オーシャンビュー
商人の2人と別れて、残されたマークとミルコの騎士見習い2人にアオイは話を切り出した。
「ところで、皆様のお食事なのですが、労働者に指示できる交代の方が来るまで、そうですね、お昼だけでもコチラで用意いたしましょうか?」
どうやら[調理]の面で相当にお困りのようだ。
こちとら[料理人]を名乗っている以上、これは自然な流れだと思う。
お金を稼ぐという面でも。
「良いのか!?」
「村のみんなとも話していたのですが、同胞を多数無くしてお困りのようですし、村の獣人達と一緒の物でよろしければ問題無いと、ライズ村長も言ってましたよ。逆に不敬にならないかと心配していました」
歓待時に「金は払う」と言質をとっていたことを告げ、事前に「外貨獲得にどう?」と提案していたし、ライズ村長が「自分らと同じ物を食べるなど」と恐縮していたのは本当だ。
「それは、願ってもない!」
「そうなのですね。もっと前から仲良くしていればよかったですね」
「「あっ・・・」」
騎士見習い2人は途端に目を泳がせた。
良いの良いの。これから仲良くしていけば良いのだもの。
「私が良い架け橋になれたのなら嬉しい限りです。食事はお昼前に獣人達と一緒に届けたいのですが、問題ありませんか?」
「コチラとしては是非お願いしたい」
「その・・・ありがとう。アオイ殿」
「フフッ私は料理人ですもの。美味しいと言ってくださる方が増えて嬉しいです」
騎士見習い2人は「そう言えばそうだった」と、ホッとした顔を見合わせた。
いや実際大問題だよね。騎士衛兵12人と、奴隷23人もの食事だ。まともな調理経験のない子供達には大変な事だろう。
「それでは奴隷の方も含めて35人分の昼食をこれから毎日お届けします。よろしいですか?」
「え、奴隷の分も!?」
「え、何か不都合ございましたか?」
「あ、いや、その、良いのか? せっかくの料理を奴隷が食うんだぞ?」
「・・・私は何も思うことがございません。実は故郷にはおそらく奴隷制度が無かったのです。普通の労働者とはやはり違うのでしょうか?」
「・・・・・」
アオイの率直な質問に、マークとミルコは黙り込んでしまった。
よもや自分らは貴族だから「奴隷と同じ食事はちょっと」と、別の料理を用意するように言われるのはちと面倒だが、そもそもの食事をその“労働奴隷”が作っていたのでは無いか?
矛盾を感じるが、何かしらのルールがあるのなら、コチラとしても致し方あるまい。
アオイが眉を下げて2人を見つめて答えを待っていると、マークは爽やかな笑顔を向けて言い切った。
「いや、我々としてはありがたい限りだ。アオイ殿が不快でないのなら是非にお願いしたい」
「今度こそ正規の金額を払うと約束しよう」
2人とも良い子だぁ〜
アオイはニッコリと笑って「仰せつかりました! お買い上げありがとございます!」と元気よく答えた。
人数について詳しく聞くと、昨晩留守番していた衛兵がさらに3人いるらしい。
騎士見習い2人と、若い衛兵13人で合計15人。さらに奴隷労働者が23人。
アオイは「では来られなかった方々に」と、空いていない方の箱をそのまま渡した。
「商人からは隠しておいた分です。代わりの方が来るまで皆様でどうぞ。それでは明日より総勢38人のランチ、受注承りました」
人差し指を口の前で立てると、お互いに笑って詰所を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうでした!?」
「大丈夫だった!?」
村に戻ると、ライズ村長とナナが心配そうな顔をしてアオイを迎えてくれた。
アオイの首から シュルリ と聖霊獣ハチがその身を翻して現れ出た。
「俺がいるんだ。アオイに危険なことなど何も無い」
「フフッ! 無事契約が取れましたよ! これからお昼はコチラでご用意する事になりました! それと・・・」
アオイは、騎士見習い達に見せてもらった《神聖契約》の内容を説明した。
「なんとっ!? そのような事、本当なのですか!?」
「ほんとほんと。実際そう書いてあった。塔ができたら開拓者に返すんだって! あ、契約した昔の村長さんも『ライズ』さんだったよ」
塔に石を積む労働が無い代わりに「食事を届けるのはどうか」と、不備を指摘されないための予防案ではあったが、そちらも杞憂だったようだと告げると、ライズ村長は地面に膝をついて祈るように両手を組んでアオイを見上げた。
「んもぉ〜だからそれは良いってば!」
「しかし斯様な話、それもこれも全てアオイ様のおかげ・・・」
「塔の人達の分も漁をしなければならないのは村の人達なんだから〜っ」
