ダンジョンで狩りの練習と種まき
「本当だ・・・外だ・・・」
アオイは真っ青に晴れ渡る空を見上げた。いや、正確にはダンジョンの天井を見上げたつもりなんだけど、そこにあるのは紛れもなく青空だった。
奇妙な事に、晴天晴れ渡り眩しいぐらいなのに、太陽は見当たらない。
ナナとハチをお供に、アオイは[魔塔の村ダンジョン]にやってきた。
国や領地が管理している場合、[ダンジョンの入り口]には門兵や憲兵がいて[入場料]を払って中に入るらしいのだが『管理するまでもない』とみなされいる今なら良くも悪くも無人無料無制限でご利用可能。お得である。
「え〜と、ここはずっと明るいの?」
「夜になれば暗くなるよ。いつ夜になるかわからないけど」
「え!? どうゆうこと?」
ナナが言うには、外の時間や天候に関係なく、ダンジョンの中では、夜だったり、雨だったりするらしい。
ただし、気候に大きな変化はないそうで「それは違うダンジョンになる」と、ぴょこぴょこ飛び回りながら教えてくれた。
「ナナはよく来るの?」
「うん。俺、ナナになる前はここで寝てた。夜でも昼だし、雨でも晴れてる」
「あー・・・」
「ナナになったらアオイもハチもいるから外でも平気。エース号はとても柔らかい寝床」
ニカっと笑んだナナを、アオイはギュッと抱きしめ、猫耳ごと頭をギュリンギュリン撫でた。
やはり家は必要だった。
エース号は素晴らしい仕事をしてくれているけど、この子に家を、心休まる不動産を固定資産を絶対に作ってあげなくては!
ついてはあの家をより便利に、より快適な空間にするべく、魔石を求めてダンジョンに来たアオイは“住”のさらなる改善を熱く誓った。
「なんだ! アオイ! 怖くないぞ! 俺がいるからな! ここは何も出ないところ! 一角兎はあの茂みの奥だ!」
またしても、無手で元気よくそちらに駆け出そうとするナナを、羽交締めに抱き上げ止める。
「待って。まずは私の魔法の練習するんでしょ?」
ナナは、やっとカラ回る足を止めハッとした顔をすると、ぶらんと抱き上げられたまま、額をペチっと叩いた。
「そうだった!」
アオイが手を離すと、ナナはぴょいっと地面に降り立ち、キョロキョロと辺りを見回した。
「誰もいないし、好きなようにしていいんじゃないか?」
「好きなように?」
「まず何を狩る?」
「え、狩りなんて、やったことないんだけど?」
「やったことないのか? どうやって肉を食ってた?」
「あ〜・・・もうすでに売ってるのを譲ってもらった事しかないわぁどうしよう」
「じゃぁやっぱ、みてて!」
「待った!」
ナナが不満げに「なんだよぅ」と口を尖らす。
「心の準備が必要なので、まず口頭で、どうやって狩りをしていたか言葉で教えてよ」
「どうやってって、兎を見つけるだろ? で、バッて捕まえて、グリッとすると、ポンって! 肉が出るんだよ!」
身振り手振りをつけて教えてくれるナナの口から出る言葉の不穏な事。
『バッ』はとにかく『グリッ』の部分が不安だ。『ポンッ』に至っては想像もできない。
「危なくないの?」
「危なくないよ? 兎だもん。兎は小さくて弱い。でも小さすぎると肉が落ちないんだ。だからちょっと大きいのを狙う」
「いつも素手で狩りをするの?」
「他にどうやって捕まえるの?」
「こ〜、魔法とか、魔法とか?」
「やってみてよ」
ナナが、足元に落ちている木の棒を拾うと、少し離れて「いくよ〜」と声をかけた。
と、アオイに向かって棒をビュン!と投げる。
アオイは「わぁ!? なに!? 何すんの!?」と叫び身を屈めて棒を避けた。
「アオイ〜これは兎のかわりでしょ〜魔法で捕まえないと〜」
「あ、なるほど、そうゆう事!? わかった。わかった理解しました! もう一回お願いします!」
「ナナ! アオイは体を動かすのがあまり得意じゃ無い。運動神経ニブミちゃんだ。加減してやってくれ」
「んなっ!? 失礼なっ! 普通よ! 人並みよ!?」
ナナが「運動神経ニブミちゃん」と、ポツリと呟いてから、再びゆるく投げた棒や小石が足元に落ちる。
ナナは、ハチに言われずともその速度を落とし、弧を描くように枝を投げた。
何度目かにして、やっと、アオイの発動した〈水の球〉が空中で捕えた。
「うまいっうまい! ニブミちゃん! どんどんいくよ〜」
「なんだとっ!? え、わ、ちょっ!」
ナナが次々投げる木の棒や小石を、アオイは慌てて〈水の球〉に閉じ込めていく。
一度コツを掴んでからは、ナナもその速度を早めていく。
ハチは、くわっ。とあくびをしながらその様子を眺めていた。
なんか、長閑だな。ここ本当にダンジョン?
