆にそうゆう物なのか。なるほど・・・なる、ほど?」


お互いに、やはり、貴族と平民の間には高くて厚い壁があるのだなぁ。などと曖昧に笑っておく。


「つきましては、他の[奴隷]の方々にもこれで身を清めて欲しいのですが、よろしかったでしょうか?」

「他の、とは[犯罪奴隷]共も?」

「できれば。どうゆう環境に今あるのかわかりませんが、集団の中に不衛生な者が在りますと、病気の蔓延にもつながりますよ?」

「あぁ、それは、そうなのだろうが、その、そうかぁ、そうゆうのも考えないといけないのかぁ・・・」


そんなに扱いが悪いのか。と一瞬怯むが、アオイは「この村に腰を据えるつもりでいるので是非」と押し切ることにした。


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