アオイは手を添えてライズ村長を立たせると「これから大変な事は変わらないのよ」と眉を下げた。
ライズ村長は「それでも今までと比べると・・・」と、言いかけた言葉を途中で止めると、一旦息を吐いて言い直した。
「これから先の生活に光が見えた思いです。ありがとうございます」
笑顔で礼を述べるライズ村長と、ニコニコとするアオイの顔を見比べて、ナナは「やはり良き魔女だな」とハチにニカっと歯を見せて言った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の夜、夜の浜辺でアオイは煙草の煙を燻らせる。
傍らのハチは煙草の匂いに慣れたのか、気にする事なく大きなあくびをして一緒に海を見つめている。
ナナはエース号の中ですでに夢の中だ。
「みんなの家を作ろうと思うんだけど、大丈夫かな?」
「大丈夫? 何がだ?」
「塔の人達が『良い暮らししやがって』的な、いちゃもんつけてきたりしないかなって」
「今いる者達は何も言わないだろうし、獣人達の暮らしぶりなど、中央の者達は知らないよ」
「コチラの一般的な平民の家屋ってどんな?」
アオイは昼間に見た[塔]と[詰所]を思い出していた。
[魔法師]の住まいになる塔を見たのは外壁だけ。
詰所も同じく石造りで、壁際に、扉のついた木製の棚といくつかの木箱。中央に、木製のテーブルを挟む椅子が二つあるだけだった。
意図したものかどうかはわかないが、お茶一つでなかった。
それが当たり前かどうかもわからないけど。
全体的に切り出し石で作られた躯体は、あまり豪華なものには見えなかったが、それでも今、獣人達が暮らしている小屋とも言えぬほったて小屋に比べたらマシなのだろうか。
塔側の人達も、そう不自由な暮らしを送っているようには見えなかった。
「騎士見習いと兵士達のお住まいがどんなだか、見せてもらう事って可能かしら?」
「なんて言って見せてもらう?」
「それな〜・・・」
しばらく通ってそれとなく様子を探るのが1番なのだろうけど、コチラの事を詳しく知られてしまった後ではもっと面倒なのかもしれない。
アオイは煙草を深く吸って、フーッと煙を吐き出した。あ〜煙草が旨い。
「なに、アオイは思うがままにやりたい事をやれば良い。それに否を投じる者が出たら、俺が残らず「だからそれはダメ」むうっ!」
不穏な事を言い出す聖霊獣様の頭をサリリと撫でる。
「なるべく穏便に、みんなで仲良くしましょ。これから『彼ら』はお隣さんになるのだから」
「・・・塔、上手く建つのか?」
「雷だけが問題ならそれはなんとでも。耐震性とかはわかんないなぁ」
正直、石を積み上げただけの建造物がどうゆう物か見当もつかない。
スカイツリーにも落雷対策でそれはあるから、建物その物に大きな被害が出る事はないんだろうけど、建設関係の知識なぞ、いかな現代日本人とて、専門家でもない限りさっぱりわからないのだ。
昔の中世ヨーロッパの古城なんて、重機もなくどうやって建てたのだろう。
「平家の木造家屋ならなんとなくで良いけど、塔ってなるとなぁ〜」
それとも、その辺はなんらかの〈魔法〉があるのだろうか?
落雷対策もとれないのに高い高い塔を作るとか。わからない事だらけである。
「もっといろんな事、勉強しておけばよかったなぁ〜」
「・・・アオイは、やっぱり元いた世界に帰りたい?」
「まさか! それは無い!」
不安げなハチに、アオイは即答した。
自分でも驚くほど元いた世界に未練はない。むしろコチラに来られてのびのび過ごさせてもらってる。それもこれも、神々のなんらかの影響があるのかと、自分でも不思議なくらいだ。
「なんの未練もない魂を選んだって神様達も言ってたでしょ?」
「だが、コチラにはアオイを知る者は1人もいないじゃないか」
「あら、今はハチもナナもいるし、やる事もあるし、全然孤独じゃないのよ?」
向こうには、自分を所有物のように扱う母親と、自ら不倫しておいて相手を慮ることもなく、しゃあしゃあと婚約破棄を告げてきた婚約者しかいなかった。
そりゃ友達や仲良くしてくれた会社の人は人並みにいたけれども、それも皆いい意味での大人の付き合いってやつだ。年齢と環境で常に移り変わる。
「ハチとナナは、私の家族になってくれたのでしょう?」
アオイがハチのマズルを撫でると、満足げに目を細めたハチは「クルル」と喉を鳴らした。
「そんな事より、ねえ聞いて良い? ハチって、犬? 面長な獺?」
「・・・アオイは、面白い事を考えているよね?」
夜の海は、一定のリズムで穏やかな波音を響かせ、空には満天の星が瞬いている。
これを誰にも邪魔されずに独り占めしているのに、これ以上幸せなことってある?