その速度に徐々に慣れたアオイは、ナナからの投球に余裕で対応してみせた。
何せ、目で捉えるだけでそこに魔法が展開されるのだ。「魔法はイメージ」とはよく言ったもんだ。
しばらくそのやりとりが続いた後、ナナが戻ってきて言った。
「大丈夫じゃない?」
「え、こんなで? ほんと?」
「アオイ上手だよ? やってみよ!」
格闘技経験はないし、確かに運動神経はそう良い方じゃないけど、これで良いなら、魔法で狩りできるらしい。
アオイはナナに促されるままに、藪の中へついていく。
やがて、ナナが木の影にしゃがみ、ゼスチャーだけで指をさす先を見ると、茶色の兎が2羽、忙しなく地面の何かを喰んでいる。
アオイが目を凝らしてよく見ると、兎の額にはニョッキリとユニコーンのような角があった。
「え、でっかい。なんか、兎って言うか、柴犬ぐらいの大きさがあるんだけど? あれ兎? マジで?」
思わず声に出したアオイに反応したのか、兎は文字通り脱兎の如く遠く離れて逃げてしまった。
「あ〜ぁアオイ〜しゃべっちゃダメでしょ! 一角兎は小さくて弱いから、こっちが先に見つけたのがばれると逃げちゃうんだよ〜」
「えぇ〜っ」
「だからそぉっと近づいてバッとするんだよ」
残念そうに説明する背後で、薮の低木がガサリと揺れ何かがビュンと飛び出した。
「わぁっ!?」
アオイは反射的に〈水の球〉で捉える。
空中に浮いたままの水中で、巨大な兎がゴボガボともがく。
「え、待って、どうしよう!」
「アオイ! うまい! そのまま! そのまま!」
えっと、待って。グロい。これ絵面的にどうなの? 酷くない?
しばらくもがき苦しむ兎を呆然と眺めていると、やがてそれは くたり とその動きを止めた。
すると兎の亡骸は、水の中で ポンッ と肉の塊と毛皮、キラキラした小さな石に姿を変えた。
「やった! 肉が出たっ!」
「えぇ〜っ!? ファンタジー!」
アオイの叫びを合図に、水はザバーッと地面に落ち、一緒に肉も地に落ちた。
「ビチョビチョ・・・」
「あ〜・・・だねぇ、それに、もうちょっと苦しまないようにしてあげたいよねぇ・・・」
アオイは、泥だらけになった肉と毛皮を拾って、改めて出した〈水の球〉で水洗いした後、〈浄化〉
をかけて[収納]した。
[索敵]で兎を探すと、今度こそ静かに近づき、木の陰からそのまま〈氷柱〉で兎を穿つ。
「肉が出た。けど、カチカチ」
「あぁ、部分的に凍っちゃってるね。えぇ〜どうしよう」
同じ方法で肉を蔵い、再び[索敵]した兎を今度は〈電撃〉で仕留めてみる。
「あれ? ポンッ ってならないよ、ポンッて」
「まだ死んでない」
どうやら気絶しているだけのようだ。
足元で脱力する兎を前に、ナナがアオイの顔を見上げる。
アオイが、どうしたものかと逡巡していると、ナナがワシっと兎の首を掴んで『グリッ』と力一杯にくびり殺した。
「肉! でた!」
ポンッと肉に変わったそれを手にしたニコニコ顔のナナを見て、アオイのつぶやきが漏れる。
「狩り・・・むずい・・・」
・・・・・
・・・
・
アオイ達一行は[索敵]を使って兎を探しながらダンジョン一階を探索した。
「〈電撃〉の火力を上げればいいのだけど、お肉が焦げちゃいそうなんだよねぇ」
結局アオイは、4羽目以降の兎を〈風刃〉でスパッと首を切り殺すことにした。
兎は、一瞬で想像通りに肉に変わり、ぼとり。と肉が地面に落ちた。これだけは変えられないようだ。
「肉に変わった瞬間[収納]するとか? まあ洗えばいいんだけど」
どうしても、地面から食用にする生肉を拾う行為に抵抗があるのだが『ポンッ』と、収穫物がドロップ品に変わった後、瞬時に[収納]するには相応の反射神経が必要なようで。
目視で魔法が使えても、自由自在になんでもできるわけではないようだ。「ニブミちゃん」の称号を甘んじて受け入れたアオイは、自分の運動神経を憂いた。
それなりの大きさの生き物の生殺与奪にそれなりのストレスはあったが、肉が出るたびに喜ぶナナの顔にあっさりと慣れた。
母方の実家が秋田県。
各家庭で飼われている比内地鶏は、きりたんぽ鍋に必須の肉で、[比内鶏]は天然記念物。店で買うと[比内地鶏]だと証明する[血統証明書]が必要な特殊な鶏肉だ。
地元では比内地鶏を使っていないきりたんぽ鍋はきりたんぽ鍋では無い。と言うことになっているので、きりたんぽ鍋を食べる家では、地鶏の解体は必須。鶏の解体は高校生でも経験済みだ。(諸説あります)
さりとてすでに死亡している鶏の解体しかしたことがないアオイは、ダンジョンの外では、素材が丸ごと入手できる代わりに[解体]が必要になると聞いて「ダンジョンの狩り最高」とまで思うに至った。
まあそれも、もっと違う生き物になったらどうなるかわからないが。
ちなみにネズミ肉は丁重にお断りした。
思っていたネズミと違って、どう見てもそれはカピパラだったからだ。
「あるいはヌートリア・・・」
日本以外のどこかの国でも、ネズミ肉はご馳走だと何かで見聞きしたことはあったが、他に食べるものがあるうちは食べなくて良い。と、アオイは即決した。
「この感じで、牛と豚はいけるのかなぁ自信ないなぁ」
「じゃあ大物の時は俺が狩ってやろうか?」
「ありがとうハチ〜! でもいずれ、そのうち頑張るよ。自分で食べるお肉は自分で殺れる生き物だけって元から決めてるからね」
ハチの甘やかしに、なんにせよ覚悟と練習は必要だ。と拳を握るアオイに、ナナは不思議そうな顔を向けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
風景の中にぽっかりと空いた下へ降りる階段に驚き、ナナに案内されるまま地下2階に足を踏み入れると、そこは人工物、切り出し石で組まれた壁と床が広がる要塞空間だった。
「ここは美味しいお肉は出ない。通路を真っ直ぐ行くと3階の湖フィールド。いく?」
「とりあえずここで[調味料]とか[お酒]とか[食器類]とか生活用品の吸収させてみて良い?」
「この階はあまり知らない」
「そうなの? んじゃちょっと待ってね[地図制作]おぉ見える見える」
アオイは、[探索]の応用で自分を中心に魔力をソナーのように飛ばし、跳ね返りやぶつかりを体感すると[間取り]アプリで平面図を書き上げた。
「なんか、行き止まりの部屋が12部屋あるから、そこに[種まき]しよう」
手近な通路を進み、途中の部屋は無視して突き当たりまでくるが、奥の部屋は、他の部屋のような扉や開口が無く、目視ではみつからない。
「行き止まり」
「あれ? おかしいな、この先に部屋があるはずなんだけど」
「[隠し部屋]だな。開口部を開けるギミックがどこかにあるはず。あれじゃないか?」
ハチがナナに鼻先で教えると、ナナは ぴょい と垂直跳び測定のように手を伸ばし壁の上の方にある、微妙に小さい切り出し石にタッチした。
なぜ私ではなくナナに?
と、ナナよりずっと背が高いアオイはハチの顔をみたが、ナナは猫獣人で身体強化に優れ身軽。決して自分が鈍臭いと思われているわけでは。と思い直して壁から離れる。
ゴトン。と音を立てて壁が横にスライドした。
「おぉ引き戸」
「[骸骨兵士]だ」
「え?」
ガシャガシャガシャン!
ハチの言葉に、中を確認するべく、アオイが明かりに出した[〈光球〉]の光を浴びて、[骸骨兵士]達はその姿を確認されるまでもなく崩れ落ち『ポンッ』と音を立ててドロップ品に変わった。
「あ、なんか、ごめん、暗いかと思って・・・」
「本来、モンスタートラップ部屋だったのだろうな」
学校の教室ほどの広さの部屋、床一面に[欠けたショートソード]と[骨]と[魔石]が落ちている。
[骸骨兵士]は、物理攻撃モンスターだが、所詮アンデット系。光属性の魔法にも激弱とは。
「ただの明かりだったんだけどなぁ」
アオイは床の[ドロップ品]を一瞬のうちに全て[収納]すると、代わりに[味道楽の里]が入った瓶を大量に置いて部屋を出た。
物質は、24時間動かさずにいると、物質系のモンスターが回収するか、ダンジョンに[吸収]されるらしい。
「そうすると、ダンジョンからドロップする。と。サスティナブル〜」
元々塔建設の廃材や、ゴミ溜まりからできた比較的新しいダンジョンだそうな。よくできた仕組みだなぁ。と感心しつつ、[トラップ部屋]からみんなが出ると、扉は自動で閉まり、また元の壁に戻った。
アオイはiPadを取り出すと[間取り図]の行き止まりの部屋に番号を振り[醤油(麺つゆ)]とメモって次の部屋を目指した。
「こんな感じで、全部の部屋に何かしら置いて行ってみて、また後できてみようね!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
全ての未到達部屋に[タネ]を仕込んで「今日のところはこの辺で」と、ダンジョンから出ると、アオイは新しく作った家のキッチンで、狩ってきた兎肉を使ってポトフを作った。
魔法を使った調理も板について、そう苦労することなく釜戸を使いこなすことができた。
兎肉を焼いて、一口大に切り、同じく他の野菜と一緒に煮込む。
味付けは簡単にコンソメスープの素を使った。
根菜たっぷりのポトフは、既製品のブーケガルニと黒胡椒をふんだんに使って、マスタードが無くともキレが良い大人味に仕上げた。
塔の住人達のお昼のメニューは、村の獣人達が用意した朝獲れの焼き魚と、アオイが作ったスープ。それにパンをつけて一汁一菜。
なるべく食いでがあるように、厚めに切って木箱に並べた主食の雑穀パンは、現地で炙る程度に焼ければ良いな。と考えている。もちろんその時に調理をしているであろう台所か家屋の中を見せてもらおうとの目論見だ。
偽装のために、アーサーには来週から小麦粉を持ってきてもらうことにしたので、いずれパンも焼けるようになりたいところだ。
家の外に出て[複製]で増やした鍋と、偽装のための木箱を直した荷台に乗せていると、タイミングよくライズ村長がやってきた。
アオイは、右手を上げて向かい入れる。
「今日の分の、塔へお昼を持っていきます」
「ご一緒させていただきます」
村からの労働力の建前に、村人が伴っていた方がいいだろうと、今日から村の誰かと一緒に向かうことになっていたのだが、初日はライズ村長自らがお供のようだ。
「何もしていないのに、労働として認識されるのでしょうか?」
「村のみんなで朝からお魚獲って焼いてるじゃないですか。ではぜひこれを運んでくださると助かります」
「お安いご用です」
ニコニコ顔のライズ村長が、荷台の取っ手を軽々と持ち上げる。
直した荷台は、車輪が木の輪切り、躯体も木製でそれ自体重量があり、エース号に乗っていたアウトドアワゴンからは程遠く、アオイ1人では、到底スムーズに荷を運べるようなものではない。
昨日乗せてもらった馬車も、車輪も木製で金属が貼ってあるだけの、大変にレトロな作り。短い距離とはいえ、どう取り繕っても乗り心地がいいとは言えなかった。
意外にも、すでに板バネがついていたが、やはり車輪がこれでは。
耐久性やお手入れなどコスパを考えたら、木製の板バネ一択なんだろうけど、金属のコイルスプリングとこんなに差があるとは。
アオイは、子供の頃にテーマパーク的農場で乗った馬車を思い出していた。牛がひいていたので正確には牛車だけど。
「道路もアスファルトの舗装道路だったしなぁ」
道なき林の中だから? と考えていたが、ここら周辺田舎の街道なぞただの轍がある程度で、似たようなものらしい。馬車で長距離移動の過酷さの片鱗を垣間見た。
そんな条件下で、街から街へ物資を運ぶ隊商とは頭が下がる職業である。
タイヤの作り方はなんとなくわかるけど、ゴムはこの世界にあるのだろうか。
「いっそ、エース号のタイヤとサスを馬車用に[加工]して[ダンジョン養殖]にしてしまうのもあり? でも自動車のゴムタイヤって重いんだよなぁ・・・あ、大八車、いや車輪デカく細くして二輪荷台、リアカー作ってみるのもいいかも」
そんな事を考えながら、小さくなったハチを首に巻き、シャフト部分に油を差して、ライズ村長とナナと4人でさっそく塔へと向かった。